無限の魔法使い


「悪い、思ったより遅れた」

「……これが、マギア・ドラゴン」


 多種多様に渡る攻撃手段に四苦八苦していたディアンとエレミアを援護する形で飛んできた斬撃と鎖に、二人は即座に反応した。

「夕陽!……と、お前は」

「仲間入り…なんてことはないのですよね?」

 夕陽と共にやって来た黄色いドレス姿のヒロイックを認めて剥き出しの敵意を隠そうともせずぶつけるも、当のヒロイックはそんな二人のことなど眼中にもなくその先にある巨大な竜型のシルエットを見上げていた。

「今だけ共闘だ。あの竜モドキを倒すまでのな」

 彼女自身がなんの釈明もしない為に渋々夕陽が代弁すると、眉間に皺を寄せたままではあるもののディアンもエレミアもひとまずの納得をしたようだった。

「お前がそう言うならそうなんだろうが…それにしてもついさっき地上で殺し合ったばっかのヤツをそう簡単に受け入れるもんかね」

「ねっ。そう思うよねっ!ユーってほんとにどこまでおばかなのも~~!!」

 ポケットから飛び出したロマンティカが悶々とした様子で夕陽の頭をぽかぽかと叩く。

「うるさいな、どれもこれも全部いっぺんに相手するよりかはマシだと思ったんだよ。それに…」

 言葉途中で姿もブレた夕陽が瞬きの合間にドラゴンから放たれたミサイルのような飛び道具を全て斬り伏せて前に出る。

「少しでも戦力を増やさないと、アレは無理だ」

 マギア・ドラゴン。気まぐれの最強にして情念の集積体。

 もはや〝干渉〟の異能を使うまでもなく、刻印に浸食されたその右目にはおぞましいまでの魔力と呼ばれるエネルギーの奔流と、未知に未知を重ねた異形の深淵が視えていた。

 内蔵されている魔力量は底知れない。どころか、おそらく底が無い。

 無尽蔵の魔力を振るう無限の魔竜。

 対処は極めて困難といえるだろう。

「ヒロイック。どうすればヤツは倒れる」

 この中で唯一、あの存在に理解のある少女に問いかける。その最中にも飛び交う爆撃と氷塊の豪雨を四人で捌きながら、

「無いわ。アレは倒れないし倒せない」

 ヒロイックはそんな絶望的な情報をけろりと口にした。

「そうかよッ!」

 単身、猛撃の隙間に無理矢理身体を捩じ込むように前へ出た夕陽が、巨大な竜の真横をすれ違い様に一太刀入れて即座に離れる。

 神刀と名高い神代三剣の斬撃を受け、それなりの浄化と調伏を発揮したはずの斬り傷は、数秒の後に塞がり消えた。

「チィ!」

「わかったかしら?無限に湧く魔力を前に如何なるダメージも意味を成さない。無限を超える威力は存在しないのだから」

「じゃあなんだ、地下も地上も好き勝手遊び道具にされるのを黙って見てろってのかよ」

 片刃剣を構え夕陽の援護に出たディアンの言葉に、しかしヒロイックは首を横に振るった。鎖とリボンが彼女の周囲から召喚され、ディアン同様攻撃の援護と防御の支援に回る。

「いいえ。マギア・ドラゴンは最強で無敵。だけれどそこに明確な意思も目的もまた存在していない。ただ退屈だから、物足りないから、だから遊ぶ道具を求める」

 つまり、と続けてヒロイックは束ねた鎖の鉄塊でドラゴンの頭部を打ち砕く。

。退屈ではないと、この世界の証明を私達で成せばいい。それが勝利条件」

「その、基準はどう判断すればよいのでしょうか?」

 魔法と剣技、加えてウィッシュの強化と体技すら用いて敵の多彩な攻撃に対応するエレミアが詳細を問うも、返る言葉は空しく手応えのないものだった。

「わからない。基準はマギア・ドラゴンが決める。アレが満足しないのなら、いつまでも遊び続けるでしょう」

「悪夢みてぇな話だな……!!」

 歯噛みする夕陽は考える。手足を飛ばす程度、頭を粉砕する程度ではこのドラゴンは止まらなかった。

 ならばどうする。それ以上の攻撃、それ以上の威力で。それこそあの巨体全てを消し飛ばすほどのものでなければ必要最低限の『基準』とやらは満たせないのではないか。

 この場四名、誰しもが常人を大きく超える実力を持った豪傑であることは間違いない。だがそのどれもが対個に大きく重きを置いている能力者だ。軍団や群体、巨大な怪物を丸ごとに消し飛ばすほどの出力をとなればそれなりの溜めや事前の準備が必要になる。

 それを、絶えず雨霰と攻撃を撒き散らすあそびつづけるあのドラゴン相手にぶつけることが出来るのか。

 日向日和が維持を確約した地上防衛のリミットまで一時間を切っている。誰がやれるか。誰が、それを成せるか。


「ハッ。思ったよりもチョロい悪夢だ」


 爆炎。劫焔。

 二重の火柱がドラゴンを焼き払い身をボロボロに焼失させていく。

 束の間に得た時間を稼いだのは剣士と槍士。

「アル!」

「待たせた」

「運んだのはあたしだが?」

 仏頂面のデッドロックに槍の柄で頭を小突かれるアルは、青筋を浮かべながら杖を頼りに覚束ない足取りでこちらへとやってくる。相当な負傷であることを物語るその様子に口を挟む前に、

「やれるだろ、これだけいれば。それに…」

 杖を持つ逆の手の親指を立て、向けた先には漆黒の宮。そこに白い亀裂を奔らせ内側から闇の空間が瓦解していく。

「どうせまだ増える」

 古き闇の裡。何らかの決着を迎えたことを伝える破砕音が鳴り響いた。

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