VS 『虹蛇』のロア・アイダ・ウェド (後編)


 劫火の槍を突き立てポールダンスのように滑らかに振り回すデッドロックの翻るスカートから繰り出される脚撃が屍兵の首をへし折り後続ごと吹き飛ばす。

 続いて飛び上がる敵、水面を這うように飛び掛かる敵へと展開したいくつもの魔槍が直線軌道で射出され血飛沫と水飛沫が同時に上がる。

(…あいつ。これまでに、どれだけを)

 倒しても倒しても浅い水底から噴き上がる敵の数は減らない。

 『虹蛇』の結界における使い魔とは結界主の特性上制限が実質的に存在しない。

 『ネガ』自身が使役する本来の意味による使い魔とは異なり、この結界では対峙する相手の経験で質と量が変動する例外的な結界だ。

 自身の手で命を絶った者。それが全て使い魔として呼び起こされる。

 現在デッドロックは魔力で練り上げた分身二体と共にその迎撃に当たっている。飛び抜けた近接戦技を保有する槍術の達人三人掛かりでも勢いを押し返せない。どころか刻一刻と屍の波は大きくなっている。

 いくつの屍山を築き血河を超えればこれほどの総量を抱えることになるのか。

 褐色の妖魔が内に抱えるカルマの深さにぞっとする。

 対して。

(化け物め)

 それは眼前の『ネガ』にではなく、後方で屍の猛攻を凌いでいる即席の相方へ向けたもの。

 幾百幾千と、妖精崩れの悪魔は己が出自と犯した大罪から様々な種族と戦い、これを降してきた。同胞たる妖精、半身たる悪魔、魔獣幻獣、、亡霊神霊、魔神天神、人間、特異家系。

 無論無傷で済ませた戦いもあった。数えきれない雑魚も。ただしそれはアルという存在の戦闘歴において一割二割程度しか占めない。

 その総結集を押さえ込む。その脅威を誰より知っているからこそ至難を理解している。

 いくら掛け値なし、正真正銘の化物だったとしても無限に凌げるものではない。

 バキンと荒々しい音を響かせ右手の雷刀が折れる。真名ごと砕かれた刀から稲光が絶え、ただの刀となって失われた雷の隙間から水の刃が肩へと食い込む。

「〝凍てつけ大海イル・ウルズ〟」

 構わず折れた断面をアッパーのように真下から『虹蛇』の顎へ刺し込む。ほとんど刀身の無いそれは口腔を串刺しにするも頭蓋の中心までは届かない。

 即座に柄を手放し、未だ眼前を回転している折れた刀身を引っ掴む。

 途端に刀身は握る手の内から柄と鍔を形作り、脇差のような短さの短刀として再構築される。そこへ血の滴る指でルーンを書き足し水面へと投げ捨てた。

「〝術付ルーイン瀑氷散刀ムラサメ!〟」

 着水と同時に短刀から急速に冷気が広がり、踝までを濡らす水面は瞬く間に氷面へと様変わりする。

 結界の領域支配権はあちらにある。意表を突いてもすぐさまテリトリーは強制的に元に戻されるだろう。

 両手持ちに切り替えた残る雷刀で斬撃を振り落とす。

 宙を漂う形でストックされていた超高圧縮水球から伸びるウォーターカッターを、雷撃を刀身に纏わせる形で切断力を上げた〝断雷千鳥ライキリ〟で受け流す。次の一撃を放つ前に足元の抵抗が無くなっていることに気付く。自身と敵の脚ごと凍てつかせていた凍結が既に解け出していた。

「クソが!デッドロック!!」

「ハァ!!」

 正面の水圧レーザーに集中していたアルを取り囲む水竜の群れをデッドロックが投げつけた槍の爆炎が散らす。一時的に露わになる大地から新たに二つの槍が火焔を巻いて生み出される。

「〝五ッ叉に宿る神緋よケンスズ・ウルスズ!!〟〝絶えず都市焼く陽焔の穂先よソウェイル・ユル・ハガル!!〟」

 ルーンを全力活用した神域兵装の鍛造行程全省略フルキャンセル。当然ながらそれなりの反動に吐血だけでないダメージが全身を駆け巡るが、やはり無視してアルは二つの神槍を起爆させる。

 〝五岐灼槍ブリューナク〟と〝焔滅陽鑓アーラヴァル〟。共に太陽神の所有物にしてケルトの最高神威。

 この双つの顕現はネガ結界という限定領域に広がる全ての水面を蒸発させ、大地すらも焼き焦がす。

 妖精界において災技『太陽神話イルダーナ』と呼ばれ恐れられた、文字通り世界を焼く火であり、現実世界では一度として放たれたことのない禁じ手。


 ―――を、以てしても。


 焼き尽くされた結界の中でぽつんと立ち尽くす影。無尽蔵の水を蒸発前にかき集め創り上げた水牢に自らを幽閉することで己が権能を全て防御に回し生き延びた『虹蛇』が牢を解除し、ほどけた水が再度の高圧縮を受けて正面に頽れる妖魔の眉間と心臓を貫く。

 確実な致命傷を受け、妖魔は。

「へ」

 にやりと嗤い、

「勝ちだ、水使い」

 とすっ、と軽い音で後頭部から少女の頭蓋を穿ち額から刃を突き抜けさせた妖魔が勝利を宣言する。

 『虹蛇』が貫いたのは炎熱に紛れて生み出された焔の幻影。災技発動前に遥か上空へと退避していたデッドロックが残した魔力の傀儡。

 最後の刃となった雷刀から爆ぜる稲妻が『虹蛇』の頭部を粉砕し、焼けた結界は自壊して消えていく。




     ーーーーー


「置いてくぞー?妖魔」

「待てやクソアマ…!」


 元の薄暗い地下世界へと帰還したデッドロックが槍を担いで振り返る。うつ伏せに倒れたまま黒い煙を全身から上げるアルは口の悪さに反してぴくりとも動けていなかった。

「そりゃ、あんなん使ったらそーなるわな。もう戦うの無理じゃね?」

「まだやれるっつの。ナメんな」

 緩慢な動作でゆっくり地面を擦ると、そこから一本の杖が鍛造される。それを支えに老人のような動きでアルは上体を起こした。

(だァー、〝癒冠宝杖アスクレピオス〟が全然意味を成してねェ。継続治癒リジェネがカスすぎる)

 武装生成以外がほとんど低練度でしか造れないアルの生み出す医神の杖は粗悪品にもほどがある。これで受けられる回復の恩恵は雀の涙より少ないだろう。

「あーあーったくもー」

 見るに見かねたデッドロックが槍の穂先でアルの衣服を巻き上げてそのまま持ち上げる。

「オイふざけんな。運ぶんならもっと丁寧にやりやがれ」

「運んでやるだけ感謝してほしーぜ。急ぐんだからゴチャゴチャ言わない」

 壮絶な一戦のあととは思えない呑気な罵り合いを交わしながら、槍でアルを担いだデッドロックがさらなる下層へ向けて走り出す。





     『メモ(information)』


 ・『虹蛇』のネガ撃破、結界離脱。


 ・『妖魔アル』重傷。


 ・『反英雄デッドロック』、中傷。残魔力四割。

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