第二陣・竜に仇なす杭と刃


 勇ましくも狂おしく、有能な女指揮官の命令に従うままに暴れ回っていた『天兵団』の一角から、戦闘とはまた別の悲鳴と怒号が聞こえる。

「おっらどけどけえええーーー!!」

 耳を塞ぎたくなるほどのスリップ音を鳴り渡らせて、明らかに真っ当な改造ではありえないような速度と機構を伴ったトンデモ車両が隊員を轢き殺す勢いで突っ込んでくる。

「新手!……じゃないわね!」

 すぐさま和弓を構えた綾乃だが、その風体はどう見ても時空竜に連なる獣の総軍とは違った。その証左として、改造車両は勢いを落とさぬままに敵陣の只中へと突撃し、ひとしきり獣を轢き潰してからUターンしてきた。

 綾乃の真横を通り過ぎる間際、その車両からふたつの人影が飛び降りる。

「んっじゃ俺はそこら辺で轢殺ドライブしながら待ってるからな!武運を!!」

「うん、ありがとう!またねバッドデイさん!」

 こんな激戦区で呑気に手を振り合っている少女が、あっという間に見えなくなった車を背に綾乃の隣に並ぶ。そのさらに隣、タキシード姿に仮面で顔の上半分を覆った青年も。

「……兵軍か?」

「ううん。救世を願う竜を救いに来た、だけだよ?」

「アタシはこのの見届け人。お力、貸してもらえるかしら?」

 交わした言葉はただそれだけ。たったそれだけで、鹿島綾乃はこの乱入者達を認め、弓を番えた。

「承知した、道は拓こう。『釣瓶』!!」

「「「応!!」」」

 綾乃の一声で周囲の男達が即座に陣形を組む。この短時間で『天兵団』は鹿島綾乃の用いる術式陣形の概要を理解し実践するまでに至っていた。

 その陣形は飛び道具の威力と射程を上げるもの。ちょうど、この場に居合わせた三名にとって最も価値の高い効果であった。

「奥に一人、戦力バカがいるわ。うまく使って」

「ありがとうございます!」

「アタシはここで彼らと敵を引き付けるわ。無茶はしないでね」

「マルシャンスさん、こそっ!」


 番える大弓が三張り。陣形効果も相乗した極大の弓術の掛け合わせ。

 さながらそれは三矢の訓が如く。一射で足りぬのならば、数を束ねて射ち貫くのみ。

 それぞれ異なる世界の異なる理の異なる性質を宿した射撃が、一つの光線と化して時空竜までの道筋を作り出す。

 その一本道へと、少女はなんの躊躇いもなく飛び込んだ。




     ーーーーー


 人化状態の時空竜オルロージュとの戦闘から七分ほどの経過。

 『第1天兵団』隊長、梶原鐵之助は未だに敵へ一撃も与えられていなかった。

 それどころか、奇妙な違和感を与えるブレスや宙を舞う歯車、そして何より厄介な時間操作の術によって負傷を重ねるばかりの現状である。

「ははッハ!!面白えな、時空竜の名は伊達じゃねえってか!!」

 血を吐きながらも大笑する鐵之助に疲労の色は見えない。あれだけの攻撃を受けておきながら、その無頼漢は興奮に震えるばかりで一向に倒れる様子もない。


「醜い。今なおこの世界は、これほどに汚く色を失ったままなのか……」


 竜と名を持ちながらその動作は極めて機械的で、優勢を保ったままの現状にさしたる感情を持つこともなく、オルロージュは呆れたように諦めたようにぽつりと呟く。

「この世界は最早救いようがない。故に零へと戻し、一から造り直す」

「ハッ!ようやくきちんとした言葉を喋ったかと思えば!なァにをくだらんことを!!」

 最後のロケットランチャーを撃ち放ち、同時に鐵之助が飛び出す。

 オルロージュの眼前で全ての勢いを殺され時間が止まったように制止した砲弾が、彼の指先の動きに合わせて明後日の方向へ頭を向け、時を取り戻した弾は見当違いに飛んでいく。

 やはり飛び道具の類は時の操作で無効化される。

 だが問題ない。そもそも撃ち出したランチャーは意識をこちらに向けさせない為のものだ。

 懐まで潜り込んだ鐵之助が利き手をアッパーカットの軌跡で打ち上げる。が、その一撃はオルロージュの腹部へ届く前に大小様々な歯車に割り込まれ止められてしまう。

「…無駄だ。全て無駄。意味を成さない」

 まるで予定調和とでも言いたげに、オルロージュはその腕に見向きもしない。

 そんな竜の姿を眼前に映し、鐵之助は無知を嘲るように笑う。

「なんもだ。なんにもわかっちゃいねえよテメエは。ようこそ俺の常道セオリーへ、加えて喜べ累積百倍フルパワーだ。そんでよぉく聞け、いいか、俺はな?」

 装填音。危惧を抱く間もなく、その腕に装着された機構から炸薬が爆ぜる。


「―――射撃が下手クソなんだよ」


 爆音。ほとんど距離という距離を持たなかった両名の鼓膜に甚大なダメージを与えつつ、炸裂した杭の一撃が歯車を粉砕し衰えぬ衝撃が時空竜の肉体を貫通する。

「……っ」

 勢いに負けて後退りしたオルロージュの周囲から現れた銅色の矢が、体勢を立て直す前の鐵之助へ向け射出される。射杭砲の反動に痺れる鐵之助は回避が間に合わない。

「ォォぉぉおおおおおおおおおあああああああ!!!」

 褐色肌の青年が空から降り立ったのは、ちょうどその時だった。

 刀一振りを手に、ほぼ使い物にならない皮膜の破れた黒翼を落下速度の低減に利用しながら地面を砕く着地を披露し、ついでとばかりに銅色の矢を斬り捨てた妖魔がふんすと鼻息荒く日本刀を肩に担ぐ。

「テメェかオルロージュとやらは。よっしゃやろうぜブチ殺す」

 常軌を逸した狂気を瞳に浮かべて悪魔の如き笑みを浮かべ構えを取ろうとした妖魔―――アルの背中を、禿頭の中年が蹴り飛ばした。

「い…ってェなオイこのハゲ!!テメェいきなり何しやがる!!」

「んなもんこっちのセリフだクソ餓鬼!てかよくみたらテメエ魔の物じゃねえかこっちの世界にもいたのかよぶっ殺すか!」

 互いに胸倉を掴み合い獲物の取り合いに息を巻く。彼ら以外の誰が見ても『そんな場合じゃない』と突っ込むところだが、生憎とここには戦闘狂二人以外の誰もいなかった。

 そんな、それこそ実に『醜い』争いをしていた彼らの背後で、先の一撃から復帰しきれずにいるオルロージュの首に下がる時計の時針が、カチリと12の位置で止まる。

 一周。与えたダメージの総量が時空竜の最大攻撃の条件を満たした。

 発動するクロックワイズ。

 大きく息を吸ったオルロージュの体内から練り上げられる最大出力の咆哮が渦巻き、そして。

 銅色の波動が大気を捻じ曲げながら、時空を統べる人造竜の威容を放出する。


「「……あ゛?」」


 胸倉を掴んでいがみ合っていた男二人はその横槍に青筋を浮かべ、共に自身の信頼する武装を手にしてブレスに向かい合う。

 威力の程も、肌を焼く出力にも臆することなく。

 理由としてはひたすらに単純に。


「「邪魔だボケナス!!!」」


 。それだけの理由で意気は揃い。

 砲撃と斬撃は示し合わせたかのようにまったく同じタイミングで時空のブレスへと拮抗した。

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