閃光再び


 三重にも連ねた竜王のアルマゲドンが凌がれつつある。

 信じ難いことであった。一度の発動ですら生態系を破壊しかねないほどの大術式、その三連。

 いくら場所を移し防衛対象セントラルが無くなった状況といえど、ここまで軽微の損害で隕石の雨に対処し続けられるその胆力、集中力、判断力。

 人間ひとりひとりが神懸かり的なポテンシャルの全発揮を成してようやく、というレベルの偉業とすらいえる。

 だが実際にそれは起きた。たとえその一因に真銀竜の加護という埒外のブースト効果を受けたというのがあったとしても、これは異常な事態であった。

 世界の危機、そして全てを終わらせる決戦であるという自覚と自負。それが人類陣営総勢のリミッターを知らず外していた。

 並の竜種であればこの事態に狼狽し、矮小矮躯と見下していた劣等種族へ根拠の無い勝算のもと挑みかかっていたところであるかもしれない。

 厄介だったのは、竜王陣営の竜種はその全てが漏れなく敵性陣営の戦力の底力を知っていたこと。侮れば竜とて討ち滅ぼされるという懸念と怖れすらも抱いていたということ。

 だから閃光ひかりは、隕石ほしが降り終わるより早く地上へ降り立った。

 あまりの速度に、対応出来た者はおろか反応出来た者すら一握りだった。

 閃光はもはや形振りを構っていなかった。たとえ誇り高き竜種としての尊厳を自ら踏み躙る行為であろうとも、ここしか狙い目を見出せなかった。

 巨竜から直下へ落ちるように最速で飛んだ閃光は、止まって見える隕鉄と牙竜の合間を抜き去りある一点へと突っ込む。

 術師団によって回復処置の最中だった者達。一度巨竜の体内にて交戦した連中。

 数多ある人類側の陣営の内、彼がもっとも間近に感じた脅威。

 最大速の不意打ち。最高速の奇襲でこれを仕留めに掛かった。

 そうして光の拳打は雷の掌底に受け止められる。


「ヴェエリテェェえええええ!!!」

「チェレン…!」


 光雷の衝突が周囲に被害を撒き散らし、そこでようやく他の者達も閃光竜の襲来を認識した。

「速ェなクソが!」

「術師はもういい下がれ!」

 未だ全快とは程遠かったが、いくらかの回復は間に合った。竜種相手では到底敵わない魔術師達をディアンが下がらせ、アルが剣を手に前へ出る。

「今度こそ。今度こそヴェリテ!!オレはアンタを超えるッ!」

「…!?チェレン、貴方…」

 激情に猛る閃光竜の身体から立ち昇るドス黒い瘴気のようなものを見て、ヴェリテが息を呑む。

「貴方、!?」

「ウぉアアああああああああああアアあああ!!!」

 正気と狂気の狭間で、閃光竜が開いた大口から超高速のブレスが吐き出される。

 大地が吹き飛び光の欠片が空に残る隕鉄と牙竜すらも巻き込んで無数に爆ぜた。その爆心地中央。

「開幕からうるせェ野郎だ」

 刀剣五つを代償にブレスを防いだアルが立っていた。

「アル!」

「テメェやることを間違えんな。あの暴食祖竜をどうにかすんのがテメェの役割だろうが」

 ブレスの熱で溶岩のように融け出す大地で、アルが新たな刀剣を引き抜きながら言う。

「あのガキは俺がやる。ディアン!エレミア!残りの取り巻きはテメェらがどうにかしろ!」

「つっても一人一体担当じゃ手が足りない…とか言ってらんないか」

「ええ。なんとかします」

「待って、それならわたしも!」

「エヴレナ!!」

 真銀竜が仲間と共に名乗り上げようとしたところで、アルの怒声が掻き消す。

「雑魚の相手してる場合じゃねェだろうが。いい加減、あの王様気取りでふんぞり返ってる黒竜に目に物見せてやれ!」

「…っでも」


「雑魚?」


 初動すら視認できぬまま、チェレンの貫手がアルの腹部へ突き込まれる。

「アルっ」

「誰が雑魚?お前だよ雑魚はどけよどうでもいいんだよお前なんて!!」

 チェレンはアルを見ていない。彼は全てを脅威を見ていながらにそれでもひとりの竜しか視界に入れてはいなかった。

 理性が失われつつある今のチェレンを突き動かしているのは未練と無念。惨敗の記憶が何においても雷竜以外の関心を奪っていた。

 再び光がチェレンを包み始めた時、腕から弾ける火花が違和感と共に大きくなる。

「クハッ、だァからザコだってんだ、テメェは」

 貫手は指先第一関節しか埋まっておらず、そこから先は腹の前に割り込まれていた刀がすんでのところで致命傷を防いでいた。

 刀が染まり、繋がる火花がやがて大雷と化す。

「とっとと行け。〝断雷千鳥ライキリ!〟」

 自身ごと間近で巻き込んだ雷に呑まれる二名を置いて、ヴェリテ達は瞬時に空へと飛び立った。




「お前……なんなんだよ」

「妖魔、アル」

 自傷ダメージでプスプスと焦げた皮膚を擦りながら、新たな刀剣を鍛造するアルにチェレンは苛立ちを隠さず叫ぶ。

「邪魔だ!ラクエスを倒したからってオレも倒せると思ってるのか!」

「雷竜、星辰竜、猫型の青タヌキ竜」

 空いた手を開き、指折り数える仕草をする。

「風刃竜、時空竜、火刑竜……んで、破岩竜か」

 それはこの世界に来てから直接的に関与した竜達。いずれも竜種に違わぬ実力の持ち主であったことは確かだ。

 疑う余地のない実力者達と戦い、そして今なおアルは生きてこの場に立っている。

「そんでもって、閃光竜テメェ

 最後に折った指、返して都合八つ。

 一度握り込んだ拳から中指だけをもう一度立てて、ニィと極めて意地の悪い悪党のような嗤いをチェレンに向ける。


「―――ブ、チ、殺す」


 なけなしの誇りが、照準を雷竜から忌むべき妖魔へと強引に切り替えた。





     『メモ(information)』


 ・エリア9、アルマゲドンにより地形変動。


 ・三重アルマゲドン、効果消失。


 ・『テラストギアラ』、歯兵竜牙第二波投入。


 ・『妖魔アル』、『閃光竜チェレン』と交戦開始。

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