VS 命泉竜セレニテ (前編)


(…竜王様!?)

(がうまくやったか)


 足場としているテラストギアラの背面が大きく震え、そこを戦場としていた夕陽とセレニテが同時に状況を悟った。

 つい先程侵入を手伝ったあのが体内で竜王と接敵し、何某かのアクションを起こしたと考えるのが妥当。―――あの銀に煌めく竜種の名は、既に記憶から焼き消えてしまっていたが。

 今の夕陽にもまだ、竜王を引き摺り出すまでの算段は覚えられている。というよりは、必要最低限の知識は夕陽ではなく〝憑依〟で同化し共有している幸へ一任していたが故の記憶保持だった。逆に言えば、それ以外の要素はみるみる内に夕陽の力として燃焼し還元されていっていた。

 幸から送られてくる情報によれば、竜王に力のリソースを戦闘に割かせることで厄竜に回していた呪詛の力を強制的に引き落とす。これにより蘇った祖竜の弱体化を狙い、そのタイミングで外側から一気に巨竜を墜とす。

 となればじきにこの竜は倒される。他の仲間達を信じて疑わない夕陽は大前提として『弱体したテラストギアラを墜とせない』という展開は見ていない。確実にこの竜は誰かが倒す。

 だからその前にこの場で、厄介な回復術の使い手を…。

(殺、す……?)

 僅かな躊躇いが生まれたのは、夕陽の失くした感情を模倣したからではない。それ以外の、誰かが目指していた共和の未来を聞いたから。

 『竜種と、竜以外の生命が手を取り合って生きていける世界を』。

 朗らかに笑って、そんな困難極まるこれからを夢見た白銀の秩序。日向夕陽の理想に極めて近い、人と人ならざるものとの融和にも似た大義を掲げた少女に賛同したことを幸の記憶から読み取る。

 であればどうだ?

 真っ当な心を宿していた日向夕陽であればどうしている?

 真っ当な心を燃料に焼べた抜け殻同然の今の日向夕陽が第三者の視点で答えを導く。

 並列思考で戦闘を続けていた夕陽が再び攻撃の合間を縫って発動した瞬歩でセレニテの背後を取るも、振り被った刀の動きがぴたりと止まる。

「っ…なるほど」

『そこぉ!』

 何かに納得した夕陽の制動を見逃さず、セレニテが最速で撃ち込んだ無数の水弾が全方位から夕陽に襲い掛かる。

 爆ぜ上がる水柱。その中に明確に血液の赤があることで手応えを確信したセレニテだが、次には高密度の水分が散った霧の中から人影が立ち上がったことでこれみよがしに不快そうな表情を見せる。

(一体なんなのですか、これは…!?人とは、劣等種族とはもっと脆く、吹けば飛ぶような存在。そのはず!でなければ我々は!生態系の頂点に位置している竜種わたしたちの存在意義は……ッ!!)


 人間の世界には、生物として下に見ている猿に人の世界が乗っ取られ星の支配権を奪われるといった内容の創作物がある。

 これを笑って観賞していられるのは、それがありえないことだと断定できるからだ。ほんの少しの可能性もありえないと断言できるから人はそれを創作のお話として処理できる。

 もしこれが、たった1%でも可能性がある話であったのなら、おそらく能ある有識者であれば笑い話では済まさない。現実に起こり得るかもしれないものとして視野に入れる。対策を立てる。

 それすらも、彼我の差が圧倒的であればあるほど1%はより夢物語となっていく。

 竜種とそれ以外の生命にはそれほどの差がある。あったはずだった。

 


「我ながらこうして客観的に己を見てみると、なんだ。俺っていうやつは本当に馬鹿で考えなしで、無謀で、馬鹿丸出しというか」

 晴れた霧中から現れた姿は予想通り、負傷はしていても致命傷には届かない範囲に被弾を抑えた少年。『刻印術』によって強化された五行術により水の支配権を何割か強奪した夕陽が周囲に掌握下に置いた水球を浮かせて足を前に進めている。

 本当に馬鹿な行動の連続だった。これまでの日向夕陽は。

 人と猿どころではない。蟻と象ほどの実力差がある相手に幾度も立ち向かい、奇跡的に生き残ってきた。

 そんな男だ。今さら竜が相手だからといって尻込みするはずがない。万全に感情を搭載した本来の人間日向夕陽であってもそれは同じことだろう。

 普段は朴念仁で鈍感で唐変木な彼でも、こうして己の在り方を己の内包する全てを燃やして俯瞰して見れば、なんてことはない。

 危なっかしくて見てられない。手を貸してやらねば気が気でない。そう思わせるに充分な危険人物だ。

 それになにより。

「本当に上も下もねえんだな、夕陽おれは」

 必要以上に恐れない、不必要に距離を置かない。

 同胞にんげんよりか弱くても見下さない。同種にんげんより遥か高次であっても離れない。

 こんな人間だったからこれまで何度もぶつかって、絆を紡いできたのだろう。

「おい命泉竜」

 水球をいくつかの投擲武器の形に整えつつ、無駄とわかっていながら会話を求める。きっとこれが本来の夕陽じぶんのやり方だと信じて。

「竜でなくても強いぞ。竜でなくても逞しい。お前らは視野が狭すぎただけだ。もっと広く見れば、きっと竜種以外も綺麗に見える」

『…………はぁ?』

 それは足元を這い回っていた蟲を見下ろすような瞳と態度だった。この塵は何を口走っているのかと、本当に理解できなかった表情。

「理解できるかどうかは俺次第…かもな」

 ここで勝てねば竜以外の生命に可能性を見出すなど夢のまた夢。

 勝たねばならぬ理由が増えたが問題ない。もとより勝つつもりの戦だ。

 全身を苛む痛みは今や心地よい。痛覚だけが意識を保っていられる最後のラインとなりつつある。

 テラストギアラが堕ちるまでにこの水竜との決着をつけねばならない。

 残すところのあと数分。

 充分だと笑い夕陽は前に出た。

 

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