覇道と求道 (後編)
外での戦闘が激化していく中、巨竜体内での攻防も同じように高まっていた。
と言っても、真銀竜エヴレナは未だ一撃たりとて竜王エッツェルへ加えられていなかったが。
「…ぜぃ、はっ…」
「…………」
息乱れるエヴレナを見下ろすエッツェルはまだ玉座から立ち上がってすらいない。優雅に片足を組んだまま、理解できない生物をただ冷徹な瞳で見据えている。
理解できないのはエヴレナもまた同様。だが胸の中で渦巻く違和感は確実に大きくなっていた。
竜王の言い分にはどこかおかしな部分がある。完全ではない。
「……そうだ」
それは前回、ここではない別の世界で戦った経験のあるエヴレナだからこそ思い浮かんだものだった。
「あなたの言う覇道は、欠陥だ。ぜんぜん完璧じゃない」
「…ほざけ」
錫杖を振るう。軌跡は幾条にも別れ無数の斬撃を降らせる。再びの突撃、今度は回避ではなくあえて突っ込むことで被弾を最小限に突破を試みる。
「自分以外を全部殺して、自分が誰かに殺されるまでそれを続けて!いつまでも終わらない憎悪と怨嗟の呪いの中でなんて生きられない!それはあなただって同じことなんだ!」
「変化はない。変動など起こり得ない。これまでの遍歴、世界の在り様がそれを証明している。異質こそは貴様だ真銀」
額を裂き、噴き出た血が片目を紅く染めてもエヴレナは止まらない。
双方の理想が揺らぎなきものであったなら、きっとこの場に意味は発生しない。
「…なら」
しかしエヴレナは理念の矛盾を見た。互いを証明し合うこの場に意味を見出した。
「ならどうしてあなたは、あの人に自分の力を託したの?」
「―――」
ほんの一瞬。一秒に満たない空虚。これまで一切感情の動きを見せて来なかった竜王が、その心に小さな波紋を生む。
「ぃやあっ!!」
黒き斬撃を潜り抜けたエヴレナの渾身が閃く。玉座を縦に両断した一刀は竜王に届かなかったものの、彼を座臥から引き剥がした。
ようやく互いに同じ場に立ち、小さく微笑みながら片目を満たす血を拭い取る。
「わたし達は戦ったよ。あなたの為に全てを賭したメイドさんと」
暗黒の姫。漆黒の侍女。
かつての灰の星で暗黒竜は不完全な状態での顕現を成した。己が力を十全に振るうことも出来ない未覚醒の暗黒竜は、その力を人間の女性に移譲し、差配を一任していた。
彼らがどういった契約関係を結んでいたのかまでは分からない。けれど。
『我が愛しき者の大願。歯向かう者共を、世界を、全てを破壊することこそ、彼に付き添う私の悲願』
『私が創るのです。
あの決戦で嘯いた言葉は。その想いは。
『私と彼は違う生物。なら価値観だって違います』
『私は選ばれたことに意義を見出したのです』
『選んでくれたことを愛するのです』
そして死の瀬戸際に迫ってまで愛おし気に黒竜の背に指を這わせた女の笑みと落涙は。
『ぁ……え、つぇる、さま……』
「本物だった。何一つとして嘘じゃなかった」
あの愛は無上のものだった。無常の吐露だった。
同じ言葉が交わせるだけの、まったく別の生き物同士。殺戮を常とする竜とは永劫交わるはずのない人の道。当たり前のものすら捨て去って彼女は覇道に身を染めた。
「あの人は全部投げ打ってわたし達と戦っていたよ。最期の最後まであなたを大好きだったよ。……あなたは、違うの?」
この質問に意味は無い。訊くまでもないからだ。
いくら未覚醒、不完全であったとしても黒竜であり竜王であるエッツェルの肉体を同意無しに操作し力を操ることなど土台不可能な所業だ。
相手が同胞でも神でも、その身の自在を委ねることはしないだろう。究極の個たる竜王とはそういうものだ。
だから認めてはいけなかった。破壊と絶望で竜の世を廻す万象の頂が、一介の有象無象に。
絆される、ことなど。
甲高く鳴り渡る錫杖の音。
地面に深々と突き刺さったアノータトンから手を離し、空身となった竜王がおもむろに片手を持ち上げる。
空間が軋みを上げ、手の内から極大の破壊が時空を黒く潰しながら解放されていく。
それを見て、同じようにエヴレナも前面にかざした両手から白銀の煌めきを展開、漆黒に抗し得るだけの密度を形成していく。
「血みどろの覇道は何も生まない。究極の一なんていなくっていい。わたしは頂きの座には座らない」
示し合わせたかのような同一のタイミングでそれぞれの属性が指向性を持って放たれる。
触れる全てを塵も残さず壊し尽くす暴虐の黒破。対して触れる全てを包んで護るかのような慈愛の銀波。
互角。
ことここに至って、初めて『秩序』の出力が『混沌』に並ぶ。
相殺し切れず四方へ散らばる余波が瞬く間にテラストギアラ体内を粉砕、あるいは浄化していく。
「わたしは皆で歩む世界の道筋に道理を求める。求道を以てあなたの覇道を制する」
「同じことを、言わせるな」
砕かれた空間が元の強度を保とうと爆縮に似た衝撃圧を放ち、全域を激しく振動させながら玉座の間を崩壊させていく。
出力に耐えかねて流血する両腕に構わず再度小太刀を抜いたエヴレナ。平静を取り戻したエッツェルは破壊を放った片手を軽く振るう。その挙動に合わせ、僅かな出血が指先から離れ亀裂の走る地面に数滴飛び散った。
「求めるのなら勝ち取れ。貴様の吐く妄言の是非は、とどのつまりはこの決戦の果てに解る」
アノータトンを引き抜き、褪めた瞳で多様な破壊の形を周囲に具現させていくエッツェルから距離を取り、もう一度銀色の光を再燃させる。
「そうだね!だからわたしは、真銀竜エヴレナはっ」
今や竜王の発揮する破壊の出力は当初目論んでいた割合に到達している。あとは外側からの援護を待つのみだ。
誰からの助けも望まない孤高の竜王に対し、仲間からの助けを頼りに力を振り絞るエヴレナの強い眼差し。そこにはエッツェルには宿らない色合いがあった。
これまでの戦いで幾度となく自身や相手に向けて気勢を上げてきた名乗り口上を叫んで飛び込む。
「神竜の系譜において真銀の使命を完遂する!」
「黒竜の宿命によって竜王の責務を貫徹する」
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