満ちる『悪意』と渦巻く『情念』 (後編)


 光に包まれた先、まず視界に映ったのは一面の壁だった。

 カルマータの転移はセントラル市街の路地裏に設定されていた。建物と建物の間に生まれた僅かな空間に転移した面々はひとまず窮屈なそこから出て街の通りへと出る。

 そうしてようやく、中央都市の異変を悟った。

「あァ?」

「なんだ…?」

「これ、はっ」

 普段の活気ある喧噪とは別種の、恐慌に近いざわめき。場所によっては悲鳴も聞こえている。明らかにいつものセントラルではない。

 異質な空気に疑問符を浮かべるアルや夕陽に対し、カルマータはこの一瞬で異変の正体に心当たりを思い浮かべたようだった。次には容赦ない侮蔑を込めた声でその名を告げる。

「…ハイネェ…!!」

「なに?」

 聞き返す夕陽への返答の前に、彼らの前に飛び出てきたのは輪郭不明瞭な獣らしきもの。数えて五匹が飛んで跳ねて急襲する。

「なんだコイツら」

「幸っ!」

 地面から生やした剣を引き抜いたアルと幸との〝憑依〟を済ませた夕陽の刀がそれぞれ獣を一匹ずつ両断する。手応えは、思ったより軽かった。

「弱ェな」

「だとしても数が多いぞ。カルマータ、これは悪竜王ハイネの刺客なのか?」

 会話の合間にも残る三匹以外に後方、側方から別の不明瞭な何かが出現する。カルマータは首を振った。

「いや違う。この怪物達は私にも…」

『ネガだ』

 声は夕陽のポケットから。取り出した水晶型通信端末に繋がった声はつい先程までモニター越しに会話していた人物のそれだった。

「モンセー。これはどういう状況だ?こんな話は聞いてないぞ」

『こちらもさっぱりだよ。ほんの少し前に起きて、今なお続いている異常事態だ』

 それぞれに背中を合わせ死角を潰した状態で謎の怪物達を迎撃していく中、頭上からは飛び上がった蛇のようなものか大口を開けてブレスを吐いた。

「今度は何だ!」

「オルト!」

 防御の為に顔を上げた眼前を、雀型に変形した救世獣が舞い上がり蛇の喉元を噛み潰しそのまま地面に投げ落とした。

「…とりあえず、これで全部か」

 数は多くともさほど強度があるわけでも高い攻撃力があるわけでもない怪物と蛇を倒し切り、一旦周囲からは敵影が消え去る。

 今の内に状況を確認しておきたかった夕陽が、開きっぱなしだった通信先に問いかける。

「異常事態ってのは」

『「情念殺しネガマーダー」を狙う二人が地下から地上へ出たあと、それを追うようにして地下から湧いて出たのがそのモザイク達だ。元々地下で目撃情報は挙げられていたが、「ネガ」との交戦情報から類似種であると断定された。より正しくは「ネガ」に達しない成り損ない。地下にいる謎のウサギはこれを「ナレハテ」と呼んだそうだ』

「ナレハテ…」

『おかげでセントラル内は御覧の有様だ。代表委員会の面々で事の鎮圧に動いてはいるが、如何せん数が多い。成り損ないらしく弱いものがほとんどだが、稀に特殊個体として強力な「ナレハテ」の目撃情報も出ている。さらに悪いことに』

 一呼吸おいて、自身でも情報を整理しているようなモンセーの声色が一段低くなる。

『悪竜王ハイネの使い魔達が一斉に活発化して動き出した。おそらく意図的に、このタイミングを狙ってのものだろう』

「だろうね。悪趣味なヤツらしい手口だよ」

 吐き捨てるように同意するカルマータが、救世獣が仕留めた蛇を片手で持ち上げる。

「竜蛇。その魔力で人を異形化させ、生物の悪意を吸収して増殖するホムンクルス。吸い取った悪意は創造主であるハイネにも流れ込む」

 蛇を放り捨て、その手でカルマータは空を指差す。

 今にも荒れそうな曇天の空には、いくつかの青色が飛び交っていた。

「ブルーバードもいる。あれも同じく人の悪意を誘発・増幅させるタチの悪い使い魔だよ。どちらも根絶は極めて難しい」

「ハイネが『ネガ』と結託した……って線は薄いよな」

 情念の怪物にそのような思考力や行動力があるとは思えない。仮にあったとして、悪竜王と手を組む理由もメリットも思い浮かばない。

 強いて言えば『情念殺しネガマーダー』の炙り出しの為、という考え方も出来なくはないが、それでもやはり違和感は残る。

 それよりもしっくりくるのは、

「『ネガ』の動きはシンプルで分かり易い。だからこそ横槍も入れやすい。突発的とはいえ使い魔越しに状況を見てたんなら合わせることも簡単だろ。クソ面倒な今の状況をさらに引っ掻き回して遊んでやがるな」

「そして、娯楽と同時に自らの力になり得る悪意を集めている。…ですかね」

 アルとエレミアの言葉に首肯を返す。ここまであの悪の権化のような竜に翻弄されてきたからこそ、その行動理念は容易に計り知れた。

 つまり対処すべき脅威は三つ。

 溢れ返る『ナレハテ』の対処。

 悪竜王の使い魔の対処。

 当初の目的でもあった、二体の『ネガ』の対処。

「…使い魔は、私が何とかする」

 雀型のまま停止していたオルトがさらに内側の機構を広げて人一人を乗せられるだけの大きさまで膨れ上がり、その上にカルマータが乗った。

 酷く冷めた表情に滾る激情をひた隠し、幾重もの魔法陣を展開させながら。

「悪竜種のやり口も、その黙らせ方も、からずっと考え続けてきた。悪くない皮肉じゃないか、また悪竜の相手を救世の獣がすることになるなんてさ」

「…大丈夫か?」

 可否を問うのではなく、その心境から漏れ出た不安を口にする。そんな夕陽に、カルマータは薄く笑った。

「問題ないよ。ヤツに向ける怒りも憎悪も燃料に変えられちまうんなら、一番ヤツを悔しがらせるのは『何も考えないこと』さ。私がやるべきは、この街と世界を守る為に悪竜の術を打ち破ることだけだよ」

 手を振って先へ向かうことを促すカルマータは、救世獣オルトに乗ったまま上空へと飛んで行った。

『「ナレハテ」は極力こちらで押さえ込もう。今は「澤瀉」も総動員させている。私含む代表委員の者も出張れば相当数の撃破までは可能なはずだ』

「わかった。とりあえずそっちは任せた。俺達は」

「クラを助けに、だね!」

「随分時間を食った。早く行かねェと死ぬぞあのイカレ修道女二号」

「二号…ということは一号がいるのですか?」

「目の前にいるよお姉ちゃん…」

 通信を切って先頭に出た夕陽が目的を再度固め、頭の上でロマンティカが拳を上げる。アルとエレミアの掛け合いにふよふよと浮いて付いて行くウィッシュが複雑そうな顔で呟いている以外は誰もその会話に言及はしなかった。

 

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