満ちる『悪意』と渦巻く『情念』 (前編)


 夕陽達がモンセーとの通信を終えカルマータの転移術での移動を実行する少しだけ前。

 セントラル大聖堂中央棟にて、女神リアを模った大きな銅像を熱心に拭き磨いていた修道女が、渾身の仕事ぶりに我ながら感嘆の吐息を漏らした。

(今日もリア様は愛らしく美しい。御本神ではないとはいえ、あの方を模した像であればそれはかの御方も同然。埃ひとつとて被らせてはなりません)

 シスタークラリッサの狂気的なまでの信仰心は今日も今日とて敬愛する女神へと向けられていた。教務委員としての布教活動もそっちのけで銅像を磨き上げ、ふうと額の汗を拭う。

「本日の日課終了。さて次はお外で街の皆さまに女神様のお話でも」

 セントラル市民にとって恐怖の演説とされているクラリッサ・ローヴェレの地獄辻説法が始まろうとしていた時、大聖堂の大扉がギィと古さ故の音を立てて開いた。

「あら、ようこそおいでくださいました。ここは我らが大伸リア様を奉る聖域。あなたも女神様に祈りを?それとも何か懺悔でも」

 振り返りつつも反射的ににこやかな笑顔で普段通りの来客に対する文言が口からつらつらと出る。

 が、その言葉は最後まで続けられることはなかった。

「見つけた」

 突如として伸ばされる明るい色のリボン。意思あるようにうねりながら修道女の手足へと絡みついた瞬間、彼女はインベントリから引き抜いた鉄鎚で薙ぎ払う。


「見つけた。『園芸』を殺したもの。り、りり」

「よーやく本命ほんめーか。さくっと殺すぜ」


 千切られたリボンを引き戻し、再度新たなリボンを十指の中から生み出し操る少女と、その隣で身の丈ほどある赤褐色の槍をブンブンと振るう少女。

 とても、信者や告解に足を運んだ一般人には見えない。

「…外に出て頂けますか?女神様の眼前で荒事に身を投じるつもりはありません」

「かんけーねーだろ。んなハリボテの神サマなんてさ」

 クラリッサの静かで強い声色にも臆することなく、赤髪の少女が逆手に握った槍に炎を纏わせ、有無を言わせず投げつける。

「っ!…き…」

 鉄鎚で受け止め切れなかった衝撃に押されるまま、クラリッサの身体が後方へ浮き銅像に叩きつけられる。

 ピシ、と。先程磨き上げたばかりの輝く銅像の片端に衝撃で生まれた罅が奔る。

 被っていた頭巾ウィンプルが地面に落ち、彼女の普段髪で隠された両眼が異常なほどに見開かれ、全身から怒気と殺意が噴出する。

「貴ィ、様らァアあああああああああああ!!!」

 即座に振り上げる鉄鎚、練り上げる光魔法が身体の周囲で光輪を構築し、瞬きすら命取りとなる超高速で射出された。




     ーーーーー


 大聖堂での爆発音が響いた頃、そして夕陽達がセントラルへの転移を実行した頃。異変は他に二つ起きていた。


『くすくす。きゃっきゃ』


 どこからともなく無邪気な笑い声が響き渡る。街にはいつの間にか不明瞭で不明確なモノがそこかしこに溢れかえっていた。

 人型のもの。獣型のもの。あるいは生物とは思えない姿形をしたもの。それら全ては『なんとなくそう見える』だけで、実際はモザイクがかったような、磨りガラス越しに見たモノのような、ぼやけた輪郭だけで動いていた。

 それは地下で蠢くが面白半分に放ったものなのか、それともが地下から湧き出したなのか。

 いずれにせよ二人の少女がトリガーとなって引き起こされた事態だということは間違いない。

 種々様々な不確定なる怪物モドキ達は、意志ある生物達へと無条件に問答無用で攻撃を開始した。




     ーーーーー


『クク……今、じゃの』


 異変の残りひとつ。

「これ、はっ」

 それにまず最初に気付いたのは、セントラルに転移した直後のカルマータだった。

 街全域に広がる濃密な気配。この悪辣で吐き気を催す粘ついた気配には嫌でも覚えがあった。

 その気配を放つものは空と地、両方において広がり出していた。

 

 セントラル市街が突然の大恐慌でパニックに陥っている中、その負感情を肥大化させ吸い取っている悪逆の王の声が幻聴のように魔女の耳に届いた。

「…ハイネェ…!!」

 心の奥底に澱のように溜まり続けていた怨嗟が知れず声に乗る。


 混迷を極める一大都市の内で、『悪意』と『情念』の脅威が一緒くたになって街を染め上げ始める。





     『メモ(information)』


 ・『シスター・クラリッサ』、『ヒロイック&デッドロック』と交戦開始。


 ・『「異情」のナレハテ』、セントラル内部に多数発生。


 ・『ブルーバード』、セントラル上空に多数発生。


 ・『悪しき竜蛇』、セントラル内部に多数発生。


 ・『日向夕陽』ら一行、セントラル内に転移完了。

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