さても合縁繋がらず
やはり夕陽の予想通り、頭上高く接近してきた戦艦からは何か大きな影が飛び立ち、やがてそれが見覚えのある銀色の竜だとわかる。
「エヴレナ。一緒だったのか」
「ユー。ドラゴンとも知り合いなの?」
肩に乗るロマンティカは名乗った日向夕陽という異世界の響きに慣れなかったのか、勝手に呼びやすいように夕陽の名を覚えていた。
「ああ。この世界じゃ竜は珍しくないだろ?」
「そうね。このお花畑にもたまに、風に乗ってドラゴンがおりてくることあるよ。はじめ見たとき、ティカびっくりしちゃったもん」
「はは。……おいここ竜来るのかよ」
たどたどしく話すロマンティカに心和んでいて聞き逃しそうになったが、その話が本当だとすればかなり不味い。ヴェリテにも釘を刺されたことだが、現状この世界の竜種とはあまり接触しない方がいいのだ。黒竜王の配下に成り下がっている可能性がある。
「ユーは臆病だなあ。平気だよ、へーき。ティカもお話したことあるけど、とってもやさしいおばあちゃんみたいなドラゴンだったし」
「人間臆病なくらいが長生きするんだよ…」
雑談をしている内にそのドラゴンの抑止たる真銀竜が高空からゆっくり降下してくる。その背には探し求めていた和服の童女もきちんといた。それからもう一人、エヴレナに似た銀の髪を風になびかせた少女。
(白埜、だったか。あの子がそうか?)
アルから聞いた外見とは一致する。まさかあの男の言う通り、探し人が同じ場所に固まっていたとは奇縁に過ぎるが
『あ、ユーヒだ。サチ、いたよいた!』
やけに愛嬌のある竜化状態のエヴレナが、夕陽の姿を見つけるや否や背に乗せた幸ときゃっきゃ騒ぎ出す。少し見ない間に親睦を深めたらしい。
「なんだか子供ばっかりだね。ユーの探してた大人の女はいなさそう?」
「いやいるぞー(棒)」
何故だかずっと夕陽の探している子のことを大人の女だと思い込んでいるロマンティカの言葉に棒読みの返事をする。これは地上で合流してからまた話が拗れそうだ。
この時、夕陽は完全に気を緩めていた。離ればなれになってからようやく自分の眼で少女の無事を確認できたことで、ここまで緊張させ続けてきた意識を解いてしまっていた。
だから、中空から突如として現れた桃色の風穴に対しても、すぐには対応できなかった。
『……え?』
出現位置は、夕陽の立つ地上へ向けて降下中だった竜化エヴレナの真横。地上三十メートルの空中。
ドアのようなギィという音を立て、別空間に繋がっているらしきその奥から丸っこい大きな手が伸びる。
「みぃつけた」
「…っ!?」
ことここに至り、ようやく夕陽はそれが極めて悪意に満ちた敵性のものであると気付く。神刀の柄に手をかけ、急速に引き上げる〝倍加〟。現状の最大強化であの高さまで届くか。いやその前に、間に合うか。
どういう理屈か、丸い手はエヴレナの首をしっかと掴んでいる。跳躍も斬撃も、引き摺り込まれる前にはどうあっても割り込めない。
(クソが!!?)
「〝
夕陽が心中で叫ぶ悪態と、低く冷えた声が銘を唱えるのは同時だった。
地上から斜め上、夕陽の頭上を越えて伸びる幾条もの漆黒の鎖が一直線に桃色の穴から生える丸い腕に絡みつく。
「おや?」
「おい、テメェ」
鎖伝いに走り空中の腕にまで到達した妖魔が、山の麓で行った戦闘での流血もそのままに怒りの表情を穴の奥へ向ける。
「なにうちの子に手ェ出そうとしてんだ。遠回しな自殺願望ってことでそりゃァいいんだよなァ!!?」
「いや、そのりくつはおかしい」
穴の先から聞こえる余裕のある声には取り合わず、全速力で現れたアルは自分が立つ足場たる丸い腕を真上から踏み叩く。
「お、っと…!」
人外の脚力で踏んづけられた腕が軋み、掴んでいたエヴレナを取り落とす。
「逃がすかよ。テメェの居所が地平の果てだろうが必ず殺す」
目標を取り逃がしたことで撤退を決めたのか、鎖を引き千切って穴に引っ込む腕を跳んで追う。
「…うん、まあ。それならそれで、脅威をひとつ、ここで潰しておくとしようか。結果的にはあの方の大願成就に繋がるだろうし。フフフ」
穴の奥から愉快げにダミ声が誘う。頭に血が上っているアルは罠だと気付いていない。あの戦闘狂は気付いていてあえて乗っている可能性も否定できないが。
「アル!!」
「……アル!」
地上の夕陽、体勢を立て直したエヴレナの背にいる白埜が穴に消える間際の妖魔を呼ぶ。
「―――」
丸い腕を追って別空間へと飛んだアルが、間際に夕陽へ向けて口を動かしたのを、彼は確かに見た。
短く、二言。
『頼む』、『守れ』。
それだけ残して、アルは最大の守護対象を夕陽に委ねて消え去った。
「ウフフ。ごめんね、真銀竜といくつかの戦力核をまとめて引っ張り込む算段だったのに、失敗しちゃった」
「構いませんよ。元々、星はこの未来を唱えていました。私が帳を下ろし、貴方がそこへ放り込む。何よりも最優先すべきは確実な勝利ですから、ひとつひとつを手堅くいきましょう」
「―――相変わらず、竜種の風上にもおけない下種ですね。星詠みの光竜よ」
「…おや、これはいけない。『何か来る』未来は視ていましたが、よりにもよって貴女でしたか。武勇を司りし、気高き雷の女帝よ」
「ええ。真銀の使命を代行し、我が雷槌にて相応の裁きを下します」
「……ウフフフ。…僕、逃げてもいいかなぁ?」
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