覇道と求道 (前編)
道中は不気味なほどに何も無かった。
配下の竜全てが出陣していたこともあるだろうが、おそらくもう、内部へ引き込んでの戦闘などは考えていなかっただと考える。
それでもまだ、王は座を離れずいた。
「いい加減、そこから降りたら?」
人化したエヴレナが辿り着く。そこは暴竜テラストギアラ体内最奥。一度彼女らが到達し、ウィッシュの奪還に心血を注いだ決闘場でもある。
全ての戦力を排出し空となった玉座の間。竜王エッツェルは壇上の王座へ腰掛けたままでエヴレナを見下ろした。
「こうしてちゃんと話すのは、なんだかんだで初めてじゃないかな?『混沌』の王」
「―――ああ」
片足を組んだままで静かに一言応じた黒竜が、ほんの僅かに瞳を細める。
それを合図とするようにエヴレナの立つ場所が大きく破壊の波を受けて爆ぜ散った。
「そして最後だ。『秩序』の残り滓」
玉座の間全体が大きく揺れ動く。祖竜とはいえ体内を大きく破壊されるのは不快らしい。テラストギアラの抗議にも似た胎動も竜王は取り合わない。
ごっそりと抉れた空間。四散した欠片の中から白銀の光が伸びる。
「無駄だと思うけど言っていい?竜王エッツェル」
向けた眼力ひとつで木っ端に弾ける神竜のブレス。ジャブ程度の威力とはいえ並の竜種であったならばあれだけで重傷であろうそれも竜王には届ず霧消する。
こちらもまた無傷で一撃を防いだエヴレナが声を張って前に出た。
「殺し合いはやめにしよう。この世界に竜以外の生命を認めて、共に生きよう」
「………………は」
溜息のようにも嘲笑のようにも聞こえる吐息を漏らし、エッツェルは人差し指を立てる。
今度の破壊は先刻の十倍はあろうかという威力。広大な最奥の間が大きく振動して滅殺の壊音を響かせた。
「貴様はどこまで無知なんだ。貴様は竜というものをどこまで履き違えれば気が済む」
「っ…!」
立て続く破壊の奔流。部屋全体に等間隔に配置された太い支柱を足場に上下左右に翼のみを展開したエヴレナが回避行動に専念する。
「他の命を認める?共に生きる?巫山戯るなよ」
一度でもしくじればたちまちの内に
「竜とは互いを殺し合うもの。互いに喰らい合い高め合い、絶えず闘争に身を投げ淘汰し栄え続けてきた。殺戮と暴虐の輪廻こそが竜種の本質だということさえ忘れたか」
「違う!」
一喝と共に体内で巡らせた神竜の力を解放させる。風刃竜や雷竜と同じように属性を身体に纏う戦術。黒竜の破壊に唯一抵抗できる真銀の力を纏えばたとえ直撃してもある程度まで威力は削ぎ落とせる。
支柱を踏み砕いて得た速力で玉座へと迫る。
「
「何も、違わん」
手の内より生み出した短刀『銀天』で斬りかかる。銀の閃きはエッツェルの胴を狙うも直前で棒状の何かに阻まれた。
その正体をエヴレナは以前別の世界で見ていた。
(
「数多の屍と血の海の中で我らは栄華を誇って来た。昔も今もこれからも、それは何ひとつとて変わらん」
己が角より鍛え上げられた忌むべき武装すら呼び起こし、エッツェルはエヴレナの短刀を弾き上げさらにもう一度振るう。
次元斬。その一薙ぎにより六十四もの黒き斬撃を迸らせる竜器の猛威に思わず防御体勢を取る。
「ぅぐっ!…これまでが、そうだったとしても!」
覚醒した神竜の権能によりなんとか防ぎ切ったエヴレナが苦悶の中でさらに短刀を縦横に振り抜く。その全てに竜王の錫杖が対応していた。
「わたしは一緒に戦ってくれた皆がいたからここまで来れた!あなただってそれは同じでしょ!?同胞を迎え、死んだ亡骸すら呼び起こして!そうでなければあなたもここまで来れなかったっ」
「…そうだ。我らは共に竜の時代を取り戻さんとして結集した同胞」
ゆらりと振るう錫杖。全速で飛び交い全ての斬撃を掻い潜る。
「故に、
「―――え…?」
エヴレナの言葉に賛意を示した竜王は、それでも揺るがぬ意思で確定された未来を語る。
それに目を丸くした少女に青年は常識を説くように、
「…思い違いもここまで来れば滑稽か。貴様、まさか私が永劫この世界を統べようと奮起していたなどと考えていたのか」
竜王の世紀。それはすなわちエッツェルを筆頭とした『混沌』の黎明。竜種こそが絶対の支配を敷く黒天のディストピア。
そう考えていたエヴレナの認識を、エッツェルが一蹴する。
「『竜王』とは竜の最高位階。竜種とは全てを支配する万象の頂を目指す存在。個のみで確立し、究極の一として君臨するべくして滅尽滅相の螺旋を描くもの」
「……なに、それ」
意味が解らなかった。たったひとりの最強が居座る為だけに殺し合うだけの生命。
そんなものがあるはずがない。
「誰とも寄り添わず、何にも頼らず頂きの座より睥睨する一切を殺し尽くす覇道を征く者こそが竜王。いずれは私を殺し次の竜王が同じ螺旋を描く。終わらぬ戦乱の中で我らは繁栄してきた。それこそが我らのあるべき体系」
再び黒き斬撃の雨。短刀で弾き損なった分が全身をくまなく斬り刻む。だが裂傷は権能の膜によって浅く済んだ。それすらも頭に乗った花冠が癒してくれる。
「…。そ、っか」
ゆっくりと立ち上がったエヴレナが頬の傷から流れる血を手の甲で拭う。
「なるほど。やっと全部わかった。なんで戦いばかりに明け暮れる竜の中でわたし達みたいなのが生まれたのか」
煌々と輝きを増す銀色の光を胸に、エヴレナが得心のいった表情で竜王を見上げる。
「自浄作用だよ。そんな覇道、間違ってるから
「…だとするならば」
竜王は是とも非ともしない。戯言だと斬り捨てるのは容易いだろうに何を返すこともなく、掲げた錫杖をシャィンと鳴らす。
言葉でどうこうなるものではない。共に同じ竜たるものならば、示すべきは知ではなく力。
「証明してみせろ。来い」
「っ!!」
ただただ言外に力の誇示を強調する竜王に対峙するエヴレナは、それでもまだ。
何かが引っ掛かっていた。
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