前哨戦は高らかに (後編)
「無いよ、そんなもん」
申し開きはあるか?に対する答えは簡潔質素だった。
「言うほど崇高な目的があったわけじゃない。掲げるほど真摯な想いがあったわけじゃない。造って、使って、都合が悪くなったから封じた。それも、あの悍ましい邪悪の化身みたいな竜の力まで借りてね」
無言でヴェリテは槌を振り被った。たとえ死なないとしても、一度殺さねば気が済まなかった。
それを見て、夕陽は止めない。これは竜種の問題だ。この世界の確執だ。割り込む余地は無いし、割り込むだけの大義名分が無い。
本来の夕陽であればそんなものが何一つなくとも己が信念と信条に則って止めたかもしれないが、今回その役目は彼ではなく。
「ヴェリテ!」
魔女の首を打ち落とす前に、エヴレナのガードが割り入った。
「貴女も権利を持つ者ですよ、エヴレナ!よもや今の話を聞いておきながら何も感じなかったとは言わないでしょうね」
「そりゃあ腹は立つよ!
ギリギリと間近で槌と徒手が押し合うのを見もせず、カルマータはソファーに深く背を預ける。
やがてほうと息を吐き、
「…こんなはずじゃ、なかった」
訥々と話し出した。
「なんて今更悔いても遅い。…でも、たまに思うのさ。あいつがこんなになる前に何かできたんじゃないか。何かしてやれたんじゃないか、ってね」
窓の外を眺める目には色は無く、ただただ緑色の瞳を鈍く曇らせる。
「あいつは私の息子も同然さ。子供が癇癪起こして暴れてたら、叱ってやるのが
「…………」
ヴェリテがゆっくりと槌を下ろす。
火花を散らすその双眸に未だ剣呑な色は消えていなかったが、敵意は収まっていた。
「それが貴女の揺るぎない
「正真正銘、私の本心さ」
「殺せるのですか、我が子を」
「その為に今日まで生きてきた。不死だから死にたくとも死ねんがね」
「…わかりました」
短い問答を終え、ヴェリテはいつもの調子を取り戻し椅子に座り直した。未だ陰は見え隠れするが、彼女とて私事を引き摺ったまま切り替えられないほど愚昧ではない。今やるべきことは、そこにない。
「…ふー。おっかないんだから」
「ありがとね、真銀の嬢ちゃん」
額の汗を拭うエヴレナに感謝を告げると、少女はむっとした表情で向き直る。
「勘違いしないで。わたしだって許してないんだから。でもあなたの力は必要だし、もらったお菓子はおいしかったし、それでとりあえずチャラ?って感じで!」
「くっはは、そうかい。そりゃあ、手間掛けて作った甲斐があるってもんさ」
からりと笑って、カルマータは立ち上がる。
「では、しばらくあんたらはここで休んでいるといい。エルフの森で休息したとはいえ、まだ完全じゃないだろう?ここに置いておく鏡の光に当たっていれば、傷も疲労もいずれ癒える」
「え、あんたは…」
「日向夕陽、幸。こっちへ。あーいや、食べてからでいいよ」
有無を言わさず手招きされ、夕陽はむぐむぐと羊羹を口に含んでいた幸の手を引いて魔女のあとを付いていく。
「あ、ティカも―――うぉわぁーっ!?」
「こらロマンティカ。貴女はお呼びでないですよ」
「羽根はひっぱんないでっ!」
「これは失礼」
「…ねえ、ヴェリテ。あのひと、もしかして……」
「いいんじゃないですか。それを望んでいるのなら、そのようにさせれば」
「うん。…うーん、でもなあ…」
「あるいはそれが、あの人なりの信用の証明なのかもしれませんしね」
「そう言われちゃうとなんも言えなくなっちゃうじゃんか…」
「…?ヴェリもレナも、なんのはなしー?」
「いいえ、別に。火蓋を切るなら、確かに適任は彼女しかいないなという話です」
「?……うーん??」
ーーーーー
「お、来た来た。お前があれか、無茶しかしねぇ命知らずな人間ってやつか」
「こら、ディアン。初対面の相手に失礼なことを言うもんじゃないよ」
魔女に連れられて入った部屋にはほとんど何も置いてなく、せいぜいが窓際に椅子と机がひとつずつある程度だった。
そして、その唯一の椅子に足を組んで座っている少年が俺を指差すと、机に乗っていたカナリアが粗暴な態度の少年を責めるように口を開いて言葉を話した。
今更異世界で鳥が喋るくらいなんとも思わないが、これは一体どういう状況だろうか。
(連れてきた当の本人はもういないし…)
振り返れば、入って来たドアの先にはもうカルマータの姿はなかった。案内するだけしてどっか行ったらしい。俺が聞いたのは「とりあえず会いな」の一言だけだ。
「お前のことは魔女から聞いてる、異世界の人間なんだってな。俺はディアンでこっちの鳥はリート。正直言って俺らも急に魔女に手ぇ貸してくれって言われて来ただけだからよくは事情を知らねんだけど」
「いや教えてくれてたでしょ。だからディアンもあっちからするカミの気配を保留にしてでも協力するって言ったんじゃない。君はほんと、そういうところがズサンでいけないよ。大体ね」
「あーうるさいうるさい。今そんな話してる場合じゃねぇだろ」
なにやら漫才じみた会話を始めたが、ディアンなる少年の方から面倒臭がって一方的に話を打ち切る。椅子から立ち、腰の剣に手をかけた。
「とりあえず、あれだ」
「…幸」
穏やかに話すディアンがこちらへ歩み寄るのに合わせ、こちらも準備を整える。幸との〝憑依〟を完了させると同時、閃いた刃を黒い木鞘に収まったままの刀で受け止める。
「手並み、拝見ってとこで」
「何から何まで意味がわからねえが、売られたからには買うしかねえか…!」
刃を弾き、距離を取る。
俺よりも歳の頃は下に見えるが、その立ち居振る舞いからして戦いに慣れ親しんだ者であるのは理解した。
魔女が用意したこの状況。一瞬ヴェリテの不信を俺も感じたが、わざわざ同じ塔の中で騒ぎを起こす理由も見当たらない。
これはカルマータが必要とした手間なのだろう。俺が、ここで何かを成す為に。
ならばひとまず、ここは馬鹿正直に乗っておくのが吉と見た。
反動を負わないギリギリの上限まで肉体を強化し、片刃の剣を構えるディアンへと抜刀する。
ーーーーー
夕陽達がこのメガロポリス圏内へ入り込んだ瞬間から、『救世獣』の察知には引っ掛かっていた。付随して、魔女カルマータの魔術で隠していた塔も、夕陽達との交戦時には既に暴露している。
現在は塔自体に掛けた強力な結界によって害意あるものの侵入は阻まれているが、それとて物量で攻められれば用意に決壊する。
カルマータは、塔の外に立っていた。
見上げれば空を舞う獣、地上からも土煙を上げてこちらへ向かってくる種々様々な機械仕掛けの獣達。
時空竜オルロージュはこの塔とその内にいる者共を『醜いもの』と判決した。押し寄せる無数の『救世獣』はその意思に従いやがてこの塔を破壊するだろう。
塔自体にたいした思い入れはないが、まだ壊させるわけにはいかない。
連戦に次ぐ連戦で全快に至らない竜と、この先の激戦を見越してとある異世界人に依頼した日向夕陽への強化措置。
そしてこのエリアへ急行している数々の勇猛果敢な戦士達。
それらの現着までに、少しでも時間を稼ぎ、少しでも数を減らす。
「さて、馬鹿息子よ」
トンガリ黒帽子に金の長髪を押し込め、魔女の正装を見下ろして皺を伸ばす。
さあ、
「最初で最後の、親子喧嘩を始めよう」
ピッと指を立てると浮かび上がる投影魔法陣が起動。
無数の火炎弾が空から爆着する轟音が、開幕の号砲としてメガロポリス全域に鳴り渡る。
『メモ(Information)』
・『雷竜ヴェリテ』、『真銀竜エヴレナ』、女神の鏡にて全快まで待機。
・『日向夕陽』、塔内部にて『「カミ殺し」ディアン』と交戦開始。
・『鏡の魔女カルマータ』、単身で『救世獣』(数不明)と交戦開始。
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