閑話休題・最強の退魔師と最強の■■


「いくつかの理は他の陣営によって既に討ち果たされた。好都合だ」


 言う、女性の手元には複数の光の球が、その力を押し込められるように透明の鎖に閉じ込められていた。


「だが〝絶望〟だけは別だ。アレが何故、そんな大雑把な概念として形を成しているか分かるか?」


 きちんと説明するのも億劫なのか、女性は返答も聞かず事実確認だけを述べる。


「アレは文字通りに存在する世界そのものに破滅という絶望をもたらすからだ。私の世界では既に済んだ神話の災厄ではあるが、この世界では別らしい」


 絶望の匣は、その性質を女神の乱雑な転移招来による異常によってこの世界に効力を示した。


「アレが勝手にこの世界を蹂躙する分には構わん。もとより私やあの子の住まう世界ではない、どうなろうが知ったことではない」


 言いつつ、女性の様子には苛立ちの面が目立つ。

 黙って聞いていたも、それにはもちろん気付いている。


「しかしな、〝絶望〟を黒竜が呑んだ。こうなれば話は変わってくる。分かるか戦にのみ狂う女」

「……あァ」


 ここにきて初めて、話を聞くだけだった女性の方から返事をする。


「いいか。。もはや黒竜を倒すだけではこの箱は満足に閉じることはない」

「…。〝絶望〟は、黒竜王エッツェルに宿った『竜の世界における絶望』だけでなく、エッツェルが倒されたその後にも発動する二重仕掛けの破滅になっちまってるって、ようはそういうことだろう?」


 まったく他人事のように笑って言う女だが、対する女性も気概としては同様だ。それなりに対処要領を立てているのは、ただ『愛し子の彼』が、その顛末を望まないだろうからこそのもの。


「現段階で状況はふたつ。『黒竜王が呑んだ〝絶望〟ごと引き起こされる竜世界の統一と全世界に対する再度の宣戦布告』。『黒竜王が倒された後に発動する、の流出』。…後者はあらゆる存在であろうと阻害は不可能だろう。私はもちろん、他世界における神や、因果律を操る超位存在であろうとな」


 ある世界で定着していた法則や理が、駄女神の影響で他世界に流出したのが概念体という存在だ。また、それらは本来の世界における縛りも制約も受けていない為、比較的自由に法則ことわりを具現できる。

 だからこそ、事前の入念な準備が必要だった。たとえ、愛し子の危機を見過ごすことになろうとも。


「あの竜王は私の世界の概念を取り込んだことで、こちらの法則を獲得した。…〝千里眼〟で視た瞬間、逆探知でこちらを視られた。だから異能を封じ、式神という遠回しな方法で竜王の感知を抜ける方策を選んだ」

「いつまでもぐだぐだ話すのはよせよ退魔師。テメェ、あのクソガキの親にしちゃあ随分と間を持たせるじゃねェか」


 大戦斧を振るい、その質量を確かめる。黒竜の牙から造られたその戦斧は、迫る大戦争に昂るように小さな振動を使い手に伝えた。


 人ならざる豪傑の影法師による煽りを受けて、女性は嫌々に結論を口にする。

「…アレの完全封印は、同じ世界、同じ法則を知る高位の術者でしかできない。…つまり、…最悪なことに私だけだな。だから貴様では無理だ。もし動くにしても、竜王ガワを剝がしたらすぐに退け。それだけを貴様に言っておきたかった」


 正直好きにしろとは思っている。

 この世界には他の世界から来訪している高位神性持ちの存在がいる。ただ倒すだけ、ただ滅すだけならこの退魔師・日和と同様に容易だろう。

 ただし、その後に現れる箱の開閉は同じ世界に座す存在でしか不可能だ。もとより持ち得る情報源ソースの違いは大きい。神はあらゆる世界の情報を握るだろうが、ただと、とでは雲泥の差だ。

 だから正しく箱を閉じるには、この世界では自分かあの愛し子でしか権限が存在しない。

 あの子では出来ないことがあるから、仕方なく自分が負担するだけのこと。

 どうせ、あの子は自分の世界でなくとも平穏と平和を望んでしまうのだろうから。

 だから叶えてあげよう。


「貴様は好きに生きればいい。どうせ三度目の生など満足に納得していないのだろうが。精々元凶を討つ為に嫌がらせなり妨害行為なり勝手やればいいさ」

「そうかい。そりゃあ助かる」


 途端、戦斧を持つ女性の足元から広がる影から約二百にも及ぶ騎兵が現れ散らばる。彼女が従える精鋭部隊『イル・アザンティア』の発動である。

「いいンだな?ついでに誰を殺したって文句は受け付けねェぞクソ退魔師!!」

「ああ。好きにしろ」


 吼えて、女は大きな斧を肩に担ぐ。

 そして、最強の退魔師はいつもとは違う方法でいつも通りに世界の救済へ向かう。

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