荒くれ共の扱い方 / その印を刻んで
「アハハハ、ハハハハハハハハハ!!」
「オラ行けそら行け突っ込めェぇえええあああああ!!」
「殺せ!殺せ!!ぶっ殺せ!!!」
まるで賊かチンピラのように服装も戦闘スタイルもバラバラな男達が、次々と飛竜から飛び降りて行く。陣形もへったくれもなく、ただただ我先にと銅色の獣達へぶつかっていった。
ろくに敵の能力もわからないままに矛を振り被る男達の最前線が吹き飛び、敵の残骸と人間の血肉が宙を舞った。
手足を無くした程度では男達は止まらない。その破竹の勢いはいかなるタイプの『救世獣』であっても止められなかった。
だが所詮は800の兵。このまま続ければいずれ万の群れに磨り潰されていくだろう。あとに続く本隊との合流前に『天兵団』の壊滅が必定のものとなる。
「まったくこの馬鹿達はっ」
しかしそうはならない。そうはさせない。
その為の彼女だ。
長い黒髪をなびかせて、鹿島綾乃は地上に着地するや否や手近にいた『天兵団』の隊員を真横に蹴り飛ばした。
「ぐへぇ!?」
「次こっち!」
続けて前を走っていた隊員の襟首を掴んで引き倒し、後方から追いつく隊員を張り倒した。
あまりの破天荒っぷりに周囲の荒くれ共も一部が戸惑う。普段軍内部では品行方正なキャリアウーマンを演じている彼女がこうも奇行を繰り返しているのにはもちろん理由がある。
ひとしきり隊員を右往左往させた後、一度周囲を見回して確認、叫ぶ。
「これでよし、『鏑矢』!」
彼女を中心に不可視の力が広がり、『天兵団』全体の力が増大していくのを男達は肌で感じた。
現在綾乃の周囲は意図的に特殊な陣形が敷かれている。進行方向に向けた矢印のような形。
本来であれば統制された正規の軍隊で行う無駄の無い陣形機動が彼女指揮下での売りだったのだが、今回それは不可能だ。
ならばこちらで多少強引にでも陣形を組ませてしまった方が遥かに簡単だった。
「聞け馬鹿共!今貴様らはその身に湧き上がる力を自覚したはずだ!鬼のような怪力に加え、風のように身軽に動ける!ただし肉体の防御力は下がる!しかし貴様らには関係なかろう!『防ぐ』という行動が頭からすっぽ抜けた間抜けの集まりにはな!!」
術式陣形『鏑矢』。攻勢特化であり、防御低下のデメリットを持つ陣形。
高出力での展開起動だった為、その攻撃力の上昇幅に代わり今筋骨隆々の男達は見かけよりずっと脆くなっている。
「古来より『攻撃は最大の防御』と云う。貴様らにお似合いの言葉だ!だが己惚れるな、それは然るべき体制が取れているからこそのものだ。確かに貴様らは極めて高い力を持つ個の集まりであることは最早疑うべくもない。だがな!」
声高に隊へ叫びつつ、全体の戦況掌握は怠らない。空からの攻撃に対し番えた霊矢三本が曲線を描きながら機械の鳥を射落としていった。
「それでは勝てん!数の劣勢はそれほどに甚大かつ圧倒的だ。いいか木偶の棒、楽しい殺し合いがしたいのなら!気持ちのいい戦いがしたいのなら!」
和弓を地面に突き立て、その弦を高らかに鳴らす。どの者も戦いながらその音を耳に捉えた。
「私に従え!!
一呼吸分の沈黙を挟み、次には歓声が戦場に満ちた。
「ヒャハハハ!!いいぜ乗った!!」
「面白味のねえ姉ちゃんだと思ってたが言うじゃねえか!この戦争終わったらワンナイトラブしてくれや!」
「がっつりフラグ立ててんじゃねーよアホ!それともおっ勃ててんのは別のモンかぁ!?」
「んでどうすんだ姐御!!隊長に代わりアンタの命令に従ってやんよ!」
(…やれやれ、どうにか士気を維持したまま手綱は握り直した。とはいえ状況は相変わらず最悪。絶望的な戦況差)
口々に綾乃へ下卑たセリフや指示の要求をする男達は、ふざけているようでいながら戦闘をこなしつつ、徐々に彼女のもとへ集結してきていた。素行も性格も最底辺の連中だが、確かに戦うことに関しては一線級のものがある。
(いいわね。燃えてきた)
そして綾乃自身もこの劣勢を楽しみ始めていた。彼女の本質も、僅かではあるがこの場の男達に近い部分を有しているのも事実なのだった。
「……そういえばあの
「
そして隊の部下達を放って『天兵団』隊長の不在に綾乃は激憤した。
ーーーーー
状況はさほど好転していない。
空から来た増援との挟撃で数は確実に減らせているはずだが、それでも底は未だ見えない。壊しても壊しても、件の時空竜の姿はまるで見えない。
加えて塔の防衛もある。四名はそれぞれに背を晒さないように連携しながらも『救世獣』の猛攻を凌いでいた。
「まだですか、刻印術とやらは!」
「ありゃ時間が掛かるからなぁ。それにあのパターンはリートも初めてだろうし」
「ちょっと塔のことまで考えてらんなくなってきたよ!?もう限界かも…!」
「最悪途中でも連れ出すしかないねえ…っと!」
カルマータが杖を回して魔法を行使すると、宙を移動する鳥型の『救世獣』の一塊が爆ぜる―――が、全滅敵わず残存した鳥達が一斉に塔内部へ突っ込んだ。
「不味いッ!」
続けてヴェリテがブレスを吐くが、既に侵入した数百規模の『救世獣』を取り逃がしてしまう。
「この場はお任せします。私は彼らを連れて来ます!」
雷電を纏いヴェリテが戦線を離れようとした時、塔の内側から爆発音が響き塔全体を激しく揺らす。
続けて衝撃波のようなものが塔の窓を粉砕して、内部の家具や機材が放出される。その中には侵入したばかりの『救世獣』達の姿もあった。
「はいはーい、お待たせー!」
そんな騒ぎがあった塔より下の階から飛び出してきたカナリアが、無駄に愛嬌を振り撒きつつディアンの肩に止まる。
「遅えぞリート」
「そんなに怒らないでよ、ぼくが可哀そうだろ?うるうる」
「こてこてのブリっ子ムーブやめろや気持ち悪いな。で?」
吹き曝しになった窓際から跳んで降りてくる少年の姿を目視して、ディアンは分かり切ったことを尋ねる。
「終わったんだな?」
「今の見てわかったでしょ。
身体の調子を確かめるように手足を振りながらこちらへ歩み寄ってくる夕陽が、上空から飛来する『救世獣』を刀の一払いで消し飛ばす。
夕陽では〝憑依〟段階でも放つことの出来ない、飛ぶ斬撃を用いて。
「幸。さっきのでどんくらいだ?……そうか、五百倍。まだまだ行けるな」
同化している幸と話す夕陽へと、雷撃で周囲の獣を薙ぎ払いながらヴェリテが近づき、そして僅かに動揺を表した。
「…夕陽、それは…」
鮮血に塗れたシャツもそうだが、何よりも目を引くのは、その半袖から伸びる両腕。
血塗れの腕からは、異能の発動に呼応して仄かに光る紋様が刻まれていた。
手の甲から始まり、血痕の位置からしておそらくは鎖骨の付近までその紋様は彼の身体に及んでいる。
本来の使い道を外れた、刻印の施術。
それを行ったリートは、度し難いといった面持ちで嘆息する。
「よくやるよ、身体に直接刻み込むだなんてね。確かに道具に刻むより運用効率は飛躍的に高いんだけども、ねえ?」
「ああ。改めて見てもヤバい。よく考え付くわあんなこと」
刻印術について他よりも理解があるディアンとリートにこそ、その異常性は顕著に伝わった。
「戦況は相変わらずか。遅れた分、しっかり働かせてもらうよ」
そんなことを言われている当の本人はどこ吹く風で腕をぐるんぐるんと回し、空を仰いだ。
「お前らも、遅刻だな」
遥か上空の先からは、見覚えのある翠色の竜が数名の男女を乗せて飛翔しているのが見えた。
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