揺れ動く天地 (後編)
地下から這い上がった凶悪な二体の『ネガ』が人知れずセントラル市街で戦禍の火種を撒いた頃。
彼女らが巣食っていた場所よりも遥か下層の地下では、とある竜が暗い空間で長い首を持ち上げて上を向いていた。
埃と苔に塗れていてもその威容は未だ滅することはない。かつての大都市にして竜種の最盛期を迎えていた時代の面影を強く残すは竜の都ドラコエテルニム。
ここはその最奥部にして竜の王が居城としていた場所のさらに奥。
ピラミッドのように積み上げられた石段の最上に、王の座すべき玉座は主無きまま存在し続けている。
だが彼は分かっていた。今がその時であると解っていた。
『未だ空位なれど、心得た。それが我らが主の意思ならば疑うべくもなく』
暗闇に溶け込むような黒色の巨体がのそりと動き出し、その動きに合わせて玉座とそれを取り巻く石の壁や床に光の線が回路のように奔り広がっていく。
彼こそは古闇竜ドラクロア。かつて暗黒竜王エッツェルに仕えていた忠臣にして、竜種最高位を戴く『三竜公』が一角。竜種の栄華そのものたる大都市を大戦期の敗北と共に己ごと地下へ封じた者でもある。
だがそれは来るべき日に備えてのもの。いつか必ず来ると信じて長い時を待ち侘び続け、そして時は来たれり。
姿こそ見えずとも、最大の腹心を自覚しているドラクロアは遥か天空に在る主の意思を感じ取った。
曰く『解放せよ。我らの時代を取り戻す』と。
であれば、もはやこんな場所に隠れ潜む意味は無い。
封じていたドラコエテルニムの全機能を順次解放。永く封じられていたせいか錆び付いた機械のようにその解放速度は遅々たるものであるが、確実に竜都は本来の機能を取り戻し地上への復帰を進めている。
(少し時間が掛かるか。無理もない、何分封印期間が期間だ。主よ、しばし待たれよ)
心中で謝罪し、ドラクロアは玉座へ向けていた身体を反転させる。
一度封を解いた以上は何かしらの妨害が無い限りは自動で浮上行動は実行され続ける。幾許かの時間は必要とするが、竜都ドラコエテルニムは確実に人の大都市を食い破り再び日の目を浴びることだろう。
そしてその前に、古闇竜にはやるべきことがあった。
『何者か』
静かに厳かに、敵意はあれど殺意には至らぬままに。
聡く理知的な旧き竜はじわりと現れた影へと問う。
「…………」
それは輪郭を伴わない人影。表情を窺わせない昏き貌が滲むように吹きこぼれるように前後左右に揺れて体積を増していく。
『…人ではない、か。疾く失せよ。去るならば追わぬ』
口に出しておきながら、彼は自身が馬鹿なことを言っていると呆れた。
言葉が通じるものか。警告を受け入れるものか。
そんな単純で簡単なものであったのなら、ここまでの異彩を放つわけがない。
異常に次ぐ異質を纏う異端の異物。
「―――くす」
あらゆる可能性を内包しておきながらあらゆる何者にもなり得ない怪物は、かろうじて保っていた人型の貌の下半分に三日月の笑みを引き裂いて、小さく嗤う。
「くすくす、くすくすきゃっきゃうふふあはははげらげらふふははあはははあはははははははははははははははははははは」
そして笑みは続き、続き続き続き続く。
悍ましく甲高い笑い声と共に肥大していく怪物を前にして、老齢の竜はまるで怖じる様子もなく、ただ一言。
『警告はした。消え失せろ』
そうして、全てを死滅させる闇の空間を容赦なく全域へと展開した。
ーーーーー
「…」
旧き同胞へと王命を下した天空の竜王は、そこで起きている異変に勘付いていた。
地下に蔓延る何かの妨害を受けている。最古の忠臣が対応に迫られているその正体こそわからずも、竜王はそれが竜都再興を妨げる脅威であると認識した。
けれど竜王は地下に増援を送ろうという気は起きなかった。それだけあの闇竜に信を置いていたというのもあるし、裏を返せばその行為は三竜公たるドラクロアへ向けている己の信頼を裏切ることにも繋がる。
地下への懸念にも至らぬ考えを打ち捨て、竜王は巨竜内部にて次手を打つ。
〝成就〟は奪還された。今の状態とて完全ではない。不足はもちろんある。
だがそれを踏まえても敗北はありえない。
「人か、悪竜か、女神か。あるいは全てに異なる何かか。どれでもいい、なんでもいい、どうでもいい」
『灰の星』で行われた一大決戦は屈辱の一言に尽きる結果に終わったが、今こそがその一戦を雪ぐ再戦にして皮肉を返す天地決戦。
「全てを壊し、全てを超え。我らは再びこの地に理想を築く」
竜王の宣戦布告。絶妙な均衡下で保たれていた最後の一線がこれで無残にも引き裂かれる。
フロンティア世界最大規模の戦乱が幕を開けようとしていた。
「抗うならば来い。竜王エッツェルがあらゆる希望を破壊し、混沌と絶望で満たしてくれる」
『メモ(information)』
・『古闇竜ドラクロア』、『マギア・ドラゴン』と交戦開始。
・『竜王エッツェル』、行動開始。
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