VS 星辰竜ポラリス(前編)


 この世界では竜種が幅を利かせている。ひっそりと人の目に触れぬよう生きている人外がほとんどである自分の世界とは随分と違う。生態系の限りなく頂点に近い生命が堂々と闊歩しているのだから面白い。

 しくじった。とアルは思う。

 これほどの脅威がそこかしこにいるのであれば、持ってくるべきであっただろう。

 アルが保有する二振り。天下五剣にその名を連ねる、鬼の首を刎ねた大名刀。真作オリジナルの童子切安綱。

 それと、数年掛かりで鍛え上げた限りなく真に近い大贋作、〝不耗魔剣ティルヴィング〟。

 今更、悔いても遅い状況ではあるが。


(関係ねェ!!)

 自らの愚考を一蹴し、前に飛び出す。

 突っ込んだ風穴の先は闇夜だった。おそらくは何らかの術中だったのだろうが、突破した今となってはどうでもいい。

 金髪の雷竜はアルの動きに合わせて挟撃の構えを取っている。共闘。対立する意思が無いのなら手を組むことは吝かではない。

 竜はとにかく硬い。討つのなら、その刃には竜殺しを付与させなければならない。

 右の手に握るは短剣・〝頸断竜剣ベオウルフ〟。伝説に基づけばかの王は名剣ネァイリングを用いて竜退治を行ったとされるが、その剣は対竜において膂力で押し負け砕かれている。実際に竜の首を裂いたのは、腰に忍ばせた無銘の短剣であるという。

 故に対竜特効は逸話になぞり短剣に宿る。

 左の手には両刃の大剣。贋作の銘を〝竜葬魔剣バルムンク〟。独逸ドイツの大英雄が振るった剣の模倣。

 敵は二体。どちらでもいいが、まずは司祭服を着た男から狙う。その張り付いた微笑み面を剥がしてやろうと剣を握る。

「足元!」

 そんなアルに警告を放つは雷竜の声。疑問を返すより先に跳ぶ。途端、彼の踏んだ地面が眩い光を発し爆裂した。

「やはり、私を知る貴女の方が厄介ですね。ヴェリテ」

「ズドン!!」

 星辰竜ポラリスがアルから背を向けヴェリテに向き合うと同時に、青白の竜が掲げた丸い手の先から発声に合わせて圧縮された空気の砲弾が撃ち出される。

「邪魔だぞクソタヌキ」

「僕はタヌキじゃない!未来の猫型ドラゴンだ!」

 空気の砲弾を二剣で十字に裂き、空中から青白竜に斬りかかる。ふざけた姿と言動ではあるが、これもれっきとした竜種だ。その表皮は硬く、一太刀では浅い裂傷しか与えられなかった。

 だが逆に、自身の格に相応の矜持を持っていた竜の方は驚愕に目を剥いていた。

「えぇ!?僕の身体に、傷を!?」

「……そうかなるほど、対竜特効ドラゴンスレイヤーの武装ですか…!」

「道理で。リヒテルを討つだけのことはありますね」

 振り回される戦槌の猛攻を躱し、あるいは光球を使って防ぎながら、ポラリスはこの状況をどう打破するかを考えていた。

「…、星々よ唄え。怒りを、哀しみを、憎しみを」

 雷速の一撃を光球を寄せ集めた結界で受け止めるが、戦槌の軌跡を追いかけて降って来た雷撃に全身を打たれる。流石は武力において抜きん出た実力を誇る雷竜。まともにぶつかれば光竜では敵わない。

 だから、まともにはぶつからない。

「―――あなたが夢見た世界を、此処に」

 ポラリスの身体から現れた黒色が、光球の乱打によって距離を開かされたヴェリテを囲い呑み込む。

「神話劇場。こんなもので私を」

「ええ。縛れるわけはありませんがね」

 一切動じることのないヴェリテが夜の帳に姿を塗り潰される。

 ポラリスの持つ固有能力『神話劇場』。小規模の精神世界に閉じ込め覚めない夢を見せ続ける夜の檻。

 だがその詳細を知っている上、強靭な精神を宿すヴェリテはこんなものでは沈まない。この夜もすぐに破壊されるだろう。

 それでいい。ほんの少しだけでも時が稼げれば。

「先にそちらを片付けますよ。各個撃破、雷竜は正直真正面から相手したくはないので、その男を処理したらゲートで逃げますか」

「ウフフ。それなら早く、加勢してくれないかなぁ!」

 刃が通るとわかった瞬間から、青白の竜は動きが悪くなっていた。持ち前の防御力を突破してくるとなれば、長らく痛みを知らなかった竜とて臆病になるのも分からないではない。

 ポラリスが指を立てて操作すると、猫型竜の周囲に光球が配置されアルの斬撃を自動で弾くようになる。

「チッ」

 あらゆる方向から捻じ込むように剣を叩き込むが、歪曲した空間に阻まれ通らない。加えて光球の内いくつかは接触すると爆発するものに変わっていた。判別する術がない以上どれが防御のものかどれが起爆するものかもわからない。

(…なら)

 踏みつけた地面から生成された短剣が突き出る。それを猫型竜目掛けて爪先で蹴り飛ばす。

「そんなの!」

 手に嵌めてある筒形の砲を指向する。届くより前に撃ち落とすつもりなのだろうが、そうはいかない。

「〝燐光輝剣クラウソラス!〟」

「うわぁ!?」

 唱える銘に応じ、短剣に亀裂が走る。弾けた短剣はフラッシュ・バンのように莫大な光量を撒き散らし間近にいた竜の視界を白で埋める。

「やっぱテメェが先か」

 丸い手で目を覆う竜の横を素通りし、その後方で光球の制御を行っていた優男にターゲットを変更する。

「駄目ですね」

 両手の剣が届く範囲に入る前に、ポラリスは呟いて息を吸う。

「光を操るのなら、これくらいはやってもらわないと」

 そう言って一息に吐き出されるは先刻の短剣から放たれたものとは桁違いの光と衝撃。

 咄嗟に剣を交差して受けるが、凄まじい熱量すら発す光の熱波は肌を焼き、視覚を封殺した。

「後ろです」

「!」

 見えない視界は頼りにならず、背後へ薙いだ剣は何の手応えも返さない。

 直後、側頭部と胴体へ十数回の衝撃を受ける。おそらくは光球の被弾。

「噓吐き、め」

「貴方が馬鹿正直過ぎるんですよ」

 まだ視力は戻らない。竜の気配を追って出鱈目に剣を振ったところで意味を成さない。

 剣を手放し、新たな獲物を地面から抜き出す。

「テメェと、ついでにその辺にいるクソタヌキ」

「だから僕は未来の猫型ドラゴン……えっ?」

 なるべく照準は合わせるが、そもそもこれに狙いを定める必要性は無い。

 両手で頭上高く掲げるハンマー。神域兵装を即席で鍛え上げた反動で手足の血管が切れて鮮血が噴き出す。

 パリパリと、その鎚からは火花と電気が絶えず弾けていた。

 純粋な直撃は不味い、いくら竜特効が無いとはいえども無傷でいられる出力ではない。

「まとめて吹っ飛べ」

「目も見えない状態で、そんなものが当たるわけ」

 発動前に使い手を潰すべく光球をさらに多数生み出した次の瞬間、その全てを蒸発させる特大の息吹がポラリスの腕を巻き込んで直線上に吹き荒れた。

「…いや、早すぎるでしょう」

「いいえ、遅過ぎたくらいです」

 暴れ回る雷が夜の帳を粉々に散らして、雷速で迫るヴェリテの戦槌が光竜へと振り落とされる。

 タイミング同じくして、鎚の後端から噴出する轟雷がブースターとして鎚の速度を倍増させ、大地を穿つ。


「〝招靁砕鎚ミョルニル!!〟」

「はァァあああッ!!」


 二つの雷が地に奔り空の雲を残らず吹き飛ばし。

 その神鳴かみなりはエリア全土に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る