VS マギア・ドラゴン (後編)


 意識はまだ、誰も手放していない。

 心には総じて焦燥が駆け巡る。彼だけはと庇った竜ですらも、その歩みを許してはならないと身体をよじって起き上がろうとしていた。

 彼は異常なのだ。自分の命の為に逃げ出そうともしない。自分の命惜しさに倒れたフリもしようとしない。

 やれるのなら、やれる力があるのならば。

 その異常者は必ず振るう。

 だからこそ皆は傷ついた身体に鞭を打つ。動ける者から無理矢理に肉体を稼働させる。

「…夕陽…!」

「やめろ、っつってんだろが。こんのクソガキがァ…」

 真っ先に動いたのは雷竜と妖魔。多量の出血に青ざめる顔色で、黒茨の棘からずるりと抜け出た両名が這うようにその背中を追う。




     ーーーーー


「…〝絶招瞬歩セカンド〟」

 あり得ざるレベルの歩行術でドラゴンの猛攻を転移で回避し続け、第三装填までの時間を稼ぐ。

 刻印術のシステム頼りに本来の使い手ではない夕陽が高度な技術や技法を強引に再現させている。負担を〝倍加〟や他の刻印術式で補ってはいるもののその全てをカバーしきることは出来ない。

「〝寸勁ファースト〟」

 転移先を予測され先回りされた魔法の隕石を、震脚で溜め込んだ発勁から練り上げる至高の拳打で粉砕する。

 遣う度に『代償』を支払いながら、新たな回路を描く左の掌中に第三の力が再現されていく。

 その瞬間、ゾワリと。

 左腕を主として身体の何割かが黒い奔流に覆われる。

「…くっ…」

 夕陽が構想再現したが、逆に夕陽の肉体を喰らわんとする。皮肉にも、それを最大限抑えていたのは彼の肉体を先に蝕んでいた刻印術の浸食効果だった。

 宿主を奪い合うかのように二つの莫大な力が夕陽の体内で暴れ狂う。腕から血が噴き出て、鼻血が堰を切ったように流れ出る。

(流石には規格外か…!!)

 これだけの反動を受けながらも選択を誤ったとは思わない。この怪物を消し飛ばすには、これくらいの埒外は不可欠だ。

 肉体に受けた反動で動きに遅れが出た夕陽へと殺到する無数の砲弾。魔法で生み出されたらしき砲塔に囲まれたまま、瞬歩も間に合わない速度と密度で砲撃が迫る。

 防御姿勢で構えた夕陽へ、しかし砲弾は届かなかった。

 割り入る雷撃と斬撃。直後にふたつの影が滑り込む。

「ギリギリだなっチクショウめ!!」

「夕陽!これ以上の無茶はよしてください!」

 続けて轟く砲声に反応し迎撃しながら、夕陽へは一発たりとも到達させんと無理を押して立ち向かう二人の武人が即席の防衛戦を築き上げる。

「まだ誰もくたばってねェ!まだ手札は残ってる!まだテメェのが出る幕じゃねェだろうが!」

「またそうやって貴方は自身を軽率に博打に賭ける!方法はまだ他にきっとあるはずです!」

「…いや駄目だ」

 二人の強さを見込んで一歩下がった夕陽がドクドクと血液を噴出する黒い気に包まれた腕に意識を再度集めながら返す。

「足りない。なにより時間が。これ以上は日和さんの負担が増す」

 残り時間は二十分を切った。古闇竜を斃し、情念の魔竜を祓い、それで終わりではない。玉座と祭壇を破壊しなければ『浮上』の術式は止められない。

 そして、地下の最終戦は少なくともこのマギア・ドラゴンではないのだから。

「順番の話だ。ここから竜王との決戦までに誰しもが命懸けになる。今はただ、俺の手番ってだけのこと。―――だから!」

 ゴウゥ、と集束された黒い奔流が左手へ圧縮し押し留められる。ここから先は一瞬でも気を抜けば腕ごと塵芥へと変わるだろう。

「血路を開いてくれ。俺があの竜に触れられる距離までを!」

 返答を確認するまでもなく走り出す。二人の間を通り過ぎ様、舌打ちと溜息とが同時に左右の耳へと届いた。

「「はァァ!!」」

 刀剣と戦槌が生み出す烈風が砲弾を押し返す。即座に隣を通過した夕陽をさらに追い越して前へ出る。

 自身へ襲い来る攻撃を全て無視し、振るう攻撃全ては夕陽の進路を確保する為だけに。轟雷が光のレールのように進む先を暴威で薙ぎ払いながら路を作る。

 一切の逡巡なくそこへ飛び込んだ夕陽がドラゴンへ向けて疾駆する。左腕の装填に余力を全て注ぎ込んでいるが故に瞬歩が使えなくなっているのがもどかしかった。

『けらケラ、ゲラゲラ!きゃはギャハハ!!』

 蟻の如き存在の抵抗を楽しむようにマギア・ドラゴンは嗤う。身体から伸びる大木のような鞭が頭上から落ちてくるも、これを魔光の一閃が受け止める。エレミアから僅かな回復魔法を受け取ったディアンの今出せる全力。受け切れなかった分を、身体を使ってタックルするように夕陽から遠ざけてディアンの姿が鞭ごと竜都の一角へ消えていく。

 さらに密度を増した砲口からはビームが吐き出され、爆炎と氷塊が左右から挟み込むように召喚される。

『さァせるかぁぁアアアアアア!!!』

 もはや飛翔すら難しくなったシュライティアが地面を抉りながら猛進して夕陽へと追いつく。

 おそらく残された力を全て用いた最後の竜化、最後の祖竜形態。夕陽へ照準された攻撃を別方向へと捻じ曲げ、干渉が届かなかったものは自身の翼膜で防ぐ。

「ユーヒっ」

 役目を果たし崩れ落ちたシュライティアから、背中に乗っていたエヴレナが飛び出る。呼吸も止めて迎撃に専心していたアルとヴェリテの勢いが衰え始めるも、敵の攻勢はより激しさを増していた。

 さらにさらに攻撃手段の手札は増え、ドラゴンを見上げる視界全てに銃口と砲口と鏃と無数の武器の切っ先が向けられる。

 射出一秒前に、その現代武装を模した一斉掃射は紅の大槍とリボンが撃ち落とし絡め取る。

「やって、くれやがって。くそドラゴンが」

「り、り……りりりりり!!」

 肉体の負傷をものともせず両手に槍を握るデッドロックが遮二無二に燃える槍を投げ続け、最大効率最大出力でマギア・ドラゴンの全身をヒロイックの魔法が包み込む。

 本来自身への強化に使う奥の手『自縛城塞』。それを敵に仕掛けることによって逆に強固な鎖とリボンが内側に捉えた巨体の攻撃をオートで叩き落とす。

 だがこれを無邪気に嗤うドラゴンが身じろぎひとつで粉砕。稼いだ時間は三秒に満たない。

「行って、ユーヒ!!」

 二.八秒でやれるだけのチャージをしたエヴレナのブレスが『自縛城塞』を粉砕した直後のドラゴンへ直撃する。なんの気まぐれか竜の形態カタチを採っていた情念の怪物には奇跡的に竜種特効が備わっていた。ここまでで一番の効果を発揮した真銀竜の息吹がマギア・ドラゴンをほんの僅かに硬直させる。

「夕陽っ!」

「ブチかませ!!」

 最後に握る刀剣と戦槌を全力投擲しドラゴンの表皮に亀裂を奔らせたヴェリテとアルが同時に頽れる。無呼吸で行われた全開の突撃がここで終了、いや完了する。

「―――〝第三装填サード!〟」

 障害を越えて、夕陽が吼える。

 この左腕が憶えている。あの万象一切を悉くころし尽くす絶望の混沌。フロンティア世界へと渡った最初期に遭遇した、あの黒き悪夢に刻まれた傷が記憶を強く補填する。

 解放と同時に開いた左手をマギア・ドラゴンの胴へと叩きつける。


「〝暗黒竜術〟」


 押し留められていた黒い奔流が一斉に掌から拡散。

 我以外に世界を陥れる存在を認めぬとばかりに、破壊の力はマギア・ドラゴンの巨躯を瞬く間に破壊しに掛かった。

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