それぞれの戦いを


 人を見下すその態度や言動とは裏腹に、セレニテは加減抜きの全力で竜化し敵への迎撃態勢を整えた。

 もとより命泉竜は手段の多彩さはあっても火力自体は他の竜に比べて幾分劣る。人化状態ともなれば下から数えた方が早い程度には攻撃能力に欠いていた。

 それに、竜種としての直観が敵性体への異質さを感じ取っていたというのが大きい。

(ただの人間ではありませんね。なんですか、この…気味の悪さは!)

 ゆらりと刀を構えて疾駆する姿には躊躇いが無い。戦闘における読み合いすらも放棄したような吶喊に思わず周囲の水から多数の水精を生み出して対処に当たらせる。

「…、絶招瞬歩セカンド

 小さく呟くと同時に全身を蝕む刻印が一瞬強く光を放ち、夕陽の姿が消え去る。

『なっ』

寸勁ファースト

 二度目の呟きは後方。突然の出来事に対応が遅れたセレニテの蛇のようにしなやかな竜化形態の背へと痛烈な打撃が加えられた。

 脊柱及び内臓が一撃で粉砕したのを肉体の悲鳴と激痛から察する。

『ぐぅあああ!?』

 打撃、それも人間の拳で竜の躰が破壊されたことに動揺するセレニテだが、それでも即座に水を槍のように尖らせて背後の敵へと撃ち込む。が、それも手応えを得られぬまま距離を取られる。

『はぁ、はあっ…!この、人間…!』

「…自己治癒もお手の物か。心臓狙ったんだがな」

 鋼以上の硬度を持つ竜の鱗とて貫き切る一打必倒の絶技。異次元じみた歩行術との併せ技によってその必中を約束された確殺のコンボ。

 だが絶命前に負傷を癒されてしまってはそれも形無しだった。今のセレニテは他の同胞へ割いていた回復の力を全て自身へ集約させている。こうなると心臓や脳の破壊も、完全に機能を停止する寸前での治癒すら可能だ。

 異質に対する全霊の措置を講じておいたことが命を拾った。己の直観が間違いではなかったとする一方で、この行動を取らせるに至った人間への認識が大きく修正される。

 下等であることに違いなく、劣等であることを疑わない。

 ただしそれでも。この人間だけはその中における異例であると認めざるを得なかった。

(全力で潰します。この場で!)

 内心で強く意気込むセレニテに対し夕陽はこの状況に最低限の達成感を覚えていた。

「ユー、やばいよ…。あのドラゴンすんごい本気になってる…!」

「ああ。よかったよ。…人間おれ如きに本気を出してくれて」

 初手で高出力の一撃を見舞ったのが効いたらしい。おかげで命泉竜は夕陽を殺すべく自身の力を全て自身に対し割り振った。この時点で敵陣営への回復供給は停止している。

 自分がこの竜との戦闘を継続する間は他の敵竜種も負傷は治らない。そしてこの竜さえ倒してしまえれば、あとは他の仲間達がそれぞれに敵を倒してくれる。

 感情と記憶が燃えていく中でも信頼だけはまだ奥底に残っている。名も顔も分からなくなっても、これまで共に戦ってきたはずの彼ら彼女らは必ず成すべきを成してくれる。

 その確信があるから、夕陽も、また。

「出し切る。コイツを仕留めて




     ーーーーー


「来た!!」


 血痰を吐き捨てて刃二刀を重ね合わせる。

 ガィン!!と金属が歪み跳ねる音が響き渡り、妖魔の腕に何十度目かになる裂傷が刻まれた。

 しかし、此度の交差は相手方にも手傷を負わせることに成功する。

 そしてその傷は治らない。

「……ッ」

「よォ、バックアップは打ち止めか?くだらねェ小細工仕込みやがって」

 折れた刀を再度手の内で打ち直し、アルが血塗れの全身に人差し指で何かを描く。

「うるさい、うるさい!!あんなものなくたってオレは勝てる!オレは強い!」

「そォかい」

 体中いたる所から流れ出る鮮血で連ねるルーン原語。ここまでは耐え忍ぶことに重きを置いていたが、それもここまで。

 何より一方的にいたぶられ続けるなどアルという妖魔の性根が許さない。

「まァ、あの雷竜ならマジで小細工抜きでもテメェ如きをブチのめすのは簡単だろうな」

「……っ!!!だ、まァれええェェえええ!!!」

 光と化すチェレンの複雑多岐な攻撃経路。ただの直線移動を何十何百と繰り返すことで傍目からは閃光の牢獄にも見えている超光速機動。

「うっぜェ!!」

 完全に死角を突いた頭上からの爪撃を、怒声と共に振るった剣が受け止める。さらにはチェレンの高速移動を逆手に取った反撃を完璧なタイミングで合わせて斬り付けた。

「うぁっ!?」

「ピカピカと電球みてェに光りまくりやがって!流石に目が慣れたぜクソ光竜!!」

 受け身を取り損ねて地面を転がるチェレンへの追撃も行わず、周囲数メートル圏内にありったけの刀剣を鍛造する。

 突き出でる刃のひとつを掴み上げ、戸惑いの表情を見せる敵へと切っ先を向ける。

「ボコられたリベンジなんてちゃんちゃらおかしいわ雑魚が。テメェは同じ竜種に挑む資格もありゃしねェ。ここで!俺に!負かされんだからなァ!!」

「…。ふざけるな」

 ほんの少し唖然としていたチェレンが、一拍の後に呆けた顔のままで小さく呻く。

「ふざけるな。ふざけるな。お前なんかにまで負けたら、オレは。オレ、は」


 起き上がるチェレンが全身に血管を浮かばせる。熱すら感じさせる強い光が直後に彼の身体から放たれ、それから折り重なるように肉体へ浸透していった。

 何かが変わった。あるいは目覚めた。


「オレは閃光竜チェレン!!お前ら劣等種族を踏み散らし!殺し合いに満ちた竜種最盛期を蘇らせ!竜王をすら喰らい!最強を証明するッ!!」


 己が力を暴走寸前まで引き出した閃光の竜が息巻く口上を前に、アルは不快そうだったこれまでの様子から普段の挑発的な笑みへ戻る。

「ようやく見たな。俺を」

 昂っているのはアルとて同じこと。気に障っていたのは、相手がいつまでもこの場にいない敵のことを見ていたから。

 互いを認め合ってようやく、彼にとっての喧嘩は始まるのだから。


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