輝く六つの可能性
理由は二つあった。
ひとつは、この刀が借り物であること。神代の一振りであること。
恩師にして親代わりでもある日向日和の所有物に勝手な
もうひとつは、その刻印の使い方に覚えがあったこと。
おそらくは
そして、それを採用する際のデメリットも。
「どうして刻印術は基本的に武具に。…間接的な手段で運用するかわかるかい?いや、君は知っててこの提案をしたのだろうけれど」
人語を介すカナリア、リートは夕陽の言葉に対しこう懸念を返した。
「つまるところ、セーフティなんだよ。武具への刻印術は、きっちり流した魔力の分しか起動しない。魔力を1000持つ者が、その内の50を流し込めば、50の分だけ効力を持続させるのが武具への刻印術だ。でも、それを身体に刻めばどうなる?」
解答を夕陽は知っている。常に身体能力の上限を超える戦い方をし続けてきた彼でこそ、それは明確に理解していた。
「
夕陽の持つ異能。〝倍加〟、〝干渉〟…そして〝憑依〟。
その全てに連動して強制的に発動してしまう、正道を外れた使い方。
飛躍的に強くはなるだろう。それこそ生身で竜種と渡り合えるほどに。
だが反動は大きい。消耗も、燃費も。
なにより。
「浸食。身に刻む印は術者の力を喰い、育ち、その身を蝕む。
答えはやはり、変わらなかった。
ーーーーー
獣の奥から巨大な爆裂が空を焦がすのを見た。おそらくは時空竜オルロージュの力。
「もたもたしてはいられないな」
両腕に刺青のような紋様を刻んだ夕陽が腕に力を込める。能力強化の刻印六つ、それに抗する身体強度向上の刻印を八つ。五大属性強化の刻印を五つ。その他諸々。
もはやどこに何の効力が刻まれているのかもわからない腕から振るわれる神刀、巨大な斬撃が敵の軍勢を中央から割る。
「行ってくれカルマータ。ここは俺達が押さえる」
一体何処からか、ほとんど無尽蔵に現れる『救世獣』の猛威は留まるところを知らない。向かい側では増援の軍が踏ん張ってくれている。向かわせるべきは特効戦力、少数精鋭。
その因縁も加味して、大魔女カルマータを向かわせない選択肢は元より有り得ない。
「いえ、貴方もです夕陽」
瞬時に埋まり始めた軍勢の隙間を、今度は迸る迅雷が広げる。夕陽を片手で制し、戦槌を持つヴェリテが前に出た。
「卑劣な悪意に呑まれたあの竜にこそ、貴方は行くべきです。目を瞑りたくなるほど悍ましい衆愚の中で、それでもほんの僅かにも存在する、その光を見せてあげてください」
かつて雷竜はその
その輝きが、きっと此度も何かを見せてくれるはずだと。確固たる信頼を添えて。
雷竜の微笑みが夕陽の背中を押す。
「……あんまり期待するなよ。俺に出来るのはいつだって、『精一杯がんばる』くらいのもんなんだから」
「それで充分なのですよ。貴方自身が納得できずとも」
首を傾げ、それでも承知した夕陽が頭に乗るティカを引き連れてカルマータと共に敵陣の割れた箇所から奥へと突っ切る。もちろん、その後を追わせはしない。
「すみませんね、勝手を言ってしまって。付き合ってもらえれば幸いですが」
凄まじい熱量で放電するヴェリテに、残された二名(と一羽)は軽く笑って応じた。
「いいんじゃねえの。頑張ってるヤツを応援するのは、悪くねえ」
「一応おんなじ竜種の不始末を任せちゃうのは申し訳ないけど、うん。ユーヒならだいじょぶでしょ!」
話す間に蠢く敵勢はその質を変えていく。大量の個では敵わないと悟ったのか、あるいは耳目を通じてオルロージュが戦略を組み上げたのか。
無数の蟻型『救世獣』は集合して見上げるほど巨大な蟻の形として何十体の群れを作り、空を舞う鳥型は飛行しながらも魚群のように一塊の剣尖の如き陣を採る。
「よし!それじゃやろっかみんな!」
「ええ。行きますよ。この殿、死守で」
「応さ、振り落とされんなよリート!!」
「…ああ。見せておくれよ、きみ達のハッピーエンドを」
振り返らずに走る少年と魔女の背には、たった一つの矛先すらも届かなかった。
ーーーーー
〝クロックワイズ〟。
それは時空竜オルロージュが持つ権能が一つ。敵に与えたダメージの分だけ進む時針が一回りすることが発動条件。
蓄えられた極大のブレスはエリアひとつを消滅させるほどの威力を有する。
とてもとても、二人分の戦力で相殺できるような代物ではない。
「―――……が、はっ」
「…ごぼ。ごっ、ふぅ」
仰臥して血を吐く妖魔、伏せて血を流す禿頭の軍人。
一撃でその方向にあった外郭部の廃都市群を更地に変えたブレス。強烈な負傷を受けてはいたものの、何故か二名は共に存命であった。
無限に増幅する拳と、浄化を宿す一射の割り込みが間に合ったことが、二名の致命傷をすんでのところで防いだ。
「ッッセェェーーフッ!!ナイス俺様!そしてあのスリルドライブでよく間に合ったな!!」
「そっちこそ急に空から降ってきてビックリだよ
「お前今どんなルビで俺様のこと呼びやがった!?」
アルからやや遅れて風刃竜から飛び降りたあやかと、鹿島綾乃とマルシャンスの援護を得て敵陣中央まで到達した叶遥加が驚愕と歓喜をもって合流する。
即席の合わせとはいえ、実力者揃い四名の攻撃を纏めて、それでも逸らすのがやっとの威力。
そう。ブレスは相殺したわけではない。総合火力で、ようやく軌道をやや曲げて直撃を避けただけだ。
おそらく、次は正確に息を合わせても真っ向からの迎撃は出来ない。
次弾を撃たせるのは最悪手だ。
「おいアルっち……とそこのハゲたおっちゃん!無事か!?」
「あー。余裕だ、よゆー」
「ハゲじゃねえスキンヘッドだクソガキ」
ごほげほと喀血しながらむくりと起き上がる男二人。どう見ても無事ではないはずなのだが、ケロリとした表情で再びそれぞれの獲物を構えた。
「やぁれやれ、こうなる前にケリつけたかったんだがな。結局
「文句は俺が言いたいぜクソハゲ。コイツは俺の獲物にしたかったのによ」
「どうしようあやかちゃん。柄が悪いお方が一人増えちゃった…」
「いんじゃね?強さは確かだ俺様が保障してやんよ」
それぞれが思い思いに口にする中、敵を仕留め損ねたオルロージュは群青の瞳を昏く淀ませて、さらに周囲に銅色の歯車と矢を展開する。
「醜い。…醜い。だめだ、これでは駄目だ」
さらに増える。まだ増える。
自身の武装と共に、周りを囲う『救世獣』の数も増していく。その勢いも、まるで早送りにされた動画のように通常の時を生きる者達を置いて加速していく。
「我が使命、我が天命。清くする為には穢れたものが多すぎる。正しくする為には間違ったものが増えすぎている…。美しくするには、汚れたものがありすぎる!」
感情の発露に応じて八方に歯車が跳ね回る。しかし誰しもが対応に動くより早く、オルロージュを包囲するように出現した魔法陣が全ての歯車と矢の動きを止める。
「やめな馬鹿息子。いい加減、聞き分けが悪いよ」
背後、杖をついて現れる魔女が子供に説くように鋭くも柔らかい声色で告げる。
「……カルマータ。我が、創造主のひとり」
「ああ。ずっとあんたを見てはいたが、こうしてツラを合わせるのは久しぶりさね」
オルロージュの能力とカルマータの魔法が拮抗する中、悠々と歩く魔女の隣で夕陽は静かに刀を抜いた。
「夕陽」
オルロージュを挟んで向かい側に先に立つアルを見て、夕陽は無言で頷いた。
集った精鋭合わせて六名。
自然とその足運びはそれぞれを阻害しない、それでいて互いに連携し合える最適の距離を取り合う。
「私はあなたの望んだように世界を救う。障害を洗い流し、今一度清廉なる理想郷を創る」
「わかってないねえ。悪を完全に排斥した世界、災いを根絶した世界。…そんなもの、どうやったって成立しないんだよ」
展開されている魔法陣に亀裂が奔る。再び加速して回転を始める歯車と、六つのターゲットへ向けて鏃を定める銅色の矢。
「いいや、成立する。させてみせる。その為に私が在る」
「私達は人が生きる上で理想となる清く正しい世界を望み、あんたを造った。そしてあんたは重大な勘違いをしたままその潔癖を遺憾なく発揮した。…いいかい?」
最後の言葉はオルロージュへ向けたものであると同時に、五名の同士へ投げ掛けた開幕の是非でもあった。
誰もが言葉で返さず、その立ち上る意気とハンドシグナルで応じた。
始まる。
「人が生きる世界で、『過ち』も『災い』も『悪』も、皆無な世界なんてのは存在しない。あんたの前提は、根本から間違ったままなのさ」
魔法陣が砕け散り、凄絶な攻勢が再開される。
飛び出し、あるいは跳び退り。
光り輝く人の未来を掴み取る、可能性の枝へ伸ばす為の一戦が始まる。
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