翌1900~2030 宴会場にて


 夕餉の席はホテルを拠点とする多くの者達が共用で使用する食堂ではなく、宴会場として使用されている広間の一室を借りる形で皆は集っていた。

「で、どう動く?」

 純白の布地が掛けられた長テーブルに広々と展開された多くの料理を前に一同揃って『いただきます』と両手を合わせた直後、肉の塊を口に突っ込みながら話を切り出したのはやはりというか妖魔アル。

 夕飯の一時間ほど前にようやく順番が回ってきてほぼ全快に近い治療を受けたのもあってか次への戦に対する意気も高い。

「…どう、と言われてもな」

 何故か当たり前のように重要な話の主軸を振られた夕陽が二度瞬きをして、それから手元の料理に箸を向ける。

「米津さん達は自分達…異世界人が大立ち回りでこの世界を救うことに懸念を覚えている様子だった。この世界の命運は、この世界の人間が握るべきだと」

「無理だろ」

 即答するのもアル。しかしその言葉に否定的な空気は流れなかった。誰しもが無言のままにその言に納得の面を見せている。

 問うまでもなくアルは続ける。

「それが出来ねェからリアは俺達を呼んだんだろうが」

「リア様。アルさん、リア様」

 淑女のようにナイフとフォークで慎ましやかに食事を口に運ぶ対面のエレミアがそう挟むも、アルは無視した。

「そもそもこの世界自体リアが呼び込んだ異世界人で繁栄させたモンだろうが。混血含めて元々この世界に住んでいた人間なんざ二、三割がいいとこだろ」

「アルさん?リ・ア・さ・ま、です」

「…………」

 もぐもぐと食事を続けたまま吐き捨てるように言い切ったアルの言葉尻に、フォークの手が止まったエレミアの声が被さる。エレミアの隣に座るウィッシュは姉の身体からゆらりと放たれる威圧感に少しだけ椅子を離して距離を取った。

全異世界共存自由国家ワールドワイド・フロンティア。この世界を壊すも守るも、あらゆる種族にその権利があるってことだ。言うて俺とてこの世界出身じゃないしな」

 賛意を示すようにディアンがそう言葉を放つ。

「私達竜種も元を辿れば故郷はこの星この世界ですが、既に運営も存続も此処以外の要素で保たれているという点では同意見です。故に我らは他世界の干渉を阻まず、また拒まない」

「わたしも、秩序を守る為ならそれは仕方のないことだと思う。だってこの世界の人たちだけじゃ、絶対勝てないしね?」

「そも、現状の危機とて現行世界フロンティアに所縁を持つ竜種によるものだけではない。女神リア……さまとは別口の神性介入もそのひとつであろう」

 熱々のシチューに伊達眼鏡を曇らせながらヴェリテ、お子様ランチのようなものをご機嫌にパクパクしながらエヴレナ。そしてステーキを頬張りながらシュライティア…は言葉途中でギュピン!と眼を光らせたエレミアに一瞬だけ肩を跳ねらせながらそれぞれ意見を示す。

「大体だ。夕陽あんた、出来んのかい」

 スープで唇を湿らせながら、席の端にいたカルマータは話を再び夕陽へ戻す。

「何が」

「今更『もう何もするな。この世界に構わず帰れ』と言われたとして。荷物纏めて帰れんのかい、って聞いてんのさ」

「無理だろ」

 返答は一秒の間も置かず自然と口に出ていた。奇しくも先程のアルとまったく同じ否定の言葉が。

「…ああ、悪い。そうだな。わかってた。それこそ今更だ。たとえ元帥閣下に止められても、魔法少女や傭兵団を敵に回したとしても、ここまでやってきたことを無駄にはしたくない」

 初めはエヴレナを探してヴェリテと共に舞い降りただけだったこの世界だが、あまりにも多くを知り多くと関わり過ぎた。夕陽のことを誰よりも知っている幸と日和は、この結論が分かり切っていたからか、ここまでずっと食事にのみ意識を向けていた。

 その一見すると無関心にも見える二人の反応が、何より自身への信頼を現してくれていて、少しだけ嬉しくなる。

「世界の舵取りにまで関与するつもりはないよ。世界を支配しようとする混沌を止めて、自分の愉悦の為に世界を使い潰そうとしている悪逆を断つ。それから横槍を入れる嫌がらせ女神の侵攻を阻止する。つまり」

「やることなんにも変わんないけど、なにやるかもなんにも決まらなかったってことじゃない?」

 テーブルの上で山盛りの花粉を食していたロマンティカに一番痛いところを突かれ、うぐと言葉を詰まらせる。

「…まあ。明日になったらまたそれぞれの陣営に訊いて回ってみるよ。何をすべきか、何が出来るか」

 この一日は皆の療養に当て、そして甲斐あっていつでも戦線に出れる状態に快気を果たした。

 これは非常に僥倖なことだ。刻一刻と深刻さを増していくフロンティア世界で丸一日もがあるという事実が既に奇跡的である。

 その幸先良さを胸に、夕陽が茶の入ったコップを持ち上げる。

「もうじき、この大戦も終わると思う。最後の最後まで頑張ろう、皆で」

 乾杯のような所作を真似て、皆が一様にそれぞれの杯を掲げ、飲み干す。

 そして。


「ぷっはぁ。やったろうじゃねェかリアが腰抜かすくらいの大勝利ってヤツをな!」

「アルさん表へどうぞ!!さぁ早く!断罪の時来たれりです!!極刑確定!!」

「るっせェよイカレクソシスターが飯時まで狂気持ち込んで来んじゃねェええ!!」

「暴れないで!お願いだから外でやって!」

「ティカの花粉がどっか吹っ飛んでったんだけど!?」

「終了!解散!もう食事どころではありません!」

「リート帰るぞもうここ戦場だ」

「あーあこうなるんだもの」

「ごちそうさまでしたぁ!!(ヤケクソ)」


 大騒ぎを聞き取って叱りに来るのは、青髪の軍人か少年化した元帥か。

 盛大に(いつも通り)騒ぎ散らかした夕餉は終わり、存分な睡眠を取った後に朝は来る。

 

 そして。

 彼らは知る。

 フロンティア世界はのではないのだと。

 少なくとも、こと地上以外においては。





     『メモ(information)』


 ・『陸式識勢・和御魂竜殻天将 《タ号》』、完全破壊。


 ・上記に伴い《タ号》の〝逝去還元〟発動により他五体の竜殻天将の性能が上昇。〝真名解放ネームド・リリース(1/6)〟が〝真名解放(1/5)〟に変化。


 ・『鏡の魔女カルマータ』、不死の術式完全破壊。肉体性能大幅低下。


 ・『シスターエレミア』、特殊契約により〝概念装衣〟を習得。




   〝概念装衣〟

 

 〝成就〟の概念体との限定的・局所的な誓約と契約によって同化現象を起こした時点でエレミアに宿った能力。概念体の性質を獲得する。

 これにより存在強度の上昇、低空飛行、〝成就〟限定展開等のスキルを使用可能となる。なお、この状態は常に魔力を消耗するので戦闘時のみの発動に限っても二十分の維持が限界。

 〝成就〟は一度の発動につきエレミアの最大魔力量の1/3及び精神力体力を削る為、三度の行使を基本上限とする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る