VS 佐前天山(後編)
金剛の術を解除した瞬間から、手応えが明らかに変わった。
「リロードォ!!」
距離を、威力を、〝増幅〟で引き上げ続けるあやかの攻撃をもはやノーガードで受けるようなことはせず、しかし長年の経験則から確かな捌きでいなす。
その最中、不意気味に真下から抉り上げる膝が脇腹に突き刺さると、天山の片眉が僅かに跳ねた。
(効いてる…けど!)
同時に首をアルの刀が、膝裏をシュライティアの双剣が断つべく振るわれる。が、これは浮遊する天山の三明剣に弾かれた。
「鬱陶、しいッ!」
またしても吹き荒れる突風にアルとあやかが距離を開かされる。この術に真っ向から対処できるのは風刃竜だけであった。
「なんかまだ持ってんぞ!ブ厚いタイヤぶっ叩いたみてーな感覚っ」
「『完全者』の補正とやらだろ!少しでも通じんなら関係ねェブチ抜け!!」
双剣と三刀が競り合っている中、〝
大森林で衝突した『完全者』のひとり、ロドルフォ・エッセマンは雷竜ヴェリテの渾身の槌撃を受けても五体満足で生き残ったという(骨は粉々になったそうだが)。
そこからエルフ達との情報と照らし合わせて導き出した結論は単純明快。『完全者』は神性の加護によって強固な防御性能を備えている。先程まではそれに加えて金剛の術を併せて使っていたのだからあらゆる攻撃が通らなかったのも道理である。
〝
攻撃威力の何割が通るのかは分からないが、一割でもゼロでない以上は勝機は充分にある。
「リロードロード!!」
「〝
片や魔法で距離を詰め、片や雷殺しの刃で雷速に迫る速度で背後を取る。
巨漢を囲んで三人掛かり。刃と拳の届く超至近距離で振り回されるそれらは目を疑うほどに洗練され、一切味方を傷つけない。代わりに、敵へも致命打を刺し込むことも出来ていなかったが。
そんな紙一重の攻防が十秒ほど続いた時、拮抗が揺らぐ。
「!」
魔法の継ぎ目を狙われ、引っ込ませるのが遅れたあやかの腕が深く斬られる。よりにもよって治癒不可の呪いを持つ禍時剣の刃によって。
負傷でバランスを崩したあやかへの追撃。双剣と刀がそれぞれに腕と背中を斬りつけるも一切動じない。天山にとっては軽傷を負ってでも一人を確実に処理する選択の方が重かった。
「高月!」
アルが一秒に満たない間で行った挙動はふたつ。
タックルであやかを吹き飛ばし、雷撃を纏う刀で少女の腕を肩口から斬り落とした。
防御に回す時間が無かった中で精一杯後方に仰け反ったアルの、左目から右頬までを斜めに刀傷が刻まれる。
「アル殿!」
片目の視力を失ってなお、ただひとつきりになった眼で敵を睨めつける。
「三十…七秒!!」
「「―――!!」」
吼える秒数に異を唱える者は誰一人なく。
「リペアッ。…リロードリロードリロードリロード!!」
あやかは腕を再生させ大きく跳んだ。禍時剣は斬った傷を治療不能にする。ならば斬られた部位ごと切り離してしまえば〝増幅〟の魔法は万全に機能する。
胴体への斬撃であれば手の施しようもなかったが、手足の末端部位であればこの手が通じた。
『ォぉおオオオオオオ!!!』
竜化したシュライティアが暴風と共に大気を四つの気門から取り込み、同時に烈風に乗せて無数の鱗を弾丸のように射出する。
「温いぞ!味方ごと穿つ粗暴なやり方が貴様らの策か!」
片手から生み出した粘性の水流で鱗の弾丸を防ぎながら、もう片方の手で隻眼となった褐色の妖魔と斬り結ぶ。
「馬鹿が、この程度でくたばるならとっくの昔に死んでらァ!!」
煉獄刀の炎には目もくれない。示し合わせるまでもなくシュライティアの暴風がアルを焼き焦がす前に炎を彼方へ追いやった。
氷雨丸の冷気を遮る術はなかったが、これを無視。全力最短の軌道で刺突を繰り出す。
「はあ!」
「ぬう!」
クロスカウンターよろしく、互いに突き出した刃が必中した。
アルの刃は天山の腹に、天山の刃はアルの肩に。
だが耐久値の高さ故か、アルの刃は切っ先を腹に埋めるに留まり、天山の禍時剣は完全に肩を背中に抜けて貫通していた。
「…終わりだな。強くあらねば生き残れん。弱肉強食こそが世の、自然の摂理と知れ」
肩を貫いた刀の柄に力を込める。『完全者』、そして佐前天山という魔に堕ちた男の怪力であれば、ここから胴体までを斬り捨てることも出来よう。
その思考に至る前に、懐からパチリと妙な音を拾った。
「は、クハッ」
癒えぬ傷から血を流し続けるアルが、心底愉しそうに笑い目と鼻の先にいる天山を睨み上げる。
「自論結構好きに吐け。もっとも、その話で通すのなら、死ぬのはテメェだクソ弱者」
パチリと弾けた火花は、やがて大きく爆ぜて大雷を生んだ。
「〝
今一度、今度はその真価を発揮する為の銘を叫ぶ。
刀から放たれる雷が、僅かに腹部を裂いた切っ先から流れ出て天山を内から焼く。
「ぐ、がガァッ!?」
「『完全者』は体内も頑丈か?だとしていきなり雷撃流し込まれて人間黙ってられっかよ!?」
肉体は人の器を超えても、精神は人を棄ててはいない。
条件反射。熱湯に素手で触れてしまえば思わず引っ込めるように、石に躓き転んだ時に咄嗟に手を出して受け身を取るように。
たとえ効かなくても。全身を雷で打たれれば『体が痺れる』感覚を身体が勝手に再現する。
それが一秒でも二秒でも、彼らにとっては得難い数秒だ。
既にして四十秒を超えている。設計構想共に完了。
「〝
大地を穿ち、太く鋭い鉄の先端が天山を派手に打ち上げた。
「これ、が…どうした!!」
無傷。巨躯を軽々打ち上げるほどの威力を以てしても『完全者』佐前天山に傷はつけられない。
「―――リロード」
「!?」
声は遥か上空。高々打ち上げられた天山よりもさらに上の上から。
人を超えた肉体、その視野が高高度から炎すら纏う勢いで垂直落下する少女の姿を捉える。
「クラッシュ」
不味い。天山は第六感で理解した。
魔法なる力、〝増幅〟の重ね掛け。一体何重に施したものか知らないが、妖魔一匹を相手に時間を取り過ぎた。あの細腕から練り上げられる一撃は神の加護を受けた身体にすら通る。
「インパクトォ」
空中では身動きが取れない。突風の術を使―――おうとして、またしても風の動きを阻害される。どこまでも忌々しい風刃竜がその腹腔に限界まで大気を溜め込んでいた。
そして。
「キャノンッッ!!!」
破砕の一撃が、墜ちる。
「ごはァ!?」
『完全者』になってから初めて聞く、自身の身体が壊れる音。
真っ向からの馬鹿正直なストレート。防御は容易く、それを撃ち抜くのもまた容易かった。
隕石のように降って来た一発は打ち上げられた天山を地上へ逆戻しに吹き飛ばす。
「もっかいだ!頼むぜシューちゃん!」
『気味の悪い呼び方をするな!……行け、魔法使い!!』
一撃の反動でひしゃげた腕をすぐさま再生させ、あやかが竜を呼ぶ。不機嫌な声で応じながらも、シュライティアはあやかの頭上で大きく溜め込んだ全てを吐き出した。
鱗を含まぬままに放つ
(く。今度こそ防がねば命に届く!どうにかして、……どう、に、か)
ガシャン!! ガキン!!! ガコン!!!!
地上で響く異音に佐前天山が絶句する。
「なんだ?戻ってきやがって、いやしんぼめ。そんなにおかわりが欲しいかよ」
巨大な黒い鉄の杭が空に向けられている。おそらくは最初に天山を突き上げたものの正体。
杭を収める機械内部が鳴動し、ピストン機構を介し巨大な鉄杭が数段下がる。排莢音と共に巨大な薬莢が吐き出され、大きく回転した薬室から新たな実包が用意される。
火薬の撃力を利用して杭を打ち出し激烈な破壊力を叩き出す。その馬鹿げた重量と整備困難で複雑怪奇な内部機構から浪漫の兵装とされている非現実的武器。
ただし、もし仮にそれを製造できる能力と、それを運用できる手段があるのだとしたら、これほど『壊す』ことに特化した武器はそう無い。
「魔の物、魔女、竜種。きさま、……貴様ら!」
一撃の重さを受け止められぬままに落ち続ける天山には誰も取り合わない。風の加速を受けたあやかの拳と、次弾の用意が整った鉄杭のタイミングを合わせる。
「―――
「―――
「…仕方なし!喜べ、貴様らは」
激突の間際、天山は一瞬だけふっと、笑った。
「インパクトキャノン!!!」
「〝
最強の物理が二種、巨漢を挟み込む形でその破壊力を爆着させた。
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