誰が為にでもなく
鏡の魔女カルマータは不老不死の秘術により永久を生きる者である。
その外見からは考えられないほどの年月を過ごしているし、致命の傷を負ったのも十や百の桁では済まない。
聞けばそれは無敵の存在にも思えるが、不老とて不死とて弱点は存在する。
無限の時間を利用して拡張に拡張を重ねた魔術回路も、その魔力を蓄える自身の許容量も上限は当然ある。
無限の時間と不滅の肉体があれど、その身体は結局のところ人の器でしかない。
心肺とて破壊されてもすぐさま再生するが、かといって息切れをしないかと言えば否だ。
現に、今カルマータの呼吸は僅かながらに乱れている。
「ふぅ、はあ…っ。まったく、封じられている間に随分とお仲間を増やしたモンだね」
現に、その内蔵魔力は半分を切っている。
「…っふう!!」
地面を駆ける兎の大群を、大地から無数に突き出た氷柱が串刺しにする。その死骸を踏み散らしてさらに大型の山羊が徒党を組んで突撃する。これを水の刃で纏めて斬り刻むと、さらにその死骸の山を這って蟻の群体が黒い津波のように押し寄せる。
火球で燃やし、雷で穿ち、風で薙ぎ払っても。
時空竜に使役される機械の擬似生命体は尽きることを知らない。減っていく魔力と反比例するように、盛り返す敵の勢力は増大していく。
「く、…はぁ…」
元よりカルマータは名の通り魔女であり、前線を単身で担える力は備えていない。
支援や後方火力としてその能力は万全に機能する。担当すべきポジションが既に違う。
いくら自身の禊と信頼を得る為の一番槍だとはいえ、確実に限界は近づいてきていた。
塔内部にいる戦力の万全化、エリア外からこちらへ向かっている増援の到着。
せめてこのどちらかの条件が満たされるまではなんとしてもここで踏ん張らねばならないというのに。
そんな考え事に視野を狭められたか、空を飛ぶ鳥から一斉に放たれた針と斧を防ぐ結界術が間に合わない。右腕が飛び左目が視力を失う。
損傷としては軽微だ。不死の術は即座に傷を無かったことにする。
だがその軽微を埋める数秒は致命的だった。無際限に湧いて出る獣は次の瞬間には魔女の残る身体を喰らい踏み潰し引き裂くだろう。
それすらカルマータにとっては些事だ。既に魔女の不老不死歴は痛覚による廃人化すら克服している。痛みで脳の回路が焼き切れることはない。
喰われながらでも、殺されながらでも死なない魔女は凄惨な処刑を繰り返されながらも黙々と魔力を回復させ、再び攻勢に転じることが出来る。
ただし、その場合は塔の死守は叶わない。
(やれやれ、自爆か)
早くも選択肢に上がる最終手段。
残る魔力を全て投じて自身を爆弾と化して四周一帯を滅ぼす。塔には強固な結界術が張ってある、自爆で倒壊することはないはずだ。
自分自身も粉微塵になるので復活に時間を要するが故の最終手段としていたが、こうなれば仕方なし。
不死のなせる即断即決をもって、余力を全て自爆の魔術に流し込む。
「待て待て!判断が速すぎるぞお前はー!」
やや焦りの含む声で魔女の魔術起動を停止させた少年が、目と鼻の先にまで迫ってきていた獣の軍勢を剣の一振りで数十メートル後方まで強引に押し込めた。
「…おや、日向夕陽はいいのかい?」
「今リートがやってる。次出てくる頃には化けてるぜ、アイツ」
刃に纏わりつく機械の残骸を振って払い、黒ジャケットの襟を直したディアンが黄色い瞳を獣の群れへ向ける。
直後、再攻撃の構えを見せた群れの一部が雷撃と白銀の緑風で吹き飛んだ。
「気は済みましたか?魔女」
「もういいよね。ちゃんと見てたから」
少し距離を置いて真横、二体の竜が人型で並ぶ。
「この大戦、貴女の意固地だけで粘られても困るのですよ。ご安心を、貴女が背中を預けても問題ない程度には信を置けると認識しましたので」
「素直じゃないなあ。いつ割り込むか、ずっと後ろでタイミング計ってたくせにいたたたでででで!!」
「何か?言いましたか?エヴレナ?」
「なにもないれふ!」
片手でエヴレナの頬をつねりながらも、もう片方の手では絶えず瞬く雷光が次々と機械を爆散させていく。
「…もういいのかい?全快にはそれなりに時間が要ると予想していたんだけど」
「竜の回復力を侮らないことですね。とっくのとうに万全でしたとも」
「でもまだまだ序盤だよね?あんまり消耗するのも良くないかも。ロマンティカあのままユーヒのとこ行っちゃったし」
手足をストレッチのようにぐいぐい伸ばしつつ、呑気にエヴレナが応じる。ディアンは無言で剣を肩に担ぐ。その刃には魔力の流入に反応して刻印の紋様が輝きを放っていた。
「どうでもいいが、やるならとっとと始めようぜ。今度は四人だ。アンタは下がって回復してな魔女。後方援護がアンタの本領だろ」
「ええ。これは
「そだねっ、わたしたちの戦いだよ。カルマータ!」
先の急襲を警戒してか、『救世獣』達の勢いが衰えたのを前に、三名が魔女より前方に踏み出る。
「やれやれ。血気盛んな子らだね」
ふっと笑い、魔女が風の魔術を用いて一歩で十数メートル後方まで下がる。
「いいかい?下手なダメージは無意味だよ、時空竜の加護で再生されるからね。一体一体確実に破壊すること。身体強化、属性強化、疲労軽減、魔力消費低減。バフと回復はこっちに任せて、前だけ見て戦いな!」
「ええ」
「頼りにしてまーす♪」
「竜共はこんな場面でも呑気だなオイ…」
呆れつつもディアン自身この程度の窮地は慣れっこであり、その表情にはいくらかの緊張すらありはしない。
杖構え、銀翼羽ばたかせ、剣振るい、槌を担ぎ。
英傑達が救世の獣達を押し返す。
ーーーーー
同時刻。エリア7上空。
廃都の一角に大きく渦巻く蠢く銅色の軍勢を目視で確認した者達がいた。
慣れない飛竜の手綱を乱暴に引いて、最初にそれを目撃した男が下卑た笑いと共に大声で報告する。
「ヒャハハ!大将見っけたぜ!あれだろ西の時給竜とかいうのは!」
「バッカ、時空竜だろ!俺らに給料なんざ出るわけねーって!」
「いらねーよんなもん!地獄への切符くれただけでも靴ピカピカになるまで舐めてやりてえくらいだってのになァ!!」
「おうさ、とっとと降りて殺し合いてえ!隊長!やりやしょう!」
思い思いに異常なまでの闘争心を吐露する部下達の声を受けて、禿頭の益荒男は飛竜の頭の上に立つ。
「まあ待て馬鹿共。盛るのは結構だがな、順番を間違えるんじゃねえよ」
右腕の武器に搭載された巨杭の先端を愛しのペットのように撫でて、男はサングラスの奥から光る瞳を後続の竜に乗る部下達へ向ける。
「この楽しい愉しい
誰にも譲らず、ならず者を束ねる禿頭の男は竜の頭を蹴り、なんと自ら空に身を投げた。
部下は誰もそれを奇行と思わない、狂気と捉えない。中にはその行為を前にしてちぇっと舌打ちをする者までいた。
この程度で死ぬような男が、この一団を束ねられるわけがない。これは一種の信頼であり、常識でもあった。
雲を突き抜け地上へ迫る落下の最中、男は声高く笑いながら叫ぶ。
「一番風を受けるのは、一番前に立つ者と決まってんだ!!」
『メモ(Information)』
・『雷竜ヴェリテ』、『真銀竜エヴレナ』、『「カミ殺し」ディアン』、戦線に参入。
・『第1天兵団』、『エリア7-5:時の棺』に現着。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます