第三陣・本隊、現着
六名の精鋭が敵陣の中央で戦闘を開始するのと同時、その周りを囲い覆う無数の獣達の動きに変化があった。
「のわっ!?なんだいきなり動きがっ」
「速ぇええ!なんの術式だこりゃぁ!!」
「対抗式練り上げろ!よくわからんが普通じゃねえぞこれは!」
ここまで戦闘狂達の衰えぬ士気と類稀なる指揮によって戦況をやや優勢で保っていた『天兵団』の面々が、長年死地に身を置いた戦闘経験から形勢の変動を機敏に感じ取った。
これまでは、ただ物量で押し潰さんとする強引な攻め手―――言ってしまえば何の理屈も理論も無い野生動物のような突撃戦法だった。故に集団戦においては幾度もの戦争を生き抜いた生粋の武人達に分のある戦いであったと言える。
その、唯一の有利点がこの時点で潰える。
前衛を屈強な山羊の一群が横隊を組んで攻め入り、『天兵団』の攻撃を受け切り、その間隙を見計らったかのように中衛より蟹型が果実のような弾丸を投擲、巨大な臼を雨のように降らす。空からも雀型と鳩型の機械獣が一斉に刃や針を射ち飛ばし反撃を封じていた。
後衛では兎型の機械が不快な音を一団で合奏しており、戦士達の感覚を散らし集中力を削いでいるし、隙を見て犬型の機械達は地中から腐乱したゾンビを呼び起こし数の脅威をさらに増大させていた。
ようやく山羊の前衛を瓦解させたかと思えば、すぐさま後方に控えていた
圧倒的な物量差に加え、消耗戦を強いた上でじわじわと真綿で首を絞めるように敵を確実に滅ぼしに掛かっていた。
明らかに思考を伴った動き方。オルロージュの遠隔操作であるかはこの際どうでもいい。
問題は、両軍共に兵略を絡ませた戦況となった今では数の劣勢を覆す策が消失したということ。
その大問題を前に焦りを見せるのは鹿島綾乃のみ。他の者達はさらなる逆風を愉しむように歓喜の悲鳴を上げた。
このままでは十分と保たない。挟撃でかろうじて戦力を分散させられている現状を死守できなければ、この質量はそのまま中央の精鋭達へ殺到するだろう。
命を賭す場面が来た。綾乃は心中で静かに覚悟を決める。
(どの道、ここを守れなければ命は無い。死ぬ気で挑み、それで生きていれば儲けもの、ね!)
和弓に矢を番え、陣形指示をこなしつつ銅色に染まる空を見上げる。
最初から最後まで貧乏くじを引かされ続けたが、それなりに仕事はこなしただろう。これで責めるような相手があれば、おそらくそいつは無能だ。地獄で祟ってやるとしよう。
迫る死への怯えを殺し、軍属としての使命を果たさんと弦を引き絞る。
「ああ待て待て、ちょっと通るから矢は放たんでくれると助かる」
そんな彼女の横を、すすいと浮遊する車椅子が通り過ぎた。
「……は……?」
初雪のような純白の髪と、それに同化してしまいそうなほどの真白な肌。その中で、細められた紫の瞳だけが気だるげに銅の軍勢を見渡している。
綾乃は叫ぶ。
「―――下がれ!!」
その警告は歳幼い、身体的に不自由を抱えたか弱い少女へ向けて―――ではなく。
綾乃は知っているからこそ脅威と認めた。単騎で軍勢を薙ぎ払える異端など一握りしか存在しないが……その少女こそが、一握りに該当する異端の才女であることを認識していたから。
だから綾乃は自らの掌握下に置いていた荒くれ共を怒声で引き下がらせる。それでもと前へ出たがる愚か者達には、大弓を扱いながらも前線の複数部隊を率いていたマルシャンスが弓撃で吹き飛ばすようにして半ば強引に後退させた。
「この程度の小勢でよくもまあ、これほど善戦したものだ。よき指揮官がいてこそだな。…さて」
全ての兵を引き下がらせてしまえば、必然と押し寄せるは種々様々な獣の大群。
ものの数秒で少女の矮躯など千々に裂かれて肉片と化すであろう猛威を前にしても、少女……モンセー・ライプニッツは一片の動揺すらも顔に浮かべることはしなかった。
ゆったりと腕を持ち上げ、手の平の内にゆらりと浮かぶ幾何学模様の円陣を空に展開する。急速に膨張して拡がる陣からは吹き荒れるは暴風と大雷。
起動。発動。
それは個にして軍を屠り去る、峻烈無比たる
「反撃の狼煙としては粗暴に過ぎるが、その辺は目を瞑ってくれたまえ」
呑気な言葉に続いて、大気を揺るがす轟音と稲光、そして地表を引き剥がすほどの烈風が戦場を文字通りひっくり返した。
ーーーーー
「『金蓮』、大盾構え。攻撃は考えず、防衛にのみ徹せよ」
モンセーの放った大魔法が獣達を薙ぎ払うその間に、続々と飛竜から降り立つ騎士兵隊の数々が一人の青年の指揮に従い隊列を組む。
「『連翹』はこちらの指示にて一斉掃射。討ち漏らし、堪えた残存は『薄雪』で仕留めよ。『薫衣』は対空及び全周警戒。小鳥の一羽も見逃すな」
口々に指示に対する肯定の意を声高に返し、続々と彼らは陣形を成していく。
「要さん。『森人』の指揮権を委任します。彼らには軍歴どころか従軍の経験すら無い。後衛にて魔術と弓術における援護射撃に徹底させてください。当初は負傷した『天兵団』の治療もお願いします」
「わかりました」
頷き、隣に侍っていた長曾根要が後方へ駆け出すのを見届け、元帥代行の任を賜っている冷泉雪都が現場での総指揮を執る。
「あ、あのー。えと、私は一体どうすれば……?」
てきぱきと部隊に指示を与える雪都のやや後ろから、そろりと手を挙げて発言するのは雪都とよく似た色の長髪を持つ、モンセーとそう変わりなく見えるほどの年頃の少女。
何故かホテルでの出軍につき問答無用で同伴を強制された、絶賛セントラル臨時勤務中のはずだった大道寺真由美その人である。
上から許可が降りてきた以上、借りれる手は少しでも多く。雪都の良心はもちろん痛んだが、それよりもこの状況を打破し得る可能性を持つ少女の異能の重要性を高く評価した。
「大道寺さん。貴女はその異能を用いて『救世獣』なる存在の組成情報を解析してください。今はその情報が値千金に勝ります」
あの銅色の機械は見た目こそ電撃や水攻めが有効打になりそうではあるが、現状いかなる属性を以てしても特効とは言えない効果しか与えられていない。純粋な火力による破壊がもっとも有効というのは実際芳しい情報にはならないのだ。
何が効くのか、あるいは何が効かないのか。
それが判明するだけでも、戦況は優位に近づく。
「は、はい!わかりました!」
「それから武器弾薬の補充も。『創造』なる魔法で生み出せるものは全て賄ってもらいたいです。無論出来る範囲で構いませんが。基本的には部隊中央から解析を行いつつ枯渇しそうな物資の創造、配給。あと万一部隊内に敵の突破を許した際にはこれの殲滅も。剣鬼殿からは『馬車馬で使っても問題ないほどの勝手良さ』と聞き受けております。頼りにしてますよ」
「わりと大任な上にめちゃ適当な話を間に受けてませんか!?」
驚愕に目を見開く真由美に冷たい微笑みを返す雪都。もちろん心は痛んでいる。
だがこれが戦場なのだ。ここに立つ以上、それが女子供であれ数には入れる。
「『天兵団』は好きにさせておけ。扱いきれない場合は鹿島中将からの救援要請が来るだろう。それまではこちらからは手を出すな、狂犬共に噛まれるぞ」
軍人冷泉准将としての態度と口調でもって、部下達に命令する。八百から僅かばかり削れたあの一団はこちらの真っ当な軍隊式には耳も貸さないだろう。遊撃隊として動かしてくれることを鹿島綾乃に願うしかない。
天災の如き猛威が鳴り止みかけているのを見上げ、雪都は進軍の時期と察する。
「全軍、出るぞ。人が繰り返し、人が積み上げ、人が成し遂げ、人が何度も至ったこれこそが醜悪の極致!見せてやれ、これが人類最高峰の『
『メモ(Information)』
・『天兵団』、一割損耗。
・時空竜討伐遠征本隊(『冷泉雪都』指揮下『金蓮』、『薄雪』、『連翹』、『薫衣』)、現着。
・『エリア1 セントラル』より『黒抗兵軍後衛支援中隊「森人」』及び『モンセー・ライプニッツ』、同刻現着。
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