尊き想いは世界を越えて (前編)


 斑模様の蛇を氷河の棘で刺し貫き、冒険者ギルドを納める一際大きな建物の屋根にふわりと降り立つのは浮遊車椅子に腰掛けたモンセー・ライプニッツ。

 細い足を片方持ち上げて優雅に組んで眼下を睥睨していると、その隣に斧を担いだ青年が着地した。

「余裕を見せている暇があるならば働け、ライプニッツ」

「手厳しいな。これでも倒した数だけ言えば百から先は数えていないのだがね」

 紫電を纏うボルトアクスごと帯電するは植民委員のブラックハウンド。彼はモンセーの言い分に対し冷ややかな目を向けた。

「私は五百まで数えているぞ」

「大手柄…と言ってあげたいところではあるが、数をいくら減らそうが関係ないのが痛いところだ」

 現状セントラルに溢れ返っている怪異の数々は際限ない。いずれも根源を断つか、使い手自体を倒さないことにはほぼ無尽蔵に湧き出でるモノである。

 それを知っていてなお動き続けるこの男は、やはりどこまでいっても自他全てを駒として見る機械のような冷血漢であった。ただただひたすらに、己という兵力を使い潰してセントラル市民を守り続けている。それこそが今できる最大の手であるから。

 モンセーは、ブラックハウンドのそういったところを好く評価していた。

「合わせろ」

「いいとも」

 短い会話の最中にも敵は視界のそこかしこで動き出している。斧を振り回し雷の帯を振り撒くブラックハウンドに合わせて魔法を放つと、瞬く間に湧いた敵は蒸発して消え去った。

「剣鬼はどうした」

 戦いながら街中を駆け回っていたブラックハウンドは、セントラル最大戦力である内務委員の大立ち回りがどこにも見えないことを疑問に感じていた。

 その問いの答えをモンセーは持っている。

「いくら強くとも彼女はひとり。単騎ひとりではひとつの勢力・組織を潰すことは出来ても複数で同時多発的に起こる事象には対処しきれない。まあ、だからこそ我らも出張っているわけなんだがね」

 それこそがセントラル代表委員会コミッショナルの泣き所。それぞれが並大抵以上の実力者であろうとも所詮は十二人の個の集まり。総動員したところで同時に発生した異常事態には対処が追いつかない。

 だからこそ、最強の内務委員には最適の場所へと向かってもらった。

「最強こそ最大の難所に充てるべき、というわけだ。しばらく彼女の増援は期待しない方がいい」

「は。誰が」

 短く吐き捨て、斧使いは屋根から跳び下りる。すぐさま周囲にいた兵士へと指示を飛ばしながら市民を避難させる様を見下ろしながら、モンセーは手の内で新たな魔法を練り上げる。

(とはいえジリ貧。『ネガを守る英雄』の撃破は最優先として、その後が続かない)

 もっとも戦力が集中しているのは大聖堂。仮に最小限の消耗で勝利を捥ぎ取りそこの手が空いたところで根本的な解決には至らない。

 せめて、敵対勢力のどれか一部だけでも勢いを削がなければ。

 一切の焦燥を見せないポーカーフェイスの内でいくつものピースを繋げながら打開策を練っていたモンセーに、ふと影が落ちる。

「ん」

 見上げればソレは鳥の大群のように鈍色の光沢を弾きながら空舞う青い鳥へと喰らい付いているところであった。

 幾百、幾千とも数えられる銅鉄の獣軍。

 大魔女が指揮統率を執る『黒抗兵軍機種総隊』が曇天の空に飛来する。

「なるほど、『時空それ』があったか」


 それはかつての景色の裏返し。

 救世の獣が悪意の竜へと立ち向かう、いつかの負け戦のやり直し。

 大量の鳥型救世獣が飛び交う天空の中で、魔女は一騎を駆って飛んでいた。




     ーーーーー


 『過ち』を犯した日から、数えきれないほどの後悔と懺悔と悔恨に明け暮れ、数えきれないほどの憎悪に発狂を繰り返し、数えきれないほどの殺し方を模索してきた。

 そうして幾百年。鏡の魔女は数えきれないほどの術式を編み出した。それらの大半は悪竜と時空竜に対するものである。

 あらゆる地形・状況・戦域・戦力、天候から戦場の特徴までも含めた全ての要素を加味して、それは続けられてきた。

 いつか馬鹿息子との因縁を清算する為。いつかあの忌々しい悪竜に一泡吹かせる為。

 魔女はどんな状況からでも対処できるように術を考案し続けてきた。

 それが今、日の目を浴びる。

(ハイネは現在この世界のどこにもいない。つまりはどこかの異世界へといる)

 悪竜王の存在のみに限定して常時感知し続ける索敵術式が少し前から無反応を示している。世界のどこにいても生きていれば必ず反応するはずの術式に引っかからないのなら、異なる世界へ渡ったとしか考えられない。ヤツは風竜一族が編み出した異世界転移の術法も手にしていたはずだ。

 そして同時にこの騒動。異世界で何か大きな事を成そうとしている。悪意のエネルギーはその為に必要で、常時大量の悪意を吸収できるこの場このタイミングが最適であったということだろう。

 つまり悪竜王ハイネは今、

「―――

 知らず笑みがこぼれる。

 どこで何をしているのかは知らないが、悪竜の王は呑気にセントラルから使い魔を通じて送られてくる悪意を貪りながら異世界を蹂躙している最中ということ。

 ならば。

「それを思い切り邪魔してやれば、ああ、ああ!あの悪辣なる竜はどれだけご破算を悔しがるか、怒り狂うだろうか!はっ。…ははははは!!」

 弾む笑い声もやはり、当人の意図せず喉から自然と出て来て止まらない。

「なら、やろう。一挙両得、一石二鳥。世界を救うついでに、アンタに地獄を見せるとしよう!」

 意気に応じて飛ぶ鳥型救世獣が二体、自身を翼で覆い弾丸のように回転しながら射出される。

 それらは正面を飛んでいたブルーバードの両翼を穿ち抜き、飛行手段を失って自然落下を始めた青い鳥の頭部をカルマータが引っ掴んだ。


「見えてるかハイネ。この騒ぎが、アンタの起こした悪意の渦が。…そしてその中で絶えず瞬く、星明りのような儚げで鮮明な善意の灯火が」


 術式、起動。

 ブルーバードという使い魔の供給路を通じ、魔女は直接使い手へと効果を流し込む。

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