真なる銀を勝たせる為に
「ほお。人と竜の大戦、神竜と竜王。真銀竜と暗黒竜…ねェ」
フロストマキア。雪と氷のエリア……だった場所は、今やその一角を所々に溶岩の流れる火山のような場所と化していた。雷竜と光竜、そして妖魔の戦闘が原因であることは言うまでもなかった。
〝
共に戦ってみてわかった。この男は竜種にも通用する力を持っている。あらゆる意味で放置しておくのは不味い。
「で?」
立ち止まり、アルは振り返る。ここまでの話を聞いた上で、この妖魔が一体どちらに付くつもりなのか、あるいはどこにも属するつもりはないのか。
答え如何によっては、この場で。
「どっちだ?」
「…、えっと?」
アルの発言の意図を汲み取れず、ややずれた伊達眼鏡の位置を指先で直す。
「いやだからよ」
わざわざ口にするのも億劫といった様子で、アルは頭をガリガリ搔きながら、
「どっちの方が劣勢だ?どっちの方が弱い?」
「…………それ、は」
即答できる内容だ。だが、すぐに答えられなかった。
その質問は端的に所属の意思を示すものだったから。
だが仮にも共闘で竜種を退けた間柄。たとえ次の瞬間敵に回るとしても、ここで騙すような真似はしたくなかった。
「……我々、真銀の側でしょうね。もとより竜王はあらゆる竜の頂点に座す存在。今はそれに加え何らかの強化まで備わっている。こうしている間にも彼は自らの軍勢を拡張している最中でしょう。数でも質でも、我らは劣る」
「そうか」
深く頷いて、アルはその場に屈む。何をしているのかは聞かない。ただ利き手の内に意識を集中し、いつでも戦槌を呼び出せるように密かに身構えた。
「なら決まりだ。つくなら
「…………、ん?」
「あ?」
デジャブ。ヴェリテは疑問に言葉を出せず、アルは疑問を抱えたヴェリテに不思議そうな顔をする。
まるで、弱い方についたことが不思議で仕方ないという顔をする雷竜の方こそが理解できないと言わんばかりに。
ヴェリテは再度確認を取る。
「ええっと。話聞いてました?私達は竜王を打倒するにはあまりにも力が足りていなくて、このままでは敗走濃厚な状況なんです。だから」
「だから、知ってるっつの」
ついには苛立ったようにヴェリテの言動を遮って、次には快晴のような澄み切った少年みたいな笑顔を浮かべた。
「強い方がぶっ潰し甲斐があるだろ?それに、負けが決まってる側を勝たせる展開の方がめっちゃ燃えるだろうが」
その言葉を受けて、ヴェリテも思い出す。
雷竜リヒテルを下した時も、光竜ポラリスと対峙した時も。
この青年は常に楽しそうだった。血を流し痛みに耐え命を削る死線の只中にあっても尚。
そうだった。この妖魔はイかれている。頭がおかしい。病的なまでに、その戦闘意欲は底なしだ。
なら、ヴェリテの不安も懸念も確かに余計で余分なものだったに違いない。
「そうですか。…そうですね。では、極めて負け戦に近いこの大戦に、是非とも首を突っ込んで頂きたく」
「言われずともよ。そもそもとっくに突っ込んでるわ。…あーでも、あれだな」
景気よく答えてから、アルは不意に歯切れの悪い口調になって、
「その前に、迎えに行かなきゃならない子がいるんだわ。それだけ寄らせてくれよ」
「…へえ、貴方、そんな人がいたんですね?」
心底意外そうにヴェリテが呟く。この戦闘狂が、一も二もなく喰らい付く戦より前に思案を巡らせる程度には重要度の高い者がいるらしい。
「どなたですか?貴方の恋人とか?」
「んなモンじゃないが、相思相愛ではあるわな」
「うーん…?恋人じゃないのに?」
「うるっせェな色々あんだよこっちだってよ。今はー、あー、夕陽って小僧が面倒見てくれてるはずなんだが」
その名前を聞いて、ヴェリテの耳と尻尾がぴくんと跳ねる。
「ゆうひ。日向夕陽ですか」
「んだ、知り合いか」
思わぬところで繋がりを見たヴェリテが関係性について説明しようと口を開きかけた時。
雷竜ヴェリテにのみ聞こえる、笛の音を捉えた。
「……アル。どうやら全てに都合がつきそうです」
「あー?」
「貴方の想い人との合流。エヴレナとの合流。…そして前回の決戦を勝利に導いた彼との合流。全てが叶います」
笛の鳴らし方でいくつかのパターンを分け、それぞれに簡易的なメッセージ性を持たせる。それは別れ際に竜笛を持たせた夕陽と共有したものだ。
今耳に拾った音のパターンは『ミ・ツ・ケ・タ』に属する鳴り方。
どうやら南に渡った夕陽の方で真銀竜との合流を果たしたらしい。
「行きましょうアル。場所は把握しました、エリア1です」
「まァ待てって」
急に逸り始めたヴェリテの動きを制して、両膝を折っていたアルが立ち上がり何かをヴェリテに向け放り投げる。
「っ、これは?」
「さァな、知らん。だがよーく見てみろ、面白いモンが入ってるぜ」
ヴェリテの手の内に収まったそれは、星形のペンダント。
ただのアクセサリーに見えたそれは、力を持つ者がよくよく目を凝らせば分かるような、複雑な細工と不可思議なエネルギーを納めていた。
まるで生命体そのものを閉じ込めたような、脈動する活気の気配。それがペンダントの内で数百も蠢いていた。
「楽しくなってきたな。うまくすれば劣勢は引っ繰り返る。これだから戦いはやめられねェんだ」
未来への展望にロクな期待も見出せていないくせに、妖魔はいつだって直観と直感だけで戦況を引っ掻き回す。
妖魔が何気なく行ったこの一手も、また。
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