VS マギア・ドラゴン (前編)
突如として夕陽達の固まる一帯を覆い包む漆黒の領域が展開され、一同は示し合わせる暇も無く散開した。
「これは…っ!」
人化形態で翼を生やしたエヴレナが驚愕の声を上げる。
それはつい先程まで交戦していた古闇竜が使っていた絶滅領域と同じ性質を宿したもの。おそらくはマギア・ドラゴンが模倣した真似事の術式。
しかしその精度と再現度は本家とも劣らない。
「マジでなんでもありだな!」
全力で領域から遠ざかりながらディアンが吐き捨てる。竜種はともかくディアン達人間の耐久度では呑まれた時点で圧し潰されてしまう闇の脅威に、自然とドラゴンから遠回りをさせられてしまう。
そうならなかった竜達は再び竜化して闇の中を一直線に敵へと突き進む。三者既に祖竜の力を纏っていたが、使い切った治癒鱗粉はそれでも全快状態まで持っていくことが出来ず、今の竜達では長く祖竜態は維持できない。
大熱量の白雷がドラゴンのブレスと拮抗する。古闇竜の出力すら一時上回った覚醒雷竜の咆哮を、なんの細工も無しの純粋な押し合いで跳ね除けた。
『まだだ!』
あらぬ方向へ逸れた白雷を、シュライティアの能力で押し戻す。『
『フフ!』
ほんの僅かな笑み。全身を雷撃で四散させてもマギア・ドラゴンの退屈は少ししか満たされない。
飛び散った肉片が、今度はそれぞれ再生を始め複数の
「ざけんな、クソが」
剣を地面に突き立ててアルが忌々しげに呟く。彼が幾重ものルーンを束ねデッドロックを覆う強固な結界を張っていたのが、マギア達の一撃で無残に砕け散っていく。
人型をした黒いマギアの振り下ろす戦斧を斬り払い、その胴へ刃を沈ませる。が、異様なまでに重く鈍い手応えに両断まで持ち込めない。
(分裂したからって力が等分されるわけでもねェのか…!!)
十数体に別個再生を遂げたマギア・ドラゴンはそれぞれが元のドラゴンと同格の力を保有している。ここまで出鱈目が続くとさしものアルとて嫌気が差した。
「デッドロック!!」
「…………」
怒鳴り散らすように背後の魔法使いを急かせるが、返って来るのは沈黙のみ。
握り締める両腕が肘まで焦げ付いているのを横目で確認し、アルはその沈黙の意味を理解した。
力任せにマギアの胴体を斬り抜き、分断された上下半身を戦場の奥へと蹴り転がす。
「集めろ!デケェの撃つぞ!!」
各個に分裂したマギア・ドラゴンの欠片と対峙していた面々は、アルの怒号にすぐさま対応を変える。
撃滅ではなく押し出しを最優先にマギアを一か所へ集約するように突き飛ばし、あるいは投げ飛ばし、吹き飛ばす。
ダメージとしては皆無に近いブレスも斬撃も、勢いだけなら充分だ。ゴロゴロと小さな子供のように受け身もろくに取らないマギアは皆が竜都の石畳の上へと集められる。
そうして、ようやく。
「―――来た」
地下の大気を全て喰らわんとするかの如き猛火。闇を全て押し退ける橙の輝きが巨大な槍の形を得て切っ先を定める。
「消え、失せろ」
分かっていたのかどうなのか、間一髪のところで射線上から全ての
地下大空間を真横に穿つ大洞窟を発生させるほどの、強烈にして強大な焔の塊が射出された。
―――。
(幸)
〝…っ〟
脈動する刻印が命を削り取る。粗目の鑢で削ぎ落したようなそれが、糧となって全身の紋様へ流れゆく。
(わかってる。分かってるよ。でもアレは怪物だ。やらなきゃならない)
一面の黒茨。あれだけの劫火は全てこれに埋め尽くされた。
見える限りではデッドロック、アル、それにエレミアを庇ったディアンがこれに刺し貫かれている。ロマンティカの治癒無き今、『浮上』の術式以上に彼らの命が尽きる方が先かもしれない。
そして自身も。
〝っ。…、…!〟
(そうだ、俺も…だから、やるしかない)
腹を貫通した茨を折り、傷口を火行で焼いて塞ぐ。これだけの傷で済んだのは、茨が竜都を埋め尽くす寸前に割り入ってくれたヴェリテとエヴレナの防御があったからこそだ。そうでなければ即死していた。
情念の竜は底なしの怪物だ。ここまでやっても倒れる気配を微塵も感じさせない。
おそらくコイツは倒せない。
勝つにはヒロイックが言っていた通り、満足させるほかないのだろう。
無限の力、無尽蔵の生命力を持つ怪物がどうすれば満足するのか。
無限が持ち得ないもの。有限の輝き。限界ある生物からこそ発現する刹那の可能性。
(お前に無いものを、見せてやる)
退屈ならば、きっとそれで補えよう。
幸の悲痛な声なき声に笑みで応える。死ぬつもりはない。ここではまだ。
第三装填開始。
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