死地へ征く
竜と戦う者達が一様に疑問を感じ始める。
最初にそれを感じたのはアルだった。閃光竜へのダメージがたちまちの内に塞がっていたからだ。
(目で追えねェからカウンターで竜殺しの刃を掠り当ててるってのに、それすら治っちまうのはどういうわけだ。コイツこんなに自己治癒能力が高かったか?)
空中戦を展開しているディアン達も、交戦後すぐにこの異常には突き当たった。無論竜種という破格の防御力を有することを大前提に、それでもこの即時回復には何か裏があるような気がしてならない。
そんな中、唯一その心当たりがあったのはエレミアだった。
「…まだいます!同胞を治癒する水竜がどこかに!」
ウィッシュの奪還戦での一幕、彼女は巨竜の体内で尋常ならざる回復性能を有した竜と一度戦っている。戦場のどこを見回しても、その姿が見当たらなかった。
となれば居所はひとつしかない。
「誰か…誰でもいいです、命泉竜を倒してください!でないと…」
エレミアの悲痛な願いは耳に入れども誰もが自らの対峙する敵への対処で手一杯だった。わかってはいる、止めねばならないと知ってはいても戦力を割けない。
「―――ああ」
新たに現れたその影が静かに応答し、直後に姿が掻き消える。
ーーーーー
無数の救世獣、無数の牙竜が互いを喰らい合い壊し合う中を風刃竜と雷竜が暴風と迅雷を振るいながら突き進む。そのやや後方をエヴレナが追随していた。
流石に覚醒竜種のブレスをまともに受けては祖竜の別身たる『歯兵竜牙』もひとたまりもない。だがあまりにもその数が多すぎる。ブレスは数百を消し飛ばしてもさらに後ろにいる数百までには威力が減衰する。全てを倒し切ることは出来ない。
地下での連戦による疲弊も抜け切っていない中での最終戦。命を削って捻り出す力にも限度があった。
あまりにも桁違いな数の圧政。二体の竜種だけではテラストギアラ本体にまではあと一歩のところで到達できないと両名が直感で理解していた。
しかしそれでも。届かせなければ勝利へは指先すら掛けられない。
我が身を挺して穴を抉じ開けんと翠風を纏ったシュライティアの吶喊が開始される間際のこと。
巨大な斬撃が縦に刻まれ、拓かれた視界に僅か巨竜の姿が見える。
『今!!』
見逃さず叩き込む白雷がさらに牙竜の層を削り取り、テラストギアラへの路を創る。
『エヴレナ!』
呼ばれる前からその路へと両翼を折り畳んだエヴレナが真っ直ぐに飛び込む。白銀の躯体が分厚い敵の群れを突き抜けたのを確認し、ヴェリテとシュライティアは散開した。あとはエヴレナが予定通りに竜王との接敵を果たし力を引き出させることを願うばかりだ。
それにしても、とヴェリテは敵の撃滅に意識を切り替えながら思う。
(あの斬撃は…まさか)
剣鬼のような洗練された剣技ではない。もっと、自己流に磨いた我の極みのような杜撰な一撃。よく見ずとも見覚えがあった。
姿を確認するまでに至らなかったが、おそらく。
『来たのですね、やはり』
ーーーーー
広大な巨竜テラストギアラの後背。子供の遊び場のようにいくつもの水の柱が噴き上がりシャボン玉のような水泡が浮かんでは弾ける一か所があった。
多量の水を繰り操り、眼下の味方達へと降り注がせるは水竜の一族にして上位種、生命の源泉を冠する竜王配下の最後の一体。
命泉竜セレニテ。
瞳を閉じ、消耗する自陣営の同胞達へ生命力を分け与えることに専念していたセレニテが、感知した反応に開眼し後方へ跳び退く。
巨竜の背に広がった水面を両断し、水柱のひとつを断ち斬った人影が黙々と刀身に付着した水を払って立ち上がる。
「お前が最優先だ。回復術の竜」
「あら。竜王様が幾度となく煙たがっていた下等生物。よくこんな場所まで来れましたね」
ホノカと同じように救世獣と牙竜を足場にして高高度たるこの地点まで跳んできた少年、日向夕陽は敵竜種の賞賛とも嘲りとも取れる言葉には取り合わず刀を握り全身の刻印を肌に浮かび上がらせる。
「時間がねぇんだ、色んな意味でな」
「……」
〝…っ〟
頭の上でロマンティカが、体内で同化した幸が彼の言葉に心痛を覚える。
全身の熱が冷えていく。その度、己が存在を燃やして熱量を得る。
長くは掛けられない。全てが終わるまでは保たせなければ。
命の蝋燭がみるみる内に縮んでいく感覚に、もはや焼失した焦燥なるものを身の内で再現させながら、夕陽は破滅の刻限に抗いながらも敵への間合いを詰めに奔る。
『メモ(information)』
・『日向夕陽』及び『レディ・ロマンティカ』、エリア9へ転移完了。
・『日向夕陽』、『命泉竜セレニテ』と交戦開始。
・『真銀竜エヴレナ』、『暴食の祖竜テラストギアラ』の体内へ侵入。
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