行ってきます


『ヴェリテ、聞いて』


 死に絶えた大地上空。

 地上に降りた閃光竜の相手をアルに任せ空へと飛んだ一行だが、その途上でエヴレナが牙竜を迎撃するブレスを吐きながら隣の雷竜へと発言する。

『エッツェルは竜王としての権能で死んだ竜を蘇らせてる。でもそれは常時呪詛で縛り続けていないと効力を保てないはずなんだ。わたしの、真銀としての権能も同じだから』

『ええ、それで?』

 ブレスに加え雷の放出で四方から迫る牙竜を薙ぎ払うヴェリテが警戒を強めたままで傾聴する。

『太古の、それも祖竜の蘇生なんてただの厄竜とは比較にならない負担だよ。だから今のエッツェルは今間違いなく自分の能力の何割かを呪詛そっちに割いてる』

「あんだけの力を振るっときながらまだ全力じゃねーってのかよあの竜王は!」

 ヴェリテの背で片刃の剣から斬撃を飛ばすディアンが呆れた声で叫ぶのに小さく頷きを返す。

『うん。二割か、三割か、それくらいは呪詛に使ってると思う。だから今の竜王は出せて七割が限界。……だから』

 一際自身を白銀の権能で覆い、エヴレナが強化を重複させる。まるでこれから行うことへの防御体勢を整えるかのように。

 それを見て、風を纏う高速飛翔で戦場を攪乱していたシュライティアが勘付く。

『エヴレナ、貴殿まさか』

『たぶん当たり。わたしが今から竜王に

 言葉の意味を汲み取り、その声を拾った者達が表情を険しくする。

 竜王エッツェルが全力を出せない状態にある今、その力を強制的に使わなければ自身が危うい状況へ持ち込む。最低でも七割以上の力を解放させることが出来れば、それは現状維持している呪詛の均衡崩壊に繋がる。

『そうすれば呪詛に回していたリソースが不足して』

『厄竜化した祖竜も格落ちする…ということですか』

 現時点での祖竜はほぼ生前と同じ性能を宿している。このままではその身を砕くどころか表皮に傷を付けることすら困難だ。

 だがエヴレナの策が予想通りに通るのであれば、その瞬間が現世界を生きる竜種達でも祖の命へ刃を届かせる最大最高の好機に転じる。

 そして問題は、竜王の所在。

「竜ですら容易く噛み砕くっていうあの暴食の王の体内へ潜るつもりか!」

「エヴレナちゃん駄目です!自殺行為ですよ!?」

 ウィッシュとの同化で浮遊能力を手に入れていたエレミアがエヴレナのすぐ近くで悲痛な制止の声を上げるも、エヴレナ含む竜達はその提案を止めることはしなかった。

『…こちらの陣営で一番祖竜に近い力を持つのは貴女です。その力があれば真正の祖竜の力にもある程度は拮抗できる。悪くない…作戦ですね』

『ごめんねヴェリテ。でもこれしかない』

 友として止めたい私情を押し殺し勝利への道筋を冷静に見定めたヴェリテに謝罪と、心の中でだけ礼を述べる。

『前ほど容易にはいくまい。体内への突破口を開く為、そして貴殿が竜王から力を引き出させた直後を狙う為、我らは内部へは同行できない。…承知の上だな?』

『もちろん』

 呪詛の力が弱まり祖竜の性能が落ちた瞬間に最大出力で射落とす。これを成すならばエヴレナの次に祖へ近い力を持つヴェリテとシュライティアは必須戦力だ。故にこの二体は外で耐久戦を続けながらその一瞬を待つほかない。

「っ…それなら私も一緒に」

「そうはいかねぇみてーだぞエレミア!!」

 刻印術の防御紋で、エレミアの背後から放たれた火球を防いだディアンが無数の牙竜達に意識を向けながら刃の方向を変える。

 大気を喰らいながら火焔を膨らませる竜の姿がその先にはあった。

『行かせん!!』

 火刑竜ティマリア。

雀型スパロー一騎借りるぞ!」

 ヴェリテから跳んで近くを舞っていた飛行型救世獣に乗り移ったディアンがティマリアを押さえる為に分かれる。

「く、ぅ……!エヴレナちゃん、無理はしないでください!!」

 同時、選択の余地も与えられない中で歯噛みするエレミアもまた、火竜へと飛んで行った。




 戦火で赤や黒と次々様変わりしていく爆炎と血風の只中、急速に広がる青紫の霧があった。

 人造生命たる牙竜すら行動を停止させる死の毒霧。拡がり続ける瘴気の中心には寒色で統一された竜の姿が佇んでいた。

 疫毒竜メティエール。

『これ以上、邪魔しないで。ニンゲンが、竜以外がっ!エッツェル様の邪魔立てをするなぁああ!!』

 感情の爆発に合わせてより広範囲へと拡散する毒。それを、風の魔術が一時的に吹き払う。

「やめな、毒竜の娘」

 救世獣特製機オルトに乗ったカルマータが上空からゆっくりと降りてくる。

『人間、…またニンゲン!!』

 ぎょろりと竜化の双眸を固定し、不死を失った魔女へと向ける殺意はただ敵であるからという理由以外にも存在していた。

 両親を殺した種族。竜王が蘇らせてくれた彼らにすら二度目の死を突き付けた種族。

 吹き荒れる瘴気には竜王から賜った呪詛の力も織り込まれていた。通常時の十数倍にも上る致死性の毒が風に抗い蔓延していく。

『どこまでも私の大事なものを奪うのか人間!絶対に、絶対に許さない!!』

「さて…正念場だねオルト。気張るよ」

『……―――』

 低く唸った特製機が機械の鼓動を高く鳴らす。




 せり上がるいくつもの岩の大剣が、地上で陣を敷いていた『黒抗兵軍』の一団を瞬く間に吹き飛ばしていく。

「オラ、オラッ!どォこいった妖魔っ!出て来い今度こそ俺がぶっ潰す!!」

 人化のままで兵軍の陣営に被害を撒き散らし続ける竜は目の前の敵を倒しながら一度敗北を喫した忌々しき怨敵を探している。

 破岩竜ラクエス。

 彼が人外の視力で捉えたのは、遠方で閃光を相手に剣を振るう怨敵の姿。

 見つけた。その姿を見た時から他の全てが目に入らなくなり、四肢により一層の力が込められる。

 今度こそ勝つ。今度こそ殺す。

 竜が竜以外に敗けることなどあってはならないのだから。

「残念だけれど、向こうは取り込み中」

 だからその声はどこまでも腹立たしくラクエスの耳に届き、嫌でも妖魔を見ていた直線状に立ちはだかった巫女服姿が視界に入った。


「おとなしく、私で我慢をしておきなさい?」


 剣の鬼。セントラル最高戦力。

 ただそこにいるだけで抑止力となる最高位存在。人として突き詰めた剣術の最高峰が静かに刃を抜き放つ。




『では。ヴェリテ』

『ええ。私達で切り開きます。エヴレナ』

『うん。任せて』

 眼前に広がる牙竜の群れ。一度や二度の攻撃で散らせる密度ではない。

 翠風と白雷。共に真銀の後押しを受けた祖竜返りの覚醒を遂げ、秩序の姫を送り出す為の露払いを敢行する。


『行ってきます』


 白銀の神竜は、一言だけ口にして敵陣の最奥へと突き進んだ。





     『メモ(information)』


 ・『剣士ディアン&リート』及び『シスター・エレミア&ウィッシュ・シューティングスター』、『火刑竜ティマリア』と交戦開始。


 ・『鏡の魔女カルマータ』、『疫毒竜メティエール』と交戦開始。


 ・『剣鬼ホノカ』、『破岩竜ラクエス』と交戦開始。


 ・『真銀竜エヴレナ』、『暴食の祖竜テラストギアラ』の体内へ侵入開始。


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