前哨戦は高らかに (前編)


「まあ、くつろいどくれよ」

 交戦後、塔の内部へと案内された一行(式神竜は大きすぎる為尖塔上空で待機している)は最上階に近い高層階の一室で魔女のもてなしを受けていた。

 と言っても、魔女自体は一人用のソファーにどっかりと腰掛け、指先の動きだけでティーカップや焼き菓子が山盛りになった皿などが次々とテーブルに広げられていく。これも魔法の応用だろうか。

 立ち尽くしていても仕方がないと、夕陽達も大きな角卓を囲うように配置されたふかふかの椅子に座る。ロマンティカは早々に夕陽の頭から降りて机の上にちょこんと座ったまま皿に盛りつけられたお菓子に手を付け始めた。

「あ、ずるーい」

「んぐむぐ。…このクッキーすんごいおいしい!あなたが作ったの?」

「……っ」

「待て待て幸、今取ってやるから…」

 ロマンティカの行動を咎めるでもなく自らも皿に手を伸ばすエヴレナと、自分もと小さな両手で卓上の菓子を取ろうとした幸を制して夕陽が小皿に菓子を取り分ける。

「まあ、時間は腐るほどあったからね。魔術のついでに色々と手を出したさ。ほら、紅茶もあるから喉に詰まらせないようにね。…そっちの、日向夕陽と幸、だったかね。二人は緑茶がいいかい?羊羹もあるよ。それとも和三盆がいいかい?」

「至れり尽くせり過ぎる……」

 目を輝かせて幸が挙手するものだから、今度は奥の扉から本当に和菓子と熱々の緑茶が出てきて二人の前にそっと置かれた。不老不死の魔女は長い時間を使ってあらゆる異世界の知識と技術をも吸収しているらしかった。

「さて。くつろぎながらでいいから聞いとくれ。この塔は鏡の魔術で隠蔽してあるから外からは見えない。あんたらが見つけられなかったようにね。ひとまず今は安全地帯といえる程度には堅牢さ」

 黒い魔女服のカルマータが説明しながら人差し指を窓に向けると、直後に外から爆発音が響いた。

「なっ!?」

「敵…ですか?」

 すぐさま夕陽とヴェリテが腰を浮かすが、振り返った窓は鏡面と変わり外の風景を遮断していた。

「座りな、…ただの鳥だよ。悪趣味な、さ。見ればそれだけで害になる」

 手振りで着席を促され、否応にも二人は平静を取り戻す。

「雷竜ヴェリテ、真銀竜エヴレナ、日向夕陽、幸、妖精べび…いやレディ・ロマンティカ。あんたらの存在は前々から知ってたよ」

 ロマンティカのジト目を受けて何かを訂正したカルマータが、全員を見回して小さく頷く。

「私は自前の魔術で時空竜の感覚とを一部同期することが出来る。それでもってピュリフィケーシング……ああ、あんたら的には『救世獣』の方が耳馴染みがいいかい。ともあれソレと同じ情報を横流しで取得してきた。他の勢力に関してもね」

 すなわち、と続けてカルマータは結論を繋げる。

「私が知っていることはオルロージュも同じく理解している、ということさ。ヤツは集う対抗勢力に向けて戦争の準備を進めている。各エリアに散開した『救世獣』は此処メガロポリスを目指して集結中さ。おそらくはこちらの全戦力が現着するより前に、ヤツの方が一手早く動く」

「我々だけで先んじてオルロージュを倒しに向かえばいいのではないですか?わざわざ大群が集まるのを待つよりその方が勝機は厚い」

「勝機とは勝ちの目がある時にこそ使う言葉だよ、雷竜」

 名の如く電光石火の勢いを求めるヴェリテに、カルマータはゆっくりと笑って答えた。

「向かうまではいいだろう。会敵するまではスムーズさね。…アレをこの手勢で仕留めるまでにどれだけの手間と時間を要すると思う?その間に集った獣共に包囲される。いかな武勇を誇る雷帝とて、竜を鎮める抑止の神子とて、数千数万の物量を片手間に処理しつつ人造の竜を討てるとは到底思えないねえ」

 死を覚悟した神風特攻ならともかく。そう皮肉を足して、魔女は鏡面に変わっていた窓をいくつかのモニターに分けてそれぞれの窓に映像を映し出す。


 一つには人の軍勢が編成を組んで巨大な飛竜達に物資と人員を積載している映像が。その陣頭には見覚えのある青年や女性もいた。

「冷泉さん、長曾根さん…」

「偉大なる元帥閣下、老翁米津殿は不在とのことだが、あの男はその状況下でも最善を選りすぐっているね。じきに二千近い軍が参戦することだろう」


 また違う窓にはセントラルらしきエリアの施設内で忙しなく動き回る二丁拳銃を提げた少年と、机で優雅に茶など楽しんでいる車椅子の少女が映っていた。

 白髪の少女は映像のこちら側へとつと紫の目を合わせると、小首を傾げてピースしてみせた。どうやら彼女は救世獣の暗躍を察知しているらしい。していて何も対処していないのは、その膨大な数に対応を諦めているからか。

「セントラルからもいくらかの増援は期待できるようだ。本当ならあんたらが創った『黒抗兵軍』とかいうのを全投入してほしいくらいだけれど、そこまで欲張るのは意地が悪いね。そもそもが時空竜との戦闘を視野に入れた戦力ではなかったのだから」

 

 もう一つ、ノイズの多い窓からは時折発光と人影がまばらに映るのみで、何が起きているのかの仔細を知ることは出来なかった。

「同じエリアだね。『完全者』とやらの案件で戦っているようだが、如何せん規模が大きすぎる。余波で目耳である『救世獣』が次々くたばっちまってろくすっぽ戦況が掴めない有様さ」

(同じエリア、『完全者』……アル達か)

 派手に舞い散る破片や大地だけはかろうじて見えるが、それだけだ。相当に大きな戦いを強いられていることだけは分かる。


「とまぁこんなとこだね。これを、オルロージュ自身も知覚している」

 全てのモニターを閉じ、鏡面だった窓を元のガラス張りに変えたカルマータが紅茶を口に含む。

「生憎と時間が無いんだ。あの馬鹿竜にとってこの世界はまだ綺麗なものより醜いものが多すぎる。復活した今、その使命のままに世界を破壊しに掛かるだろう。それを私は止めたい」

「…ああ。それは俺達も同」

「鏡の魔女カルマータ」

 夕陽の同意を遮って、ヴェリテの声が割り込む。顔を向けた時には既に座っていたはずの椅子に雷竜の姿はなく、声は深く腰掛けるカルマータの背後から。

「ひとつ、大事なことを聞き忘れていましたが」

 巨大な戦槌の切っ先を魔女の首筋に当てて、問うヴェリテの雰囲気に圧倒される。

 明らかに味方へ向けるものではない。

「人造の竜を手掛けた者よ。数多くの悲劇の引き金となった咎人よ。…竜種の在り方を、その矜持を踏み躙った魔女よ」

 その怒りは個ではなく種としてのもの。作り上げられた模造品とはいえ、同胞たる竜種を利用した者へ向ける負の感情が瞳の中を渦巻いている。


「私は貴女を許していないし、信じていない。申し開きがあるならば聞く耳は持ちましょう。私は貴女の言葉を聴きたい」

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