VS 大獄丸(前編)
「アルっち!シューちゃん!」
「次そのクソみたいな呼び方したら殺すぞ」
『同じく』
華麗にスーパーヒーロー着地して見せたあやかが呼んだ戦友二名は、罵倒で返しながらも視線は粉塵の先へ固定したままだった。
あやかも察している。まだ倒し切れていない。
いくら『完全者』としての神性介入で純粋に威力が通らないにしても、あの挟撃は間違いなく確殺のものであった。
だというのに、未だ膨れ上がるこのオーラは一体どういうことか。
『…仕方なし!喜べ、貴様らは』
衝撃の寸前、笑んで見せた天山が口にした言葉の続きは、こうだ。
「我が命を贄とするに相応しい、相手と見た」
三名同時に身構える。やはり存命、未だ死することなく、天山の哄笑が太く大きく響いていく。
やがて、白い粉塵の中から元の体躯をゆうに超える巨体が姿を現した。
『がはは、人間よ、よくぞ我に身を委ねた!』
『…アル殿。これ、は……』
「話がちげーじゃん。魔とか神とか、これそういうんじゃなさそうだぜ?」
放出される異様な気配に意識を鋭く高めるシュライティアと、いつもながらの様子で手首をぷらぷら振るうあやか。どちらもこの存在に心当たりは無さそうだったが、アルだけは既視感に眉根を寄せた。
「―――鬼か、コイツ」
妖魔アルの世界にも存在する、それは日本史上最大最強と謳われた酒呑みの大鬼。
あらゆる敵をその身ひとつで砕き割り、神々でさえも物理で捻じ伏せる傑物。
それと同じ威圧感を伴って、二十メートルを超す鋼色の鬼がこちらを見下ろす。
『貴様の戦い方はつまらなすぎる。代わりに我が存分に暴れてやろうではないか。小通連!』
人格を乗っ取ったらしき鬼が浮遊する刀の一つを、ちょいと指を振るって一閃薙ぐ。
「おっ?」
その先にいたあやかの身体が斜めに両断され、さらにその後方にあった廃屋群を消し飛ばして更地にした。
「リロードリペア!!」
思わず意識する前に殺されかけたあやかが〝増幅〟で千切れた身体を修復し、今度こそ真っ当に構えて目の前の敵に全集中する。
「アル。今の見えたか?」
「さっぱりだ、次からもう勘で避けろ」
『がはははは!!たいした肝っ玉だ、今のを見てその程度の所感か!』
高々と笑い、鬼はドンと自身の胸を叩く。
『我が名、大嶽丸!あの人間に代わりここからはこの鬼神が相手してやろう』
「ハッ、世界を跨いでも鬼を相手にすることになるとはな」
「いいじゃん。いいじゃんすげーじゃん!めっちゃ強いぜこの鬼さん!燃えてきたな」
『全くだ。いざ死合おう、鬼神の!』
少しも戦意を削がれることなく、三名は再び包囲陣形を組むべく三方それぞれに散った。
『その意気、流石はあの人間を降しただけはある。しかし悲しいかな、人に宿るだけのこの身はもって四半刻!!さあこれをどう取る!?』
四半刻。一時の四分の一。すなわちが現代換算で三十分。
鬼は自らの顕現制限をわざわざ明かす。
それすなわち、制限時間を耐えれば鬼は勝手に自滅する。
だが、
(それは不義の)
(それは弱者の)
(それは雑魚の)
―――思考に他ならない。
殺せば死ぬのだから、持久戦など馬鹿らしい。
「三十分だ。以内に!」
『貴殿を!』
「ぶっ殺す!!」
『ガハハ、ハッハハハハハ!!!だろうよ貴様らは!!いいだろう来い!!』
血風吹き荒ぶ千八百秒が始まる。
ーーーーー
実際問題、三十分の持久を狙えるほどの余力は残されていないのが事実ではあった。
無論この三名が強者相手に長々と時間稼ぎをするような気質ではないのが理由の大半ではあったが。
目を潰した顔の裂傷から血が止まらないアルも、大技を使ったシュライティアも、実質的な連戦であるこの戦いでは大獄丸同様時間に制約を受けているに等しい。唯一、半永久的に魔法で動き続けられるあやかが勝敗のキーになるのは間違いなかった。
「リロード、ロードッ!」
速い、というよりは距離を圧縮して跳び越えたかのような奇妙な移動で誰よりも先んじて大獄丸へ一撃を見舞う。が、その頬には一切のダメージが見当たらなかった。
「またかよこんにゃろ!」
続けて乱打。魔法で増え続ける拳のラッシュを受けても不動無傷。鬼化してから新たな術法の防護が掛かったかと推察するが、誰の眼から見てもそのようなカラクリは見抜けなかった。
そうなれば自然、残る手札の方に目が向く。
「刀だ高月!そっち先に砕け!」
大いなる力を脈動させる三つの刀に本命を変える。おそらくは順序的に刀から壊さねば鬼の命に届かない。
アルは眼ではなく己が知識からこれを捻出した。
(チッ!大獄丸だの小通連だのと言うからまさかと思ったが。立烏帽子、田村麻呂……三明六通の名刀三振りか!!)
この際あれが異世界へ渡った
問題はそれだけ厄介な代物で、使い手は相当の大物であるということ。
(使うか…!)
ルーン魔術で強化した全身で駆け出し、決行を決意する。
これまで温存していた切り札のひとつ。おそらくこのあとに続くであろう対時空竜や対暗黒竜に向けて取っておいた力。
刀鍛冶の真髄、最奥。神域へ踏み込む天目一箇の大工房を開帳する。
『ほう!?』
大獄丸の視線にはひとりの妖魔が映る。黄金色に輝く足元の大地、奇妙な炎に覆われた右腕から鳴るは鉄を打つ音。
何かを造っている。
そう見抜いた大獄丸の顎が真上に打ち上げられる。
「よそ見ぃ、すんなよなっ!!」
さらに側頭部を打ち抜く破格の脚撃。効かずともその威力に押される形で大獄丸が
真横に転がる。
起き上がるより前に直上から降りしきる緑の弾雨。
『我が最大出力の
「いいねえシューちゃん。頼られるのは嫌いじゃない!」
鱗の弾丸掃射が終わるタイミングで再び突っ込む。アルが何かするのは目線で受けた合図から悟ったが、わざわざそれを待つ気はない。
獲物は、早いもの勝ちだ。
巨躯の懐まで潜り込み、渾身の足払い。凄まじい重量に蹴った足の方が痺れるが、〝増幅〟による瞬間的な威力は鬼の体幹を上回る。
『ぐおう!』
ズシンと音を立てて倒れ込んだ大獄丸への追撃はしない。狙いはその周囲に滞空している刀―――の中でもっとも脅威を孕むもの。
敵意の向く先を察知したか、三明剣は自動であやかを迎撃すべく刃を向けた。
火焔と冷気を無視し、呪いの刀にのみ傾倒する。徒手で打ち合った感じ、強度自体は鬼の比ではない。〝増幅〟で強化すれば壊せる。
深く引き絞った拳を打ち出す間際、がくんと後ろに引かれるように腕を取られ重心が傾く。
振り返れば腕には粘性の水流が巻き付き、後退ったあやかを待ち受けていたかのように大獄丸の大木のように太い腕が持ち上げられていた。
『ヌゥン!!』
直撃。背骨が砕ける音が直接脳にまで響く。
(まじぃ、意識が持ってかれる。リロードすぺ)
魔法での再生を図るあやかへ殺到する火焔が全身をくまなく焼き、追い打ちで冷気が熱を内包したまま氷塊の内へあやかを閉じ込める。
『よくやった英傑。貴様はこれまでだ』
そして大獄丸の手に戻った禍時剣が氷に封じられたあやかの胸部を刺し貫いた。中心、間違いなく心臓の位置。
いかな能力を用いても再生は不可能。この刀が活きている限りは。
『…次だ』
戦士へと心中で賛辞を送ってから、大獄丸は手に力を込める。
しかし抜けない。
『む…?』
「―――…やく……よ」
心臓を貫いた刀が、引き抜けない。鬼の膂力でもってしても、一ミリたりとも動く気配がない。
氷塊の内であやかの口元が動いた。
「…窮地で、こそ。輝くん、だよ」
氷が内から亀裂を奔らせ、焦熱に炭化した肉体が動き出す。
見開いた瞳は、確かに大獄丸を捉えていた。
「―――ヒーローってのはなァァああああああああああ!!!」
破砕。内側から砕け散った氷の欠片はまるで彼女を彩るように、炎の光を反射してその大立ち回りを祝福しているようだった。
大獄丸の眉間を打ち抜いて、真後ろに吹き飛ばすあやかを援護するシュライティアの風刃が無数に殺到する。
風の刃も意に介さず起き上がった大獄丸を押さえ込む為に人化したシュライティアがあやかの前に着地し、その胸に刺さっていた刀を引き抜き地面に放り投げた。すぐさま双剣を携え鬼へと肉薄するその背中から、「たいしたものだ」と。呆れにも驚嘆にも聞こえる呟きが聞こえた。
「…へへっ」
小さく笑い、あやかは四股を踏むような恰好で片足を高く高く、上げる。
治癒しない心臓の傷が余命を告げる。明確に弱くなっていく鼓動を聞きながらもあやかに焦りはなかった。
ただ一言。意思無き刀にこれだけは伝える。
「これっきりにしてくれよ?」
死の十数秒前。ありったけの〝増幅〟を込めた踏みつけが大地にクレーターを生み、その中心にあった刀を粉々に破壊した。
―――リロード・スペア。
情念の怪物。その
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