VS 大獄丸(後編)


精錬たたけ

 ―――カン。


 燃ゆる右腕に紫電が迸り、浸透した黄金の輝きが地中から神代の金属を探鉱する。

 これなるは神格権限の発令。発動する鍛冶神の加護が神気を放出する。


錬鉄たたけ

 ―――カン。


 謳う一句のその度に、鳴るは神威を示す音。

 腕に纏うは至高の焔。神鉄を熔かし、妖魔の片腕は今や神域の鉄床かなとこにして鎚。ひとつ、ひとつ、確かに鎚が鉄を打つ。


鉄心たたけ

 ―――カン。


 大地から煌々と輝く金属が伸び、その燃える右腕が形を整えていく。

 〝日緋色金ヒヒイロノカネ〟。

 現存するはずのない神の時代の産物。それを、今この時だけは具現化することを可能とし、鍛冶神の加護がそれの加工を現実にする。

 なんの因果か件の神、天目一箇神と同様に隻眼となったアルの手の内で、その神鉄は棒状に形状を変えた。

 鈍色の柄、短い穂先。それは質素な外見の槍であった。


 「心火たたけ

 ―――カン!!


 最後の一打ちを終え、鍛造を完了した槍が莫大な神気を収め切れずに風圧を伴ってその全容を露わにした。


「それは揺れ動くもの。戦を告げる剣戟の響き。…さァ」


 未だ肌身を焼かぬ炎を右腕に宿したまま、長大な槍を両手で握り込む。

 眼から頬を裂く傷はいつの間にか出血が止まっていた。おそらく魔女と竜が呪いの刀を砕いたのだろう。

 残り二振りを破壊し、本命へと至るべくして妖魔が動く。


「行くぜ、鬼退治」




     ーーーーー


 致命傷から即座に復帰した高月あやかがシュライティアと共に大獄丸へ迫る。

 深くは攻め入らない。どうせ肉体へのダメージは通らないのだから、あくまで念頭に置くのは刀の破壊。

 出来るなら発動直後の隙を狙いたいという欲望を隠しもせず、双剣と徒手はあからさまに刀の一撃を誘う。

 相手にも思惑は読まれている。今更駆け引きは必要ない。使わなければならないと思わせるところまで追い込めれば勝ちなのだ。

 大獄丸の貫手を間一髪で躱す。掠った爪から血の尾を引いて、真横を通過した鬼の腕を絡め取る。

 少女の両腕では回し切れない巨腕を全身で抱き着くようにして捕らえ、常人を凌駕した馬鹿力で踏ん張る。

「くんのおおぉぉあああああああ!!」

 片腕を封じた大獄丸へ両の剣を縦横無尽に振るうシュライティアが持ち前の敏速を活かして飛び回った。

 目にも止まらぬ速度に鬼の殴打は当たらない。浮遊する二刀も上下左右から叩かれ弾かれ、ピンボールのように回転しながら暴風の斬打に見舞われていた。

『くう!調子にィ、乗るな!!』

 たまらず大獄丸が刀の一薙ぎにて冷気を振り撒く。同時に突風の術にて飛散速度を倍加。瞬間的に風刃竜の敏捷性を上回り、避け損ねた冷気がシュライティアの右半身を凍てつかせる。

 速度を著しく低下させたシュライティアへ続けて迫る大炎。


「オーライ、二本目だ」


 赤熱し火炎を吐いた刀身を、背後から神速の槍撃が正確に射貫いた。

 静かに確実ににじり寄っていたアルの強襲が堅実に炎の刀を破壊する。

『チィ!!』

 大地を大きく踏み砕き、強引に拘束を振り切った後に衝撃で浮いたあやかへと壊滅的な乱撃を繰り出す大獄丸。対し、子供のような笑みを浮かべてあやかの〝増幅〟が応じた。

 ラッシュに次ぐラッシュ。まともに受ければ一発で全身をミンチにする大岩のような拳の数々を、数と質を増した拳撃でもって無理矢理に応酬を成立させる。

 純然なる力比べで鬼に抗する力を持つのは高月あやかのみ。他二名は鬼の背後に浮かぶ最後の刀を仕留めに飛んだ。

『ッッッカァッ!!!』

 壮絶な一喝。ただその咆哮だけで地が割れ大気が震え、刀を破壊せんとしていた二名を威圧だけで弾き返す。

「バケモンが!」

 より地面に近い位置にいたアルがいち早く立て直し、両手で構えた槍による多段突きを繰り出す。反対からはあやかが硬く握り込んだ拳を打ち込んでいた。

 挟まれながらも拳と槍を正確に捌く鬼の直観力に舌を巻く。アルの持つ槍の脅威は既に暴露しているのだろう。そうでなければ馬鹿正直に手で受けていたはずだ。

 神域の槍は、おそらくまだ刀を破壊しきっていない鬼にも僅かではあるが傷を付ける程度には通る。

 だがその真価を放つわけにはいかない。まだ。

 再度飛翔したシュライティアが重ねた双剣で大上段の一撃を振り被る。

『させるか!』

「だァから!!」

「そよ見禁止だってのっ」

 あやかの拳が大獄丸の脇腹を抉り込み、その瞬間を見計らったアルが地面から生んだ刃を投げつける。

 避けるに値しないその小さな一刀を、大獄丸は大仰に仰け反って回避した。

 今しがた投擲した刀の銘は〝悪鬼滅刀ドウジキリ〟。その世界において大悪を成した鬼神の首を刎ねたとされる大名刀、天下五剣にその名を連ねる鬼殺したるは真作童子切安綱の銘を冠するもの。その贋作。

 大獄丸の察知能力の高さを逆手に取った一手は、読み通りに鬼へ大層な警戒を抱かせるに至る。妖魔の生み出す鬼殺しの贋作などではかすり傷が精々だということも知らずに。

 虚を突いた一瞬を逃さず、シュライティアの暴風を乗せた剣が冷気の刀身を両断した。


 もはや身を護るものなし、これより先は全身全霊。

 これで力を阻むものなし、ここから先は全力全開。

 刀の破砕音をゴングとして、四者出せる最大限までギアを上げる。


 大威力による自壊すらも瞬時に修復しながらあやかの大砲のような拳打が乱れ舞う。リロードロードも活用したステップでの翻弄でもはや誰の目にも彼女を捉えることは不可能と化していた。

 鬼の懐で嵐が暴れる中、槍を逆手に握るアルの口が開く。

「〝抉り抜きエオー突き壊せティール雄々しくソウイル猛々しくウル!!〟」

 全身から噴き出る血が自然と槍に集束し、血は文字を描き長柄に意味を連ねていく。北欧の神槍に北欧の原語はよく馴染んだ。


 なんらかの術を行使しようと顔を上げた大獄丸が頭上からの爆風で地面に巨体を叩きつけられる。死に物狂いで持てる風を搔き集めたシュライティアの攻勢は五秒をもって突破され、真空を生むアッパーカットに双剣ごと人化の竜が打ち上げられた。


 暴力的な光を放つ槍を前に、阻止すべく手を伸ばした大獄丸を浮かせる渾身のボディーブロー。無敵の防御を失った鬼の息が詰まるも、即時返礼として返したハンマーパンチで少女の身体は地中深くに埋もれ去る。


 もはやその距離、鬼の身にして三歩半。

 互いの獲物が届く範囲で、鬼と妖魔は互いに吼える。

 鍛冶神の加護を得て限りなく真作に近づけた神域の武威に自ら押しつぶされそうになりながらも、かろうじて踏み留まったアルが眼前の宿敵目掛けて右手に掴む神気の塊を投げつけた。


「〝天貫神槍グングニル―――!!!〟」





     ーーーーー


 それは見るものによってはブレスのようにも、ビームのようにも、単純に光の帯のようにも見えたかもしれない。

 手を離れた瞬間に贋のかたちは即座に蒸発し、現出した神力のみが矛となって鬼を穿った。発動からコンマ数秒の内に神槍は通過上のあらゆる物体を消し去り、やがてこの世界から姿を消した。

 空間すらも思い出したかのように歪曲した状態から平時に戻る。おそらく真正の槍ならば空間ごと抉り取っていただろう。

 理を外れた神の一槍。投擲という行為をして、それはむしろ砲撃に近い性質を持っていた。

 どうにかひしゃげずに済んだ右腕を見下ろし、アルは嗤う。

「こんだけやっても、まだか」


 右半身をごっそり喪い、噴き出すべき血液すらも無くなって。

 それでも鬼は骨と肉を晒す両足でしっかりと立っていた。


『…………いや』

 短く呟き、鬼は両膝を屈する。

『はしゃぎすぎたな。時間切れだ』

 地中から自力で這い出ていたあやかも、力を使い果たしたシュライティアも、そしてもちろんアルも。

 追撃の必要が無いことはすぐにわかった。

 本人の言う通り、時間切れ。三十分待たずして、その身は尽きる寸前だった。

 『死奥義オーバードライブ』には相応の対価が求められる。それ以前に怪物を身に宿したところで大元は一生物だ。顕現したところで酷使すれば命の刻限は限られる。


「済まんな大獄丸。我が至らず、途上で終いだ」

 サラサラと鬼の身体が砂塵のように崩れ散る中で、天山の声が申し訳なさげに放たれる。

『やはり貴様はおかしな男よ。この身命が崩じるは我が行いによるものぞ』

「頼ったのは我。応えたのは貴様。ただそれだけのことだ。……ああ、ただ、そうだな」

 光を喪った双眸に、ほんの僅かにふたつの光が灯る。


「愉しめたか?」

『―――。ああ、それなりにな』


 それっきり鬼の身体は完全に崩れ去り、あとには鬼が受けた傷をそのまま反映された佐前天山の肉体がうつ伏せに倒れ伏すのみ。

 天山の口元は、最期にこう動いた。


 ―――道半ばだが先に逝く。面責はあの世でな、ジェバダイア。


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