セントラルへ


『やあ。急な呼び出し失礼』


 ホテル『阿房宮』の会議室のひとつを借りて、一同は魔術式投影モニターにて壁面に照らし出された景色の先にいる人物からの呼びつけに応じていた。

 その相手とは他ならぬセントラル代表委員会コミッショナル所属のモンセー・ライプニッツ。以前『廃都時空戦役』にて共闘しその大魔法を遺憾なく発揮して勝利へ貢献してくれた魔術使いにして公人。

 そしておそらく、今現在の通信においては『黒抗兵軍』参謀総長として話し合いの場を設けているであろう人物へ、まず第一に声を返したのは夕陽。

「いや問題ない。何かあったんだろ?こっちもちょうど、どう動くか考えてたところだ」

 他の陣営はそれぞれに女神討伐や対悪竜王などで動き出している。こちらも何かしら次の行動を起こさねばと思っていた矢先のこれだ。

 セントラルという唯一最大国からの要請とあれば、それは並大抵では済まぬ事態なのは明白である。

 それを証明するかのように、通信先のモンセーはいつも通りのポーカーフェイスに僅かな曇りを見せたままゆっくりと頷いた。

『先日、神竜の剣絡みの騒動で竜王陣営の竜種に打ち壊された地下への扉を修復している最中、何者かが地下から扉を完全破壊して地上へと飛び出た』

 地下での一件といえば竜都での神器争奪戦以外にはない。修行中だった夕陽は知らないが、夕陽以外の面々はその言葉に表情を険しくさせた。

『うちの同僚がその対処に当たった際、現れた敵性体二名は交戦の中での問答にこう答えたそうだ。「ネガを守る英雄」とな』

「『ネガ』…って」

 振り返り一同を見回すと、やはり無言の中で剣呑な雰囲気が満ちているのを察する。

 夕陽も情報として聞いてはいた。ネガ―――『情念の怪物』と呼ばれる脅威。地下に巣食い独自固有の結界にて対象を捕らえ、害するモノ。争奪戦に参加した全ての者がこれとの交戦経験を持っている。

『同時に連中は「情念殺しネガマーダー」なるものを探している口振りも溢していたという。今はセントラルの監視網を抜けて潜伏中だ』

「……『ネガ』を殺した者。それを探しているとなれば」

 呟くように声を発したのはヴェリテ。同じく事態の方向性に気付いたディアンがその呟きにこう継ぎ足す。

「奴らの狙いは地下に潜っていた俺達、か」

「標的にされていますね。私達を探している」

「…え、まって?それってもしかしてティカも……?」

 さらに続けて神妙な顔でエレミアが言うと、それに対して青い顔でロマンティカがぶるりと身を震わせた。この小さな妖精も、一応は『ネガ』の一体を自力で仕留めている。

『セントラルの治安を守るは我らの責務なれど、生憎と立て続きに起きた事件や戦後の処理でまだ慌ただしくてね。そこの妖魔が勝手に行政区へ送りつけてきた巨大兵器建造の莫大な費用やらもそれに含まれている』

「ん?」

 じろりとモニター越しに睨まれたアルはまったく悪びれた様子もなく、ただ面白そうな顔を作るばかり。

「そのおかげであの神造巨人を倒せたんだから安いもんだろ。それに、んな嫌味を付けられなくったってその仕事は受けてやるよ」

 指の骨をパキポキと鳴らしながら、モニターに背を向けたアルがカルマータを見る。

「セントラルへの転移は出来んのか?」

「何度か行ったことがあるからね、マーキングはしてある。…ただ、今の私の魔力量ではすぐ起動して一度に飛ばせる人員は術者たる私を含め五名が限度だがね」

 不死を失ったカルマータには、以前には平然と行われていた『魔力の枯渇による死の復活からの魔力再充填』という強引な手段が使用不可能になっている。それでも並の術者では長距離転移という術自体が普通は出来ないのだから五名でも充分上等であると言える。

「ちょっと待ってください」

 話の流れを打ち切って、ヴェリテが軽く手を挙げる。総員の視線を一身に受け、

「敵は『ネガ』に関わった者を狙っているのだとしたら、それはこの場の私達だけでは済みません」

 その言葉で思い出す。あの地下争奪戦ではここの面子以外にも共に戦った者達がいたのだと。もしそれらも標的として見られているのだとしたら。

「シャインフリートも『ネガ』を倒してたよね。一緒にいたトランって子はわかんないけど」

「あのガキ共は今ジジィんとこだ。よほどのことがなけりゃ襲われることはねェだろ。問題なのはむしろ…」

 軍部、そしてなにより米津玄公斎の庇護下にある光竜と仔狐の安否はそれほど案ずる必要はない。

 懸念するとすれば。

「参謀総長。シスター・クラリッサは今どこに?」

 皆が同時に行き着いた人物の名をシュライティアが口にする。

『教務委員の所在は基本的にはセントラル大聖堂だとは思うが、細部は私も掌握していない。すぐに人員を回して保護しよう』

「いや無理だろ、その敵ってのが『ネガ』と同等かそれ以上の力を持ってるってんならそこらの兵士衛士じゃ歯が立たねェ。カルマータァ!」

「今すぐ準備する。残りの三名を決めな!」

「二名だっ!」

 急かすアルに応じ転移術式を練り上げるカルマータの人選に名乗りを上げた夕陽がアルに並ぶ。

「あ?夕陽お前関係ねェだろ!」

「俺が自分勝手に修行してた間に地下で頑張ってくれた人が狙われてんのに無関係なわけねえだろうが!」

「では私も行きましょう」

 口論している間にエレミアが前に出る。

「大聖堂の内部は私も熟知していますし、私の権限があれば申請無しでも大聖堂を自由に探し回れるはずです。ウィッシュちゃん、お願いできますか?」

「いけるよー!」

 光の粒を撒き散らしながら滞空するウィッシュも意気揚々と声を上げる。

 こうしてカルマータ、アル、夕陽、エレミアまでが決まり、時間が無い中で残り一名誰が―――というところで夕陽が頭に乗ったままの存在に気付く。

「ティカ!いつまで乗ってんだどけって!」

「えやだよティカも行くしっ」

 強大な敵へ挑む戦い。限られた戦力しか送り出せない中でロマンティカの存在はあまりにも危なっかしい。そう判断した上での発言だったが当の本人は首をぶんぶん振るって髪を引っ掴み、まるで降りようとする気配を見せなかった。

「連れて行きなさい」

 そんな中、ロマンティカに味方したのは意外にも興味無さげに最後方に立っていた日向日和だった。

「日和さん?でも…」

「その妖精が持つ治癒の力は重宝する。いればそれなりに役立つ。君とてこれまで随分と助けてもらったんだろう?」

「いや、それは…まあ」

「ありがとひよひよ!ティカ決定!」

 あまりにも気安い呼び方に眉根を寄せたまま、日和が片手を前に出す。

 カルマータの練り上げる魔法陣の上から陰陽道の方陣が重なった。

「手を貸してやる。幸と〝成就〟と…貴様の扱う機獣の負担程度はな」

「…っ助かるよ」

 転移の上限は五名。夕陽が戦う上で必須となる幸と、エレミアと同化して離れたくとも離れられない状態にあるウィッシュは強制的にメンバー入りであるし、カルマータも自身専属に拵えた救世獣は出来れば引き連れたいと考えていたところである。それらの過負荷を日和の法術がアシストした。

「私達はここから飛んでセントラルへ向かいます。それまでの間、無理はしないでください」

「竜種の最高速度なら中央都市程度すぐに着く。アル殿も無茶はされないよう」

「ここだと竜化できないから外行こう!早く早くー!」

 転移メンバー以外が続々と会議室から出て行く中、ヴェリテとシュライティアの忠告にそれぞれ夕陽とアルがハンドサインで応じる。


 やがて転移の術式が完成し、周囲を囲う円陣から放たれる光に包まれた彼らは瞬きの内に距離を跳び越え、中央都市セントラルへと至る。

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