VS 星辰竜ポラリス(後編)
まだだ。まだ倒せていない。
あれだけの火力を間近で叩き込んだにも関わらず、星辰の光竜は未だその意思を健在のものとしている。
巻き上がる噴煙。ガラガラと地表から引き剥がされた大地の欠片が雨のように降り注ぐ。
フロストマキアの無音の森は、もはやその名を冠することが不可能なほど耳に痛い轟音の戦場と化していた。凍てついた針葉樹は四方バラバラに砕かれ散乱し、厚く積もっていた降雪も雷撃の熱と衝撃によって消し飛ばされていた。
「…オイ、雷竜」
「ヴェリテ、です。なんですか鍛冶師」
ようやく戻り始めた視界に金色の女を捉え、濃霧の代わりに噴煙が視界を遮る中で二人は小声でやり取りをする。
「アルだ。…あの竜共を消し飛ばすブツを用意する。九十秒稼げ」
「…それは構いませんが、きちんと
「そりゃ、テメェ次第だ」
「はい……?」
ヴェリテが首を傾げるも、アルは意地の悪い笑みを浮かべるだけで応じなかった。
「来るぞ」
同時に戦闘勘から来る危機予測に、アルは下がりヴェリテは進んだ。
深く穿ったクレーターをさらに広げるような爆光。先ほどよりも遥かに威力の上がった光球が空爆のように上空から落とされる。
『まったく割に合いませんよ。
寒風吹き荒ぶ北方の空に光輝く翼が広げられる。竜化したポラリスが次弾の光球を瞬く内に生成する。その質、数は人化状態の比ではない。
『…よその世界では、それを「身から出た錆」というそうですね!』
煙を引き裂いて、黄金の竜が真下から光竜を突き上げる。
『何故わからないのですか!?全てを統べる暗黒の前には何をしても無意味な足掻きにしかならないと!』
『貴方にはわからないでしょうね。全てを下す
星光と轟雷の咆哮が衝突する。空間が軋み次元が歪むほどの激震。上位竜種の本気のぶつかり合いは世界そのものに響く。
「ふう」
地上にいてもビリビリと圧力が掛かる激戦を見上げつつ、精神一到。集中力を高める。
使うかどうかは、正直迷った。
アルが保有する、なけなしの権能。鍛冶神の加護。
神鉄を鍛え、神造の兵器を生み出す神技。日に三度の行使を限界とする神格権限。
既に一度目は使っている。今現在、愛し子の首に掛けられた神鉄の首飾りは少女をあらゆる攻勢から防いでくれる神代の守りだ。
つまりはあと二度。その内ひとつをこの場で使うべきか否か。
答えは否だ。
今この状況に限り、アルの力は竜の外殻を上回る。その一撃を用意できる。
残り五十秒。脳内で描き上げた設計図が現実のものとして顕現する。
「ズドン!!」
「ッ!」
横合いから空圧の衝撃。防御の上からでも効いた砲撃がアルから呼吸を奪う。
「見つけたよぉ。何か企んでるのは知ってたけど、まさかあの雷竜と光竜の闘いに割り込めるはずもなかったし。ウフフ。キミを狙って正解だった」
(……あと三十八秒)
事前に用意してあるストックは逐一設計から始める必要はない。普段からアルが使用している武装一式はそのどれもが十分な量のストックを備えてあるものだ。
だがそうでないもの、急造で必要になるものにはそれなりの負荷・負担と時間が求められる。
さらに言えば、設計段階で練り上げている最中は他の武装は生み出せない。そのリソースが割けない。
徒手で跳び出す。
「武器も持たずに僕とやり合おうだなんて、キミは実に馬鹿だなぁ!」
腕に嵌めた砲身から空気の砲弾が吐き出される。伏せて跳ねて躱し、猫型竜に肉薄する。
殴りつけたところで精々仰け反る程度だろう。ダメージとしては無いに等しい。
だからか、猫型竜は眼前に迫る妖魔に対してもまったく対処しようとしない。余裕ぶって生暖かく見守る瞳に笑みすら湛えている。
「ハッ」
それに、アルも笑みで返す。ただしこちらは嘲笑、馬鹿を馬鹿にする馬鹿に対しての冷笑。
踏みつけた地面から、砕けた土石を跳ね除けて一振りの剣が飛び出る。
「は?」
猫の瞳が丸くなる。
自分で造った武装の位置は金属細工師にして鍛冶師であるアルには手に取るようにわかる。雷の鎚を生み出す前に手放した竜殺しの魔剣は、まだ自壊せず残っていた。
雷撃の余波で土と砂利に埋もれていたそれを手に取り、大きく一閃。
砲筒を嵌めた丸い右手が、手首から両断されズシンと地に落ちた。
「ぎ、ィぃやああああああああアアアあああ!!?」
通常のドラゴンとは違う構造をしているのか、切断口からは出血もなくただ火花が散るだけだった。しかしそれでも痛覚はあるのか、腕を抑えてダミ声の悲鳴を上げる。
「くそ、この、このやろう!!ぶっころしてやる!!!!」
「声ひっくり返っちまってんぞ、クソタヌキ」
ダミ声から一転して高い声色になった猫型竜が血眼になってアルを睨むが、アルにとってもこれ以上付き合うつもりはない。
ちょうど、時間だ。
『おオオオオオオおおおお!!!』
天空より、光竜の首元に噛みついた雷竜が錐揉み回転しながら真っ逆さまに落ちてくる。
地表激突間際で光竜を放り投げた雷竜ヴェリテが中空で人化しアルの隣へ着地した。
「九十秒。経ちましたが?」
「ちっとくれェまけろよ、お堅い竜だな」
落下速度そのままに猫型竜を巻き込んで墜落した光竜ポラリスから目線を離さず、アルが片足を地面に叩きつける。
設計・構想共に完了。地を突き破り現れた巨大な黒鉄はアルやヴェリテを乗せたままその威容を露わにした。
何十メートルにも渡る長大な
その根元は深く深く大地に楔を穿ち、しっかりと固定された様からは反動の凄まじさが窺える。無数のコードや基板が詰め込まれた黒鉄の内は異世界のヴェリテには理解し得ないシステムによって統制されている。
要塞や戦艦に積んであるような超巨大な砲座の上に立ち、アルは気楽な調子で一声呼ばわる。
「ありったけ込めろ、電源女」
「…なるほど。後で覚えておいてくださいね」
瞬間、ヴェリテを中心に最大出力の雷電が発生する。規格外の電力供給に砲身砲塔が青白い発光と共に鉄の叫びを上げるが、構わない。もとよりたった一発の為だけに創り上げたモノだ。それだけ保てば問題ない。
『あれは……!?不味い!』
「あんなのまで、作れるの…!?」
ポラリスはその蓄えられたエネルギー量から、猫型竜は未来を生きるその知識から脅威を正しく認識したが、逃がすわけがない。
竜が飛び上がる前に、逃げ出す前に彼らの倒れる付近の地面から形を成しながら伸びる漆黒の鎖。対象の骨肉を削ぎながらその身動きを強制的に封じる〝
たった一発なのだ。砲自体の耐久力としても、雷竜の全力を受け切れるのはこれっきりになるだろう。
だから、しっかり、味わって、死ね。
魔法の金属細工師・妖魔アルが編み出す絶技。神話や伝説に因らない、人の文明の模倣。
〝
「〝
砲撃の号令よろしく、叫ぶ銘に合わせて
その光は星の輝きを瞬間的に超え、雷の速度より速く、地上を奔る流れ星は凍土を赤熱した大地に変えながら猛進し、射出された金属塊が蒸発してソニックブームが止むまでその凶星の威光は消えなかった。
当然、その射線にいた生物の生死など、確かめるべくもなかった。
―――と、いうのは電磁砲が直撃していたらという話であって。
「ハァ、ハア……ゴホッ!ゥ、フフ……!」
闇の中、全身から黒煙を燻らせる寸胴の竜は息も絶え絶えに死にかけの身体を引き摺っていた。
「まさか、竜以外の力で、こうまでやられるなんてね。フフ。おかげで
猫型竜が残った左手で掴んでいるもの。それはあの砲撃によって撃ち抜かれ、ほとんど融解した竜の死骸。上体の半分と頭部しか残されていないが、これでも用途はまだある。
「王のお言葉さえあれば、竜は死しても死なないのさ。…命の尊厳も、竜の気韻も、全てを喪うことにはなるけどね」
それにしてもあれは本当に危なかった。
持ち前の万能道具によるマントで熱と衝撃を間一髪逸らしたが、それでも余波だけで瀕死まで追い込まれた。危機を脱した後にすぐさまゲートを開きポラリスの死骸を引っ掴んで逃げおおせたのが先程までの顛末だ。
あれだけ大規模な砲撃による大破壊、おそらく二体の竜は跡形もなく消え去ったものと判断するはず。片方は本当に死んだが。
「まあ。些事だよね。
くっくっと邪悪に笑うその竜は気付いていない。
自身から放たれる暗黒の瘴気に、自己の思考がとうに塗り潰されていることを。もはやその意思、竜王の傀儡としてのみ機能するものであることを。
竜王の
それが
人も、竜も、滅ぶ。終末の時は近い。
『メモ(これ以降作者の補足という名の蛇足)』
南木様の追加設定により暗黒竜エッツェルはそのカリスマを用いて命令(という名の呪い)を付与することで死した竜すら配下に加えることが可能というチートが上乗せされました。
カリスマに洗脳されたドラえごんは光竜ポラリスの死骸を手に一旦エッツェルの下へ戻り、死骸を献上した後に再びゲートによって各地を回るでしょう。アルが倒した雷竜リヒテルも死体は雷鳴の丘に残置しっぱなしなので、回収されてる可能性大。
ソルトとしてはここで『ドラえごん』の予約権限をひとまず解除したいと思いますので、ここからさらに使いたい方がいれば作者様(ビト様)にご連絡をば。隻腕全身火傷でえらいことにはなってますが、秘密道具あればたぶん大丈夫でしょう。たぶん…。
回収された竜の死骸をどう扱うかは、原案作者様とご確認の上で各作者様もよろしくお願いします。もし誰もご使用されないのでしたら、ソルトが(作者様に確認を取った上で)黒竜王の手勢として加えたいなと思っております。その際は、またご連絡したいと思います。
前からわかってたことだけどこの世界竜種強すぎんだろ……。
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