第一陣・死をも恐れぬ強行軍


 エリア7。不滅のメガロポリス。

 現在その外殻部にて、復活を遂げた人造竜を討つべくして英雄豪傑に値する数々もの猛者が戦力をぶつけている。

 飛竜ごと地上へ飛び込んでいく戦狂いの強兵達が渦巻く銅色の軍勢その縁端と衝突した時、その位置は魔女の塔とは真逆の場にあった。思いがけずも挟撃の形が生起したこの状況に眉根を寄せたのは他ならぬカルマータであった。

(おかしいね。)

 フロンティア全土に散開している『救世獣』の性質を時空竜に対抗する為に発動した術式で一部強奪ジャック、同期していたカルマータはエリア1・アクエリアスで編成されていた軍団の存在も掌握していた。

 開戦の火蓋を切ってからは戦闘に意識を向ける為に『救世獣』の耳目との同期は切ってあったが、最後に確認した段階からでは到底この場に参戦するには時間が足りない。

 その数の半端さからも、カルマータの脳裏に浮かんだある仮説が強く主張してくる。まさか。まさかとは思うが。

(編成していない?)

 組織としての細分化も行わず、役割分担も取り決めず、ただ人員を無理くりに飛竜へ乗せて運ばせた。

 確かにそれだけなら時間を要する必要もなく、即座にこちらへ到着出来た理由としては成立する。

 だがありえない。軍属であるならば特に。

 そんな即席で戦場に投入した烏合に何が出来るというのか。

 魔女カルマータは知らない。それが本来の世界においても異端異質の一団であることを。烏合であっても奔放に戦場を駆け巡りこれまでを生き延びてきた歴戦の狂人の兵団であることを。




 後々のフロンティア史において『廃都時空戦役』と銘打たれたこの大戦。当然ながらその討伐対象は時空竜オルロージュの他に無い。

 数千数万、あるいはそれ以上の獣の中心にいる敵の総大将。膨大な獣の防壁に四苦八苦していた自陣営の一体誰が、この歴史に刻まれるほどの戦で最初に邂逅を果たしたのか。そこまで詳細に明記されたものはない。

 ただ、大半の人間はこう予想するだろう。

 人造竜設計段階から関わっていた、そしてその中で唯一の生き残りである不老不死の大魔女カルマータ。

 数多くの武勇と戦績を誇り、あらゆる敵を大雷にて塵滅してきた雷竜ヴェリテ。

 真銀としての使命に邁進し、その抑止を以て多くの戦を収めてきた真銀竜エヴレナ。

 あるいは凄まじき『魔法』を扱う情念の怪物か、数々の刀剣で死地へ斬り込んできた妖魔か、もしくは大穴で〝憑依〟しか取り柄のない少年が大きく番を狂わせたか。

 


「よう。テメエが大将だな?」


 複数の大型火器を首に下げ背に負い、腕には大きな杭を装填した砲塔のようなものを装着した無頼漢。

 既にその身は血に塗れていたが、男は息のひとつも切らせていない。ただただ我欲に満ちた瞳を燃え上がらせて歯を見せ笑う。

「第1天兵団隊長、元中佐!梶原鐵之助ェ!!」

 名乗り口上を受けても、銅色の髪の青年は何も応じなかった。ただ顔を上げ、振り返る。その際、首から下げた時計のペンダントを繋ぐ鎖がチャリと小さく鳴る。


「死に場所に相応しいかどうか―――見極めさせてもらうぜ」

「…………あぁ。醜い。やはり、この世界はもう…」




     ーーーーー


 時は少し遡る。

「雪都さん!兵站、兵装一式、弾薬各種、人員―――軍備の積載間もなく完了します」

「ありがとうございます。諸々の最終点検・確認の後、各隊の幹部を招集してください。戦闘予行及び指導を行い、認識統一を終えた時点で総員乗車。いえ乗竜、騎乗…?ともかく飛竜に乗ってメガロポリスへ向かいます」

 アクエリアスのホテル周辺でこれだけ物々しく動くことに抵抗はあったが、場所の選定を行っている余裕も無く、仕方なしに西への征伐軍の編成を迅速に行っていた冷泉雪都が、直属の部下である長曾根要の報告を受け、事後の指示を達する。

 騒ぎは、その直後に起きた。


「な、なんだ!?何故飛竜がもう…?」

「どこの部隊だ!まだ出立時期は明示していないぞ!!」

「勝手な行動を起こすな、すぐに止めろ!」


 砂浜に置いていた飛竜数十騎が、なんの連絡も報告も無しにいきなり飛び立ち始めた。

 それを止めに走る騎士や軍の人間へと、飛んだ竜の背に乗った男の一人がバズーカを撃ち込む。

「ギャハハハ!!馬鹿かよテメーら!んなチンタラしてたらパーティーに遅れっちまうだろうがよ!!」

「まったくだ!なあボス、とっとと行きましょうぜ!」

「だな。やっぱ連中とは気風が合わん」

 急造で飛竜用に造り上げた簡易櫓の屋根に寝そべっていた男、鐵之助が適当な号令で前進命令を下すと、部下達は歓喜の絶叫を上げながら飛竜を強引に飛び立たせた。

「梶原中佐!」

「元、中佐だ。わりぃな勤勉誠実な制服組の坊っちゃん。俺らはお先にヤらせてもらうぜ」

 羽搏きの突風に舞う砂塵から顔を覆いながら、地上を離れる鐵之助を呼ぶ雪都の声に片手を振る。

「文句があんならとっとと来い。この馬鹿共の食い残した獲物ならくれてやる。なんなら―――元帥閣下殿も呼んで来いよ。クソだるい軍法会議に出頭するくれぇなら、野郎に殺された方が満足できらあ」

 冷泉雪都であれば、宙を蹴って追いつくことも可能だ。だがそれをしてしまえば、ただでさえ元帥代行の権限で現場指揮を担っているこの隊全体が瓦解してしまう。それを解っているからこその強行なのだろう。隊を退いてこそいるが、彼とて元は軍属で猛威を振るった男なのだ。その辺りの仕組みは熟知している。

「あ、の……馬鹿共ッ!!」

 そんな雪都の隣を猛烈な勢いで走り抜ける女性が、心からの憎悪と憤怒を言葉に変換して跳び上がる。

 長い黒髪を振り乱して、同色のラバースーツに身を包んだ戦闘態勢の鹿島綾乃。本来この『天兵団バカども』の手綱を任せられていた本国からの使者だ。

 退魔士の身体能力を以てしても一度の跳躍で届くほどの距離ではなく、しかし綾乃の足掻きはこれで終わらなかった。

 滞空する身が跳躍の勢いを失う寸前、真下に展開した粒子を爆発させる。彼女の持つ能力の一つ、不知火の術。

 これにより爆風で強引に勢いを取り戻した鹿島が最後尾の飛竜の尻尾に両手を掛け、よじ登った。

「不利だとも、寡兵だとも聞いてはいたけれど!ああまったく頭の足らない愚鈍な味方バカは強力な敵よりも厄介だわね!!」

 空を見上げて「届くんですね…」と感心する要に苦笑いを返して、雪都はもう空へは一瞥もくれなかった。というか、もうこれ以上心労の種は視界に入れたくなかった。

「……さて。我々も予想より急がねばならなくなりました。要さん。点検はもういいので幹部を集めてください。十分で全て済ませます」

「あ、はい。…雪都さん、胃薬飲みます?」

「まだ大丈夫です。まだ」


 こうして『第1天兵団(+鹿島綾乃)』は先行という名の命令無視でどこよりも早くメガロポリスへの第一陣を果たしたのだった。

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