五対五


「やァっぱ遅かったか」

 隣を走るアルが分かり切っていたことのように呟く。

 場所を知っているエレミアに案内を頼み、彼女を先頭にして向かった先はセントラル大聖堂。三つの巨大な建物が寄り添うように連なるその真ん中。『山』という字のような形で聳え立つ一際高い中央棟からは至る所に穴が空き、そこから黒煙が昇っているのが見えた。

「中へ行きましょう!」

 大聖堂からは津波のように人々が押し出されている。おそらくは中で職務に励んでいた修道女や神父、教務委員らが内部での騒動によって半狂乱で逃げ延びようとしているのだろう。

 その只中へとエレミアが駆け込むと、パニックになった人々をなんとか落ち着かせようと声を張り上げている神父の一人が止めに入った。

「待てそこのシスター!中には暴れ狂う異教徒がいる、危険だ。それにそこの者共は洗礼も祝福も受けていない只人だろう、大聖堂の奥部へなど入れるな!」

代表委員会コミッショナルから直接の嘆願を受けています、例外としてお認めを!それに彼らは女神リア様を心から崇拝する我が同輩です!」

「そうか、ならばよし!任せたぞ!」

 ならばよしではないのだが。

「オイいつから俺らはリアの信徒になった」

「俺に訊くな俺に」

 ジトリとエレミアの背を睨むアルの問い掛けから逃れるように四肢へとさらなる〝倍加〟を掛けて走る。

 人の津波をそれぞれ跳んで超え、中へと入る間際。先程の神父の声がずっと後方から最後に聞こえた。


「ついさっきも一人代表委員の者が事態の鎮圧として入った!これ以上大聖堂を壊させないでくれ!」




     ーーーーー


 火の手が上がる大聖堂中央棟奥部。

 女神像は半壊し、天井も壁も数か所が破壊され外の景色が窺える。

「ふーっ、…ふぅー…っ!」

 血塗れのクラリッサは荒い息を繰り返しながら、突き立てた鉄鎚を頼りに片膝をついた状態から起き上がる。

 一体だけでも極めて強力な能力者。それが二体。しかも互いに死角をカバーし攻撃の継ぎ目をフォローし合った完璧な連携によって単体の脅威より何倍も厄介な戦況を強いられている。

 未だ致命傷だけは避けているが、手数に押され傷口が増えてきている。いくら対背信者に向けた狂信力でも限界はある。脳内物質アドレナリンの過剰分泌による再生能力も追いついていない。

 それでもクラリッサの瞳は光を失ってはいなかった。むしろより歪みを帯びた焔が輝いている。

(手でも、足でも、好きなだけ。…同じ数だけ、私が頂きますがっ…!!)

 女神の威信を掛けた戦いに出し惜しむものは何も無い。五体泣き別れになろうとも、必ず殺し切る。

「ほーん」

 その覚悟を読み取ったか、槍使いの少女はクラリッサの射程圏外からの致命を試みることにした。魔力で短く変えた槍を初撃と同様逆手に握り持つ。今度は威力よりも速度を重視した弾丸のように敵を穿つ。

 対応に一手遅れたクラリッサが足を前に運ぶより早く投擲は完了する。腕を引き後方に引き絞った腕が―――突如それ以上動かなくなった。


「見つけたわ、英雄さん」

「あん?」


 槍持つ腕を片手で押さえ付けていたのはこれまたいつの間にやら気配を殺して接近していた巫女服姿の女性。腕を押さえつつ、残った片手は腰に佩いた刀へ伸ばされる。

「デッドエンド!」

「チィッ!」

 新手の出現に分銅を先端に括りつけたリボンを振り投げる黄色の少女に合わせ、赤髪の少女も押さえられたのとは逆の手に顕現させた長槍で自分と巫女服女性との間の地面を強く穿ち抜く。

 爆ぜた地面の衝撃に紛れ拘束から脱した赤髪の少女が槍を構えながら後方へ跳ぶ。

「それで距離を取ったつもり?」

 土煙の中から赤い光が瞬き、次には少女の隣に女性の姿が在った。

「そこ、まだ間合いよ」

 凄まじき技量、人が届く最高到達点をさらに凌駕した歩法によって瞬時に稼いだ距離を埋められる。

 赤く濡れる刀身が抜き放たれ、斬撃が舞う。

「ふぅっ!」

 目視不可能な槍の捌き。迎撃したであろう斬撃は一度の抜刀でどういう理屈か三度を打ち弾いた。

「ヒロ下がってろ!お前じゃ対応できねー!」

「そのようね!」

 一度で三合もの撃ち合いを果たした両名は一秒に満たぬ刃の交じりにて互いの実力を概ね把握した。

(人が踏み越えていー領分じゃねー。剣士として完成された、武の極致…)

(縮地に即時対応、太刀にも反応してみせた。初見でここまでやれる者はそういないんだけれどね…)

 赤髪少女が巫女の女性と睨み合っている中、その背中を守るように黄色い少女は態勢を立て直したシスタークラリッサと対峙していた。

「…これで二対二。フェアになったってところかしら」

「悪ィな、五対二だ」

 期待していなかった返答は、この場にいたはずの誰のものでもなかった。そもそもが性別からして異なるその声の主は、意地悪く高所から現れて一同を見下ろした。

「お呼びらしくて来てやったぜ『ネガ』を守る英雄とやら。オラどうした念願叶って『情念殺し』のお出ましだぞ」

 妖魔アル。大聖堂の天井に空いた大穴から覗き込むように立っているその男を巫女服の女性は知っていた。セントラル行政区より情報を得ることが可能だった権限保有者たる彼女こそがセントラルにおいて『剣鬼』と恐れられている『代表委員会コミッショナル』の内務委員、ホノカである。

 千変万化の刀剣使いと称されているアルの出現と同時、大聖堂の壊れた大扉からはエレミアが、壁面の穴からは夕陽(と頭に乗ったロマンティカ)が現れる。一つ所に固まって攻撃を受ける不利を減らす為にそれぞれが別経路から奥部へと至ったが故の配置であった。

「シスター・クラリッサ。ご無事ですか!」

「…その声は、シスター・エレミア。久方ぶりですね」

「…!あなたが代表委員から派遣されてきたっていう…」

「ええ。内務委員ホノカと申します。…剣鬼と名乗った方が通りがいいかもしれませんが」

 警戒を緩めぬままに修道女同士は無事を確認し合い、夕陽はホノカへ向け味方の確認を端的に行った。

「…ふーん。五対二、ね」

 ぐるりと囲まれた状況を見回し、括られた赤髪の端をいじる少女がゆらりと槍の穂先を揺らす。

 途端。

「わりーな。ちげーわ、それ」

 炎の熱が景色を歪め、捩じれて渦巻く大気から新たな人影を生んだ。

 その数、赤髪と同じ姿形を


「五対五、だ!」


 揺らめく幻影を引き連れ、四振りの槍と大聖堂全域に広がるリボンが二度目のゴングとなった。

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