【セントラル防衛戦】編
揺れ動く天地 (前編)
雲が月を覆い隠す深い宵闇の中。
鳴り渡る金属音、引き剥がされ破壊される石畳が雨のように降り落ちる。
人の文明が最も集約された中央都市セントラル。人気の消えた街路を三つの影がぶつかり合い弾き合い、競り合っていた。
「……」
半端な位置で括られた赤髪は暗い深夜の中にあって薄ぼんやりと尾を引いて跳ね回る。曲芸のようにクルクル回転しながら扱われる槍の技量は一般に呼ぶ達人のそれを遥かに超え、もはや自身の手足が如く自在に振るわれる。
そんな、纏う衣すらも赤を帯びる人影の怪物じみた機動に寄り添うように、あるいは補佐するように飛び交う鎖を扱うは金色の影。
こちらも髪と同色である黄のドレスをたなびかせ、どう見ても動きを阻害するようにしか見えない服装に反し赤い人影と遜色ない動きで敵対する最後の影を追撃する。
「…チッ」
赤と黄。二つの敵から隙の無い猛攻を繰り出され続ける三つ目の影は小さく舌打ちすると、握る戦斧を高く振りかざす。
莫大な電撃が闇に支配された街角一帯を照らし出し、発現した電撃は意思を持つように二つの影へと牙を剥く。
だが。
「おーっと」
「乱暴ね」
電光によって現した姿は両名共に年端の行かぬ女性。赤髪の少女は修道服に似た服から伸びる足でステップを踏みながら獲物たる槍を用いて電撃を捌く。
金髪の少女は両の手を合わせた都合十指から繰る鎖で電撃の指向性を歪めあらぬ方向へと逸らした。
「…もう一度だけ、訊く」
攻撃が無傷で通されたことに心中で再度舌打ちし、電撃の残り火を纏う斧を構えた青年が余った片手で眼鏡の位置を直す。
「所属と目的を明かせ。何が狙いでこの街を狙う」
相手がどこの誰であろうと興味は無いが、彼女らが出現し、あまつさえその住民を襲ったとあれば見過ごすわけにはいかない。
義心でも正義感でもなく、青年は己の役割を全うせんが為に今ここに立っていた。
たった十二しかない席のひとつに座す代表として成すべきを成す為に。
「目的?だってよーヒロ。どーする」
「安寧を守る為、でいいでしょう。所属…というか立場は……ええ、こう言って伝わるかわからないけれど」
鎗の穂先で器用に頬を掻く赤の少女に振られ、ヒロイックと呼ばれた黄の少女が砂煙で汚れたドレスをぽむと叩いてから、少しだけ考えて薄っすらと微笑む。
「『
瞬間、青年の斧及びその全身から先程までとは比にならない出力の雷電が放出される。
『ネガ』。その単語には覚えがあった。大都市セントラル、その真下に広がる遺跡から湧いて出たという敵性存在。
もはや話し合いなどに拘る方が馬鹿馬鹿しい。青年は全力で思考回路を『捕縛』から『殺害』へと切り替えた。
「―――り、りり」
「電撃。となると雷竜なんだがー…待ったヒロ、こいつはちげーかも」
青年の脅威度を上げたのか、妙な鳴き声を呟き始めたヒロイック。それに対し何か気付いた赤の少女は止める口調で呼び掛けつつも視線も殺意も青年からはまったく外れない。
三者最大の一撃の前に数瞬の硬直を見せた時、不意に肌を刺した冷気は夜間の冷え込みによるものではなかった。
「んっ」
「これは」
砕けた路面に這う冷気が凍土と化して二人の『ネガ』の足元を凍てつかせ、気を取られた隙を青年は見逃さなかった。
振り落とす斧と共に円柱状に立ち昇り広がる大雷。少女らは吞み込まれ、そして。
「後回しだ。ヒロ、『
「そのようね。最優先ではなかったみたい」
電撃に身を焼かれるより早く、二つの人影は光の中から姿を消した。
ーーーーー
「…あれは一体なんだ。ライプニッツ」
激戦の被害が四周に広がる光景を見やりながら、青年は背後から現れた旧知の同僚に声を掛ける。その存在が気配を殺して接近していたのに気づいたのは、あの凍結魔術による足止めを目撃してからだ。
そうして、問い掛けに答える声は瓦礫の積み重なる暗がりから返って来る。
「自分で言っていただろう。『ネガ』だと」
浮遊する車椅子をゆっくりと動かして現れたのは白髪の少女。セントラルの代表委員十二人の内に数えられる傑物のひとり、モンセー・ライプニッツ。
斧の刃を収めつつ、青年はモンセーが語る言葉だけで自身の中にあるいくつかの疑問を解消させた。
「だからか。セントラル外周部に配置する兵士達から報告が無かったのも、セントラルに掛けられた侵入者を知らせる警報の術式が一つたりとも起動しなかったのも」
「そうなるだろうね。ついでに今しがたこちらへ連絡が入ったのでそれも伝えよう」
聞きたくもないことを、モンセーは淡々と告げる。耳を塞ぎたい気持ちはあったが、やはり代表としての責任感がそれを許さなかった。
そうしてモンセーの口からついに通達が下る。
「『
「…………」
たった今、その問題には向き合ったばかりだ。と共に、これで彼の推測は完全に的中したのだと思い知る。
セントラルはフロンティア世界最大の都市だ。故に外敵への備えは万全以上に仕上げてある。それこそ、アクエリアスの海辺にあるホテルと同等レベルの護りを誇れる程度には。
その全てが無反応のままセントラル内部でこれほどの大事が発生するのであれば、敵の出所は自然と限られる。
もとより内部に潜んでいたもの。もっと言えば、セントラル地下に秘められたもの。
思わず嘆息が漏れた。
「…我らは世界の運営、その采配を決める為の者と職位。そのはずなのだがな」
「けれど、世界そのものが破綻してしまえば運営も職も意味を成さない。そうだろう?」
歩き始めた青年の隣を浮遊車椅子が並んで動き出す。青年の表情には苦いものがあり、それは隣を征く聡明すぎる同僚の少女へと向けられたものであった。
「その歳で全てを見透かしたようなことを言う。そういうところが私は苦手だ、ライプニッツ」
「若輩の言うことでも的を射ていれば真摯に聞き入れる。私は君のそういうところが好きだがね、ブラックハウンド」
実際の年齢以上に達観した笑みで皮肉を返すモンセーに、彼はもう何事か言うのも面倒になった。
斧と電撃を扱いセントラルの維持を担う十二席のひとつに籍を置く青年の名はブラックハウンド・ヘンシェル。植民委員として優れた手腕を発揮する代表委員の一角である。
世界最大都市の運営を担う二名の男女は、荒々しい足音と共に現地の調査にやってきた衛兵や憲兵達に後始末を任せ、中央行政区へと足を運ぶ。
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