死に体の二対二


「…………」

 〝第三装填サード・暗黒竜術〟によって己が腕をもズタズタに引き裂かれた夕陽は、自らの惨状など目もくれず正面に視線を固定していた。

 先程の一撃は暗黒竜王エッツェルの扱う破壊の力の再現。まともに喰らえばいかなる生物といえども絶命を免れない確殺の力。

 崩れ、破裂し、肉片のひとつに至るまで浸透した破壊の力は塵一片すらも残さずマギア・ドラゴンの変幻自在な巨躯を葬り去った。

 だが。

「…まだ、いる」

 腰に佩いたままだった神刀に片手を添え、鍔に親指を掛ける。

 ぽっかりと巨体が在ったことを示す大きなクレーターだけが残るその場所。目には見えない、〝干渉〟を用いた目でも何も捉えていない。

 だが、いる。

 存在が、空虚な大気に未だ鎮座している。まだあの怪物は消滅していない。

 不死不滅の無限融合体に、そもそも消滅などという現象は起こり得ない。

 小さく聞こえる嗤い声。反響する竜都のどこかに、あるいはそこかしこに。

 ずっといつまでも耳に残る声で笑い続けていた情念が、ふと。


   『  飽

                 き

         た

             』


 それだけを残して、今度こそ気配が消失した。




     ーーーーー


「ふっざけやがってあのクソドラゴン。何が飽きただブチ殺すぞ」

「不可能ですよアル。あれは私達の常識で括れる存在ではありませんでした」

 夕陽の後方で同じようにその声を聞いていたアルが苛立った様子で片足を地面に叩きつけるのをヴェリテが嗜める。

 抜き掛けた刀を納めながら、心中で夕陽もヴェリテの言葉に同意していた。

(無茶苦茶だ。俺達の世界から流れ出した『概念体』とは比べ物にならないくらいに…)

 この世界には様々な世界からこちらへと流れ込んだ生命体、現象、存在がいる。それぞれにそれぞれの世界に対応した非常識さを備えていたが、アレはその中でも別格だった。

 もしその気だったのなら、あの怪物の猛威はこの程度では済まなかった可能性がある。

(…とにかく、おとなしくさせることは出来た。これで地上のナレハテも消えているはず…消えていてくれないと困る)

 ドラゴンがいたクレーターから背を向け、身体全体を引き摺るように歩く。連発した〝瞬発憑化イグニッション〟の過負荷で鉛のように重たく感じる。

 しかしまだ一息をついていられる場面ではない。

「ヴェリテ。他の連中を回収してきてくれ。怪我の具合が酷い者からティカとエレミアに様子を見させる」

 もはや治癒の鱗粉は尽きたが、魔力さえ残っていればエレミアは自前の指輪で軽い回復魔法なら使える。ロマンティカも鎮静剤や鎮痛薬は別に造れるはずだ。

「それが済んだらあの玉座をぶっ壊せ。十分もあればお前らなら出来るよな?」

 真っ直ぐ歩くこともままならない夕陽が淡々と指示を飛ばす。玉座自体も地上へ浮上する為の術式媒介の為の儀式祭壇としてそれなりの強度で建造されているが、疲弊していても竜種の力であれば破壊自体はそれほど難しくない。

「それは、もちろん。ですが…夕陽、貴方は」

「最後だ。残りの仕事を片付ける」

 ゆるりと一度は納めた刀を引き抜く。ヴェリテの肩にポンと手を置いて、目配せ。

 今の夕陽にヴェリテほどの機動力は出せない。タイムリミットが差し迫っている中、任せられるのは彼女しかいなかった。

 であれば、自分は自分に出来ることを。

「…わかりました。武運を」

「任せろ…」

 雷を纏いその場を離脱したヴェリテを横目で見送り、ふうと息を吐く。

「あの怪物はひとまず黙らせた。これで停戦協定も終わりだ」

 顔を上げた先には、ふたりの魔法使い。

 ヒロイックとデッドロックが、泥と血で汚れた衣装もそのままに並んで立っている。

「『ネガ』を殺した俺達を、殺さなくちゃ気が済まないんだろ?」

「たりめーだ。こちとら『ネガ』を守る『英雄』らしーからな」

「りり。……始めましょう」

 律儀に最後の一撃を繋ぐまで尽力し続けた二人からは、先程までは感じ取れなかった凄まじい殺意が滾っている。一番初め、あの大聖堂で遭遇した時、それ以上の殺意を。

「今にも死にそうなツラでよくまァ吼えやがる」

「アル」

 こちらも重傷であるはずのアルが軽い足取りで夕陽に並び、剣の峰で脇腹を小突く。

「まさか一人でるとか言うなよ。流石にキレるぞ」

「それこそまさかだ。瞬殺されちまうだろ」

 どうかな、と口の中だけでアルは返した。

 おそらくこの夕陽であれば、一人で彼女ら魔法使いを相手取ったところで負けはしないだろう。最低でも差し違えるまでは持ち込む。そう確信させるほどの能力と意志をアルは感じ取っていた。

 けれどそれでは意味がない。死ぬ気で殺すと死んででも殺すは意味が違うのだ。

 だからアルはこの場に残った。

「魔力とかいうモンを知らん俺でもわかるぜ、今のヤツらはからっけつだ。…こっちも似たようなモンだがな」

「…」

 隣の夕陽にだけ届く小声でアルが分析を口にすると、無言のままに夕陽は意識を自身の内奥へと向ける。

使。少なくとも地下ここではな」

「……でも」

「うるせェ黙れ。お前に何かあったら俺が日和に殺される」

 有無を言わさぬ圧で押し切られ、渋々に夕陽も首肯する。

 アルが『装填』を禁じたのは、夕陽の負担を除いてもうひとつ理由があった。

 デッドロックがマギア・ドラゴンに放った焔槍の一投。そして度重なるドラゴンの猛攻で地下竜都は今にも崩壊寸前だった。微振動が常に足元を揺らし、次の瞬間には天蓋が崩れ生き埋めにされても不思議ではないほどに地下は戦闘の影響が激しい。

 『浮上』は阻止できたが、別の問題でタイムリミットが発生した。

 アル・夕陽共に負傷は甚大。長期戦は地下の崩落と併せて二つの意味で死に繋がる。

「行くぜ夕陽。アイツら倒して地上へ戻る」

「ああ。やろう」

 ふらつく身体、ぐらつく視界。

 それでも。


「りりり、容赦はしない。確実に、潰す」

「惑いな。あたしの熱で、地下せかいと纏めて溶けていけ」


 四人。二対二。

 セントラルの存亡を懸けて奔走した地下最深部での終局。終わりの一戦が始まる。

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