防衛戦 (前編)


「総員傾注」


 黄色い少女が鎖とリボンを舞い飛ばし、赤髪の少女が幻影の分身体含む四人同時に散開した瞬間、おそらくは本体と思しき赤髪と対峙するホノカが視線を敵へと固定したまま一斉に戦闘を開始した味方全員へと告げる。

「敵は自称『ネガを守る英雄』、黄と赤の女性。その脅威度は地下での交戦経験を持つ者なら分かるであろう『ネガ』と同等かそれ以上」

 淡々と情報を並べる最中に打ち合わされる槍と刀。踊るように舞うように軽やかかつ繊細な槍術が大気を裂いてホノカへと殺到するも、ただの一歩も動かず両手で握る刀で打ち落とす。

 朱槍と紅刀が交差するごと、赤い衝撃が一撃ごとに余波を四周へ広げていく。

「悪竜王の使い魔と地下の『ナレハテ』がセントラル全域で被害を振り撒いている現状、長く時間は掛けられない。が…知を有し言葉を解する『ネガ』の一派であればそこから得られる情報は限りなく貴重なものになるでしょう」

「んだよ生け捕りにでもしろってか!―――〝劫焦炎剣レーヴァテインッ〟」

 ホノカと同様、分身体の槍使いと鎬を削っていたアルが焔を放出しつつ返答する。他の人員も言葉を差し挟む余裕は無いにせよ、その言外に含まれた意図に難色を示していた。

「それはセントラルを統轄するの判断。可能であれば、と私にも達しが来ていたわ。でもね」

 眉間を貫く最速の刺突が繰り出されるも、これを瞬間移動じみた歩法によって回避。背後へ回ったホノカへとありえない反射速度で応戦するも、閃く瞬間三度の斬撃と赤刃の一刀によって吹き飛ばされる。

「現場を知らない無能の言葉に貸す耳はないわ。生け捕りなどと生易しい考えでいれば全滅します。各員全力発揮、破壊による被害や損害は考慮に入れなくていい。一人一殺を確実に遂行すること。以上」

「ハ!いいじゃねェか女剣士!わかりやすくて実にいい!!」

 両手に剣を携えたアルが景気よく吼える。合わせるように夕陽は幸との〝憑依〟を深め、エレミアはウィッシュとの同化を済ませ全身から星光の煌めきを纏った。


「赤だの黄だのとさっきから!聞こえが悪いったらありゃしねー」


 壁面ごと砕いて起き上がった赤髪の少女が、周囲で暴れ回る分身体共々に名乗り口上を挙げる。

「いいかあたしはな」

「デッドロック」

のデッドロックさ」

「はあ。…私はヒロイック。知っての通り、ネガの想いを守る『英雄』よ」

 分裂体に急かされるような視線を受けた黄の少女―――ヒロイックは嫌々といった素振りでリボンと鎖の中心地から小さく自身の名を放った。




     ーーーーー


「…………」

 オルトの背に乗ったまま空を飛ぶカルマータは、高い視点から見渡す異常事態に唇を静かに噛んだ。

 至る所から昇る黒煙。響き渡る悲鳴と怒声。人の文明と生命が最も多く集うセントラルは、未曾有の大惨事に呑まれていた。

(不味いね。悪竜でなくともそこかしこで『悪意』が立ち込めているのが分かる。この全てが吸い取られハイネへと流れ込んでいるのだとしたら、冗談抜きで今のヤツは竜王と同格レベルの力を溜め込んでいるかもしれない)

 悪竜と黒竜。どちらも『王』を名乗る上位竜種であることに間違いはないが、双肩の片翼を担う『混沌』の破壊竜に悪竜は及ばない。竜の世界におけるであれば、そうだ。

 それを権謀術数を張り巡らし、ありとあらゆる手法外道の数々によって力を搔き集めたひとりの悪竜が並び立とうというのだから、これが悪夢以外のなんだというのか。

 かつて悪竜によって辛酸を嘗めさせられたカルマータにとってはより強く、より心を揺さぶる悪夢には違いなかった。

 ただし、今の魔女には過去の苦い経験に目を瞑る時間も、暇もない。

(止める、必ず止める。ハイネ、アンタの思い通りには決してさせない)

 悪意の災害を二度も引き起こさせる気はない。

 悪竜王が自身の使い魔から経路を引いて自身への供給路パスを開いているのであれば、ある意味では好都合だ。

 滅多な享楽では表舞台に上がることのない悪辣な観客。直接対峙すること自体が極めて困難な敵。

 今なら。このタイミングなら。この状況なら。

 そして鏡の魔女であれば。

 悪竜王ハイネへと一手、痛烈な嫌がらせをしてやることが出来る。

「数百年仕込みの、練りに練り上げた対悪竜のみの術式。叩き込んでやるよ」

 殺意も敵意も吸収されないように押し込め押し殺し。淡々と黙々とカルマータは自身の内で術を紡ぐ。

 

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