VS 古闇竜ドラクロア


 『天』の祖竜ゼナフォースにはもとより、他の祖のように特殊な力は備わっていなかった。

 ただしとびきり竜種として強力で、強烈で、気まぐれな存在ではあった。

 風のように吹くまま吹かれるままかと思えば、天気雨のように機嫌を変え、雷のように凄絶に荒れ狂うことも。

 その一挙一動が世界の気候気象そのもののようであるとされてきたが故の『そら』の二つ名。ゼナフォースから生まれ落ちた後継の竜種達がそれぞれに天候になぞらえた銘を冠しているのもそれが理由だ。

 そんな力の一部を隔世遺伝として呼び覚ましたヴェリテの雷はまさしく次元違いのものへと昇華されていた。

 一撃、振るうその度に大気が轟き闇の領域が震撼する。

 既に相手は格下ではなく、自らと同格と見なしたドラクロアが全力で破壊された絶滅領域の修復にリソースの何割かを回す。

 祖竜格を三体同時に相手取るのならばこのフィールドは勝利する為の絶対要素となる。ここを完全に破壊されればいかなドラクロアといえども敗北の目が色濃くなるのは明白だった。

 前面に展開した闇の防壁が吹き散らされる。覚醒シュライティアによる位相ベクトルのズラしを受け、防御が遅れたドラクロアへとヴェリテの白雷が放射される。

『ぐ…』

 雷撃という性質を抜きにして、このブレスは純粋に出力が桁違いだった。どうにか身に纏う闇ごと受け流すようにして直撃は避けたが、それでも身体に駆け巡る激痛は熱した鉄の棒で骨肉を焼きながら抉り取られるような感覚に近かった。

 竜都を地上に再誕させたのちに来る人との一大決戦に向けて余力を残しておきたかったが、こうなると話は変わる。

『来たれ、隕鉄』

 一際広がった闇の天蓋から、ひとつふたつと徐々に数を増やしながら炎熱に包まれた岩塊が彼方より飛来する。

 絶滅空間内にのみ限り、かの竜王の扱う秘儀とすら並ぶ隕石群ハルマゲドン。既に翁竜の目覚めから一度、マギア・ドラゴンなる存在に向けて叩きつけているものだが、二発目までのクールタイムはギリギリで間に合っている。

 いち早く反応を見せたのはヴェリテとシュライティア。同時に闇空へと渾身のブレスを放つ。

 一秒にも満たない意識の空隙を見逃さず、ここにきて初めてドラクロアはその巨体を自ら前進させて敵へと肉薄する。

 太い尾でまずはシュライティアを弾き飛ばした。

『…ッ、これは!』

 打ち据えられたシュライティアが即座に気付く。これは純粋な打撃以上に厄介だ。

 闇の魔力による能力減衰。自分の中にある力が削げ落ちたことを自覚するや否や、隕石群を迎撃ではなく祖竜能力による受け逸らしへと対応を変える。

 が、これにより手数の減った状態のヴェリテへとさらにドラクロアから破壊のブレスが伸びる。隕石へ攻撃を放ったばかりのヴェリテでは間に合わず、片翼を盾のように展開することでブレスを防いだ。

 立て直しを図る間も与えず空間圧縮を行い、ブレスで損傷した片翼がさらにひしゃげる。もはや万全の機動力は奪われたも同然だった。苦し紛れか振り回される白雷も、直撃さえしなければ問題ない。

(厄介なのは『天』の威力性能と『気』の妨害能力。この二つを押さえ込めば)

 どちらも異常にして超常。古闇竜の独壇場でここまで暴れ回られるのは一重にこれらの力が大きい。

 隕石の雨はまだ続く。直上からの脅威に晒され続けながら制限を受けた状態でどこまで抗えるか。

 ドラクロアには弱いものをいたぶる趣味も、迫る勝利を前に手を緩める甘さも無い。絶命を見届けるまで攻勢をやめるつもりはなかった。

 その熱心さ。言い換えれば敵への真摯さが逆に彼に死角を生ませた。

『…、!?』

 いない。どこにも。

 最奥で支援に徹していたはずの、真銀の姿が掻き消えていた。

(しまった、目眩まし…!)

 眩いばかりの白雷はただいたずらに撒き散らされているわけではなかった。闇の中で際立って輝く雷と砕かれた隕鉄はあまりにも視界を遮り過ぎていた。竜化して目視で捉えやすくなっていたヴェリテとシュライティアを、視野狭窄の中でここまで目立たせていたのはこの為かと勘付く。

『今です、エヴレナ!!』

 叫ぶヴェリテの視線は隕石と空間圧縮に挟まれた苦境にあってもこちらへ向いていた。否、正しくはドラクロアを抜いてさらにその奥。

(後ろか!)

 振り返りながら全力で後方一帯の空間を圧し潰す。

 空振り。手応え無し。

『―――!!』

『なんて、私らしくもないことを。悪竜でもあるまいし』

 くすりと笑うヴェリテに怒りは湧かない。今はそれよりも真銀竜の行方を。

 

『すぅ―――』


 壊音入り混じる戦場の中で、その小さな吸音は警戒を最大限上げていたドラクロアの耳に届いた。

 思考を介在させる間も惜しいままに頭部を持ち上げ上空へ向けて闇のブレスを撃つ。

 その先には飛来する隕石。そのひとつを撃ち抜いて、ブレスは隕石の反対側から突き抜けた白銀のブレスと衝突した。

『うう゛うう~~!!』

(隕石群ハルマゲドンに紛れて空からの急襲とはな。神竜の小柄を活かした隠れ蓑に使われたか!)

 竜の世界では日常茶飯事で見かけるであろう、ブレスの威力比べ。

 しかしこれは竜種の全盛期であろうと目撃した者はいないだろう、祖の力を交えた極大の衝突。

 やはりというべきか、軍配は領域の強化バフが乗っているドラクロアにあった。

 徐々に押し込まれる白銀のブレス。全力を出し尽くすエヴレナを支えるように、片翼を失ったヴェリテが横合いから瞬間最大出力の白雷を墜とす。

 さらには能力の削ぎ落とされたシュライティアもが自衛の手段を全て捨てて残る力で闇のブレスへの干渉を試みる。一極集中でエヴレナへ指向されていたブレスの威力が拡散されていく。

『うゥォオおおおおお!!』

 それだけしても尚、ドラクロアのブレスは勢いを衰えさせない。

 だが。

『ううう、ううぅあああああああああ!!!』

 真銀竜は『秩序』の担い手。『混沌』と『世界の敵』に対してはどこまでも出力が上がり続ける性質がある。

 血を吐きながらの全霊のブレスはやがて劣勢を覆し、ドラクロア側へと膨らみながら追い込んでいく。

『負けない!負けない!!わたしたちは!この世界を守る!!』

 子供の我儘のように、それでいて責務を果たす大人のように。自他へ言い聞かせるように幼い声音で叫ぶエヴレナに、ドラクロアは純白に染まる視界の中で懐かしき姿を幻視した。

 一生懸命で、健気で、どんな時でも諦めることを止めなかった彼女。

 たしか、あの姫も、こんな。


『そうか』


 柔らかく微笑んだ古闇竜が、最後に白銀の奔流の中で小さく小さく、何かに思い至ったような呟きを漏らした。

 そうして、闇の領域は天蓋から割れて崩れ果てていく。

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