たくさんのオモチャ


 漆黒の闇が解かれ、その内部からは三体の竜が姿を現す。

 それを見て、ふむ?と頭をもたげる。

 死んだのか?あの黒いオモチャは。

 とても愉快だったのに。とても頑丈で、とても遊び応えのあったオモチャはどうやら横取りされてしまったらしい。

 まあいい、アレで遊ぶのも飽きてたところだ。

 いくつもの瞳がこちらを見ている。そこにあるモノが何かは、よくわからない。たぶん、敵意とか、殺意とか、そう呼ばれるものだ。たぶん。

 遊びたいらしい。

 ―――うん。

 考える、のも。飽きてきた。考えるってなんだ?わからない。

 今は…。

『ヒ、ヒひ』

 ただ。

『ふふウフふ。きゃきゃ、くすくす』

 この退屈を。

『ひひゃは。げらげらげらあははハハアハハ!!!!!』

 どうにかしよう。




     ーーーーー


 おそらく時間にして二十秒は無かった。

 ドラクロアを撃破した三竜との合流。僅かな間だけ呆けたように停止していたマギア・ドラゴンは急にスイッチが入ったように高く笑いながら再び動き出す。

「ティカ。残る鱗粉全部でヴェリテ達を治せるだけ治せ」

「全部っ?全部でいいの!?」

「ああ」

 どうせここが地下における最終盤だ。そうでなければ誰しもが耐えられない。

 力を消耗し動きが緩慢な後方の竜達へロマンティカが急行するのを防衛するように、前進した夕陽が神刀で天を覆い地を割って襲い来る黒い杭のような茨のような攻撃を斬って捨てる。

「〝刻印励起シールド〟」

 一言呟くと、ドクンと心臓が一際に高く鳴って身体が跳ねる。

 明白な寿命摩耗を他人事のように捉えながら記憶を掘り起こしていく。

 誰の、何なら有効か。自分がこれまで受けてきた攻撃。術式。苛烈な威力の数々は刻み込まれたこの身が憶えている。

「まだだ。使うな」

 こちらもロマンティカの治癒を受け戦線復帰したアルが両手に剣を握って夕陽の隣へ並び迎撃を開始する。

「んな簡単に命を削るなっての異常者が。それは手を出し尽くしてからにしろ」

「…言うても、あと何が」

 冷静に事実を口にしかけた夕陽の背後で、莫大な熱量が大火を生み出す。

「―――なるほど」

 大火は大槍を形作る。それを片手に握り、今なおも大気を喰らい膨張を続けていく火焔を扱うデッドロックは槍持つ右の半身を下げ腰を落とした状態。見るからにこれから投擲を行うであろうことを隠そうともしないモーション。

「今出せる一番の大砲だ。業腹だがな」

「りり。分かっているなら解るでしょう。溜まり切るまで、守るのよ」

 四方へ伸びる鎖とリボンが攻撃を絡め取り投げ返す。ヒロイックはデッドロックの眼前で固有魔法による防衛圏を築いていた。

「わかってっから黙ってろ。〝劫焦レーヴァ―――」

「…〝刻印奥義シールド〟」

「こっちも合わせるぞエレミア!〝魔光剣!〟」

「【wish届けarrived】…っ」

 それぞれの光を宿した武装から練り上げられる渾身がタイミングを一致させて同時に放たれる。

炎剣テイン!〟」

「〝魔光剣フルストライク〟」

「〝爆裂撃ブラスト!!〟」

「【成就completion!】」

 一直線に飛ぶ炎へ刻印の斬撃が追随し、爆圧と願いの力が強引に攻防一体となっているマギア・ドラゴンの無茶苦茶な弾幕を貫いて切り開く。

『キャはは!!』

 上半身ごと消し飛んだはずの肉体の断面から悲鳴のような甲高い笑い声。これだけ意気を合した力でも児戯とばかりに笑い飛ばしてみせる。

 残り火を踏み潰して即時再生を始めるドラゴンへ向けて四者の疾走が始まる。

「ふっ!」

 ブーツで地を砕きながらエレミアが跳躍する。どこから現れたか無数の銃火器から放たれる鉛玉は夕陽の五行から生み出された岩の砲弾が防ぐ。

 エレミアがドラゴンの再生途中の頭部頭上へ到達したのを見計らったように、足元へ滑り込んだアルとディアンの剣閃が魔竜の前足を両断。体勢を崩す。

 エレミアの指に嵌まるリングが光る。聖別を受けた宝石の指輪には魔法を行使する力がある。魔力を注ぎ込み、イメージするのは氷結。

 一瞬の後、肉が盛り上がり元の姿を取り戻さんとしていたドラゴンの断面を魔法が凍結させた。氷塊となった上半身に一度着地して様子を窺おうとしたエレミアも、すぐさまその場から跳び退いて離脱する。

 凍てついた断面がそれでも再生を押し通そうと蠢き、直後に断面を氷結で蓋されていたドラゴンの身体が破裂する。

「…なんて、強引な」

 ドラゴンから離れたエレミアが啞然とした声で呟いた。

「肉体を四散させてからの再生…。確かにそれなら凍てつかせたところで意味はありません。ですがこれは、これはもはや生物の挙動では…」

「ええ。生物ではないのでしょう」

 散らばった臓物や肉体の破片が新たな攻撃手段となりエレミアへ飛来したところ、これを指のひと鳴らしで発生した雷撃で灰塵に変えた人影が応じる。

「予想以上ですが想定内でもあります。夕陽!話はひと通りロマンティカから!」

「聞いたよ!暇潰しで世界を壊されちゃたまんない!」

「止めるぞ、ここで!」

 行動可能域まで回復した竜達が人化状態で参戦する。

「デッドロック。まだか!」

「もーちょい、時間が欲しーなぁ。でなきゃアレを消し飛ばす一発に、ならねー…」

 自身の炎熱で腕が焦げ付いているデッドロックも上がり続ける威力を押し留めるので精一杯の様子だ。問うた夕陽も頷いて刃を構える。

「頼む。俺も…いざって時の用意はしておく」

 ジジジ…と刻印が顔の半面を蝕む感覚に不快感を覚えながら、装填するべき術法の選定に意識を割く。

 総勢八名となった世界破滅の脅威を阻む者達を見下ろすマギア・ドラゴンは興奮する子供のように生えた前足で地面を叩きながら狂気の高笑いを繰り返す。


 発動者は倒したものの、かの老竜によって最後まで死守された術式起動の要である祭壇と空位の玉座はまだ残されている。『浮上』の術式はまだ止まっていない。

 残された時間は、あと二十八分。

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