VS(?) レディ・ロマンティカ


「なんだお前、妖精…か?」

 この世界では珍しい存在に夕陽が相手の剣幕もそっちのけで呟く。

 即座に種族を見抜いたことでやや呆気に取られていた妖精だが、すぐさま調子を取り戻し薄い胸を張ってみせた。

「その通り!ティカってばとっても可愛くてとっても魅力的な大人の女!レディ・ロマンティカだよ~」

「ベビーロマンティカ?」

「レディだよ!レ・ディ・イ!レディ・ロマンティカだってば!!」

 普通に聞き間違いしただけなのがそんなに不満だったのか、ニコニコ顔から一気に怒り顔に変わり訂正を要求してくる。

「わかったよ、わかった。レディな、レディ・ロマンティカな」

「そうよ!わかればいいの!」

 腕を組んでぷんぷんと怒る妖精ロマンティカを宥め、同時に会話の成立する相手ということを確認できたので訊きたいことを口にする。

「なあ、ロマンティカ。この辺で黒髪か銀髪の女の子を見なかったか?」

「しらなーい」

 即答。本当に知らないのか、それともまともに答えるつもりがないだけか。

 なんにせよ、おそらく幸に関してはあの戦艦どちらかにいるものと見て間違いなさそうだと判断する。

「あなた、彼女を探してるの?」

 諦めて空中戦艦の砲撃戦が終わるのを待つ夕陽に視界の端をちょろちょろ飛び回るロマンティカが話しかけてくる。

「いいや。娘みたいな感じかな。まあ人の姿をしていても人間ではないんだが」

 戦況としては片方の戦艦に人型ロボットやら飛竜やらが入り込んでいくところだったのを観戦しながら答える。どうやら優勢な側の戦艦に幸は搭乗しているらしく安心する。墜とされる方の戦艦だったらヴェリテを呼んで空まで迎えに行かなければならないところだった。

「人間じゃないの?あなたは人間なのに?」

「変か?人が人以外と一緒に過ごして生きるのは」

 この手の問答にも慣れたものだ。大抵の者は夕陽と幸のような関係性を不思議がる。

 種族の違いが、人と人ならざりしものが手を取り合って絆を結ぶことが、そんなにもおかしなことなのだろうか。

「変だよ。…ねー人間」

「なん」

 だよ、と続ける前に、眼前に移動したちんまい姿が夕陽に微笑みかける。

「そんな子より、ティカに尽くした方がぜったい幸せだよ。幸せだよ、ねー?」

 ロマンティカの小さな体から放たれる小さな声が、妙に耳に響く。彼女の羽からキラキラとした粒子のようなものが散らばり、それが知らず夕陽の感覚に影響を及ぼしていた。


「ふふ。あなたも、ティカに、夢中に、なっちゃえ~…☆」


 脳が侵される。甘やかな声が耳朶を打ち、その言葉に全てを委ねてしまいたくなる。

 だが。

「駄目だ」

「…えっ?」

 何が、かは夕陽自身わからなかった。ただ抵抗しなければいけないと直感が叫んだ。

 加減無し、現状出せる最大限の〝干渉倍加〟五十倍。身体を蝕む甘い誘いを全力で振り払う。

「お前には、従えない。俺はあの子を裏切らない」

「どうして…?」

「あの子と一生を共にすると誓ったからだ。あの子が俺の全てで、俺があの子の全てだからだ。俺達は、そういう関係を望んだから」

 ロマンティカの疑問は、どうして幻惑の鱗粉が通じないのか。そういった旨のものだった。だから夕陽の返答は厳密には彼女の問いに対する解にはならない。

 だがロマンティカにとってはもうどうでもよかった。

 惑わないなら、従わないなら。

「ならあなた、もういらないよ」

 言って、今度は別種の鱗粉を吐息に合わせて吹きかけた。

 引き起こす効能は誘眠と毒性。未だ幻惑の鱗粉の効果を振り払いきれていない夕陽に回避は不可能だった。

 指先から痺れが始まり、今度は眠気による脳の鈍化が起こった。

「やっぱりこうだよね!大人の女は男を使い倒して用が済んだらポイするものなのだっ!」

 けらけらっと大人の女ではあまり見ないような無邪気な笑い方をして、片膝をついた夕陽を見下ろす。

「ぐ…う」

「ほらほら観念しておねんねしちゃえ~?その方が楽になれるよ」

 耳元で囁く妖精の言葉に屈してしまいそうになる。瞼が重く、今にも花畑の中で横になってしまいそうだった。

 その時、ロマンティカの囁きを打ち消す轟音が空から響いた。どうやら戦艦が片方、大破したらしい。

「!」

 その轟音に意識を一瞬覚醒させる。そして、その一瞬で抜刀。

 左腕に白刃を突き刺した。

「いっ……!!てぇ!」

 激痛に一瞬の覚醒は継続される。絶えず脳を刺す痛みに頼りながら、血に塗れる刀を引き抜き、次なる対象へ切っ先を向けた。

「ひっ!」

 突然の奇行に呆然とするロマンティカは持ち前の素早さも発揮できず、迫る刃に怯え身を硬直させた。

 数ミリ手前、小さな妖精を裂く寸前で刀は止まる。

「っはぁ、ふう、……失せろ、今なら見逃してやる」

「ぅ……あ、え、と」

 嫌な汗を流しながら、片膝をついたままの夕陽は余裕の無い表情でそれだけを告げる。そんな夕陽をあわあわと見て、それからロマンティカは蝶のような羽を羽ばたかせて花畑の中へ消えてしまう。

「ふっ、はあ、あぁ……。くそ、まずいな」

 ついに両膝を屈し、刀を地面に突き立てて上体を支える。眠気も再び襲い来て、痺れは全身に回りつつあった。

 情けないが、ヴェリテを呼ぶか。ポケットの中にある竜笛の存在になけなしの意識を向けるが、それすら叶うかどうか。もはや笛を掴み取るだけの力も残されていないように思える。

 頭を垂れ、薄れゆく意識に死を覚悟する。

(―――……。……、あれ)

 だが意識は落ちず、それどころかどんどん明確に思考が浮上していく。痺れも感じなくなっていた。

「なんでだ…」

 顔を上げ、小康状態となった己の身体を確認する。と、

「あ」

「……」

 刀を握っていた腕に、小さな妖精が引っ付いていた。小さな身体が両手に握る爪楊枝みたいな針を夕陽の腕に刺している。

「おい…」

「もちょっとだけ、待って。それで終わるから…」

 夕陽の言葉を遮って、ロマンティカは針に意識を集中させる。それに連動し、身体の異常はますます気にならなくなっていた。

 痺れ、眠気はもとより、先ほど自身で傷つけた腕の刺傷。それどころか黒竜王との一戦から残っていた全身の傷までがみるみる内に癒えていく。

「お前が、これを?」

「うん。ティカは食べた花粉の成分を鱗粉にして出したり、こうやって針から直接流し込んだりできるの。これは薬草の成分」

 言っている間に身体は全快し、ロマンティカが針を抜いて飛び上がる。

「なんで治した?殺すつもりだったろ」

「うーん。…そのつもりだったけど、あなただってティカを殺せたのに、しなかったでしょ?だからかな。…あ、あとね」

 人差し指を立てて、ロマンティカがにぱっと笑う。

「あなたがそこまで大切にしてる子、見てみたくなっちゃったから。きっと、とってもステキで、大人な女なんだよね?」

「……………………」

「うん?」

 意味の測りかねる沈黙に小首を傾げるロマンティカ。外見だけなら彼女と幸、たいして変わらない童女であることを今言った方がいいのかどうなのか。

「……まあ、いいや。来たいなら勝手に来いよ。ただもうあんなことするのやめろよな。他の人間にもやってたんだろ?」

「まあね!でももうやらないよ、約束したげる!」

 何故か偉そうに言うロマンティカが、夕陽の肩にちょこんと乗る。共に見上げた空では、戦闘を終えたらしき戦艦がこちらへ向けて接近してきていた。


「ってかお前の趣味か?悪戯にしては度が過ぎるぞ、異世界の妖精のやることはよくわからんな」

「えー。だって大人の女ってそういうものだし…ぜんぜん楽しくはなかったけど」

「お前は大人の女をなんだと思ってんだ」

「……え?違うの?大人の女ってこういうのじゃないの!?」


 戦艦がやってくるまでの短い間に、ロマンティカの勘違いは無事解消されることになる。


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