刻む、外付けの力


「うん。覚悟はある、判断も早い。決断力もある。お前、俺と同じで歳のわりに色々修羅場ってきたクチだな?」


 組み伏せられ、仰向けに倒された夕陽の首筋に片刃の剣が当てられる。

 何かが起きた。〝憑依〟の力はディアンなる少年の斬撃が肌を掠めただけで解除され、同化していた幸が夕陽の身体から弾かれてからは一方的だった。

「悪いな、どうやら俺の能力とお前の性質は相性が最悪らしい。この刃はな、斬った相手に宿るモノを剥ぐ性質があるんだ。本来はカミ憑き相手にこそ通ずるものなんだが、お前もその嬢ちゃんを憑かせて闘う人間だったか。リート!」

「いや、その娘はカミではないよ。それはディアンが一番よくわかっていると思っていたけれど?」

 鼻息ひとつで返事し、夕陽に圧し掛かっていたディアンが数歩離れて刃を収める。

「けほっ。…で、気は済んだかよ。女の子ひとりの力も借りなきゃロクに戦うことも出来ない人間をいたぶりやがって」

「そう卑屈になるなよ、俺も似たようなもんだ」

 ディアンが離れたことですぐさま駆け寄って来た幸を片手で抱き寄せ、後方へと下がる。命のやり取りをするつもりは無さそうだったが、今一つ真意が掴めない。

「あの魔女が俺をお前に当てがった理由が解ったぜ。流石に長いこと生きてるだけあって慧眼だ」

「…なんの話だ?」

「君達はよく似た者同士ということだよ。日向夕陽君」

 頃合いを察してか、リートと呼ばれるカナリアがバサリと飛び上がりディアンの肩に乗った。

「共に人の身にして人では届かない怪魔怪異に挑む者。勝つ為に、守る為に己が身を砕いてでも足掻こうとする不屈の持ち主。そして、それを間近で見ている者の気持ちをなんら意に介そうともしない唐変木の気質だ」

「「喧嘩売ってんのかお前」」

 がっつり同じセリフを同じタイミングで口にした夕陽とディアンを見て、それぞれ幸とリートが小さく笑う。

「…あー、ともかくだ!」

 ガリガリと頭を掻いて、ディアンが話を強引に戻す。

「俺もお前も同じ人間!どうやったって化物やカミには遅れを取る!そりゃそうだ、地力のスペックが違い過ぎるからな!」

 夕陽はそれを補う為に異能力や幸の力に頼って人外と渡り合ってきた。

 だからディアンが次に続ける言葉は自然と漏れ出た。

「地力ではない所からも外付けで力を得なければ、俺達は戦えない」

「っ…そうだ!そういう話だよ」

「夕陽君。君は〝憑依〟を用いてそこな少女から力の供給を受けている。加えて身に宿る異質な能力も併せて使い、これまで生き抜いてきた」

 まるで夕陽のこれまでを見てきたかのように語るカナリアと目が合う。その鳥眼は、深淵を覗いているかのように底が知れない。無意識に夕陽は身震いした。

 ただの鳥ではないと知ってはいたが、訂正だ。並大抵の尺度で測れる存在ではない。

「このディアンもそうだよ。届かない領域に手を掛ける為に、必要なだけの力を上積みした。魔女は、その力を君に授けるべくこの場に君を呼んだんだ」

 リートの言葉が終わるのを見計らって、ディアンが再び剣を引き抜き眼前に掲げる。

 その片刃の腹には、目を凝らしてようやく見える程度の細い線で何らかの紋様が彫られていた。

「刻め、日向夕陽。お前が俺と同じなら、お前はもっと強くなれる」

 ようやく事の真意に触れた夕陽が、しばしの間静かに鳥を乗せる少年と相対する。その片腕にしがみつく幸の不安げに揺れる瞳に横目で応じて、小さく頷いた。

「……わかった。その申し出、ありがたく受けよう。頼む」

 これから先の闘いについて行くために、しがみ付くために。今以上の力は確かに必要だ。

 言うが早いかリートがディアンの肩から飛び降りて、

「そうと決まればはい、そこの椅子に座った座った!刻印術は施すのにとにかく時間が掛かるからね!」

 テーブルに乗って急かすようにぴょんぴょん跳ねるカナリアに、夕陽が驚愕の声を上げる。

「え、この鳥がそれやんの!?ってか待てよ時間が掛かるだと、そんな長々やってられるほど余裕ないぞ!」

「うるせーな、あるんだよ」

「その時間を稼ぐ為に、今魔女は外で戦っているんだからね」

 夕陽の知らない戦況を知らされ、ぴたりとその動きが止まる。この部屋に案内してさっさと姿を消したと思ったら、カルマータは元の部屋に戻ることなく塔の外へ出て行ったというのか。

 たった一人で。

「助けに行く、なんて間違っても言わないことだよ」

 夕陽の微細な筋肉の動きを読み取ったのか、先んじてリートがその機先を制した。

「己が正義に従って動くことは悪ではないが、必ずしも賢い選択であるとも限らない。向かいの家が大火事だったからといって、自分の家の小火を放置したまま消火しに出るのは愚者の思考だ」

 いちいちこの鳥は感情ではなく論理で正しさを説く。理解はするがすんなりと納得できないのは、きっと己の未熟さが招く愚かさ故なのだろう。

 だが頭は冷えた。

 早足で歩き、窓際の椅子に勢いよく腰掛ける。その膝に幸も乗せて、二人で強い眼差しをリートへと向けた。

「頼む立場で申し訳ないが、急いでくれ。その刻印術とやら」

「もちろん、丁寧に最速で、慌てず急いで行うとも。…物分かりは、彼の方が良かったみたいだね」

「その嫌味な性格、どうにかできねえのかリード?」

 腕を組んでこめかみに青筋を浮かべるディアンの怒りに震える声を無視して、リードは早速嘴を伸ばした。




「あ。それから、これが出来るかを訊きたかったんだ。簡単に言うと―――」


「…………。いや、できなくは…うん、出来るよ。掛かる時間自体もそれほど変わりはしない。出来るんだけど……」


「なあリード、前言撤回しろ。俺もする。似てるとか同じだとか言っちまったが、全然違う。本気で言ってるならこいつ頭おかしいぞ…」


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