終戦後(ヴィラン)2


 社長戦争は終わりを迎えつつあった。

 燃え盛る大地、黒く渦巻く濃い雲間からは稲光が絶えず轟音を引き連れ鳴り渡る。

 低空に留まり大翼を羽ばたかせる雷竜ヴェリテは、眼下の光景を一瞥してから呼吸を落ち着けた。

 竜本来の姿で猛威を振るったヴェリテの撃破数は凄まじいものであった。

 ベル所有の代理者とは別に裏切りの報復として送られて来た刺客の数々もその全てが返り討ちにされ、様々な名を与えられた地形領域諸々の大半は瓦礫と焦土で引っ繰り返されている。


『…次は?まさかもう終わりですか?』


 傷つき血を流す雷竜の表情は読めないが、少なくとも疲弊の色は見えない。

 誰しもがこの惨状に首を突っ込もうとは考えなかった。無知無謀、あるいは闘いそのものに興や悦を覚える者でなければ、もうこの強力凶悪な竜種に立ち向かおうとする愚か者は存在しない。死骸と残骸の他には無人。

 そんな荒地へと足を踏み入れた男が一人。

「……竜か。またお伽噺みたいなのが出てきたなあ」

 呑気に、それでいて目を離せない剣呑な気配を漂わせる青年。

 ヴェリテは強烈な既視感に瞳を細める。

『退魔の家系ですか』

「知ってるのかい。そりゃあ光栄、あと意外だね」

 青年を中心に、まるで恒星のように周回する九つの陽玉。一つ一つに接近を許してはならない脅威が詰め込まれているのを瞬時に理解する。

 微笑む青年と翼を唸らせ帯電を始めたヴェリテ。無言の間を割り裂くようにアナウンスは流れる。

「アナウンスでも流してくれてるけど、せっかく退魔師ぼくを知っている相手なんだ。たまには自ら名乗ろうか」

 魔を退ける者、その一族、その長。

 火行の真髄を極めた陽光の使い手。

「特異家系が一つ。陽向家現当主、陽向旭。この最終盤まで残っていた君に最早退けなどという無粋は言わないよ。尋常に、勝負といこう」

『雷の竜、ヴェリテ。…こちらも、退魔師というものの強大さは少し前に骨身に染みるほど思い知らされました。加減は致しません』

 じき正午。

 どちらにとってもこれが最終戦。

 正規の手順を踏んで、人と竜が余力を残さない全身全霊の激突を開始する。




     -----


「ふむ。終了ですか」


 社長戦争、終戦。

 リンドは空中に投影されたいくつものモニターを目で追いながら独り呟く。

(ふむふむふむ。なるほどなるほど。掻き集めた精鋭チート様方は思ったより使えませんでしたね。本当、数値だけならダントツでトップだったはずなのですが、これだから気分屋の多いチート持ちは頼りにし切れません)

 終わってみれば、中々自陣営の勝率は芳しくない。Ⓙ陣営の健闘が予測を遥かに上回っていたというのが要因としては大きかった。

(まあ負けならそれはそれで。上には怒られてしまいますが、それなら取り返せばいいだけの話。社長戦争などという『お遊び』で本当に転移技術を独占されては困りますし)

 リンドは社長戦争という競争で負けたところでどうとも思っていない。取られたなら、こっちも力尽くで奪えばいい。代理なんて七面倒臭い真似をせずとも、リンドを末端とする彼らにならそれが出来るのだから。

「それでは一度態勢を立て直すとして。…

 向けた視線の先、空間を開いて現れたそれはいきなりの強襲に左半身を抹消されながらも驚いた様子もなく残った片目でリンドを見た。

「いたぁ」

 即座に行われる復元工程リロード・スペアを終え、高月あやかはニタリと身震いする笑みを浮かべた。

「いい加減にしてもらいたいですね。あの大鬼といい、どうやったらこの空間に割り込めるのですか」

「へっへっ、別に難しいことしてないさ。いや結構むずかったけど」

 ベルを失った代理者は、よほどのペナルティを侵していない限りはある程度自由意志で戦場に居残れた。目的を達したあやかは魔法陣の転移を受け入れ、そして転移そのものを〝〟させた。

「異世界転移とかいうのをリロードして、本来戻るべきだった世界をすっ飛ばして彼方の此処まで飛んできた」

 高月あやかには疑問があった。

 元の世界の記憶が欠けている。何もかもが曖昧で、どうにも違和感が常に付きまとっていた。

 何故か?

 それは肉体の崩壊を自覚すると共に理解に至る。

「テメェだろ?俺様を作り直しやがったのは」

 いくらスペアで治しても治らない亀裂は徐々に広がり、今やあやかの左半分ほどは先の抹消BAN攻撃を受ける前から崩れ始めていた。

 高月あやかは複製技術なるものを知らなかった。だけどこれだけは確かだ。

「死んだ俺様の本体オリジナルから俺様コピーを写し取った。そうだろ?じゃなきゃ辻褄合わないもんなァ!!」

 魔女が吼える。それは勝てないと知った上での威勢。

 本当なら最後の最期、日向日和によって殺されることを選ぼうとした。だが治まらないこの怒り、抱えたままではまだ死ねない。


『輪廻転生して出直せ』。

『お前が最期をそうと決めたのならば好きにしろ』。

『さよならだ、あやか』


 それにどうやら、日和には隠し通せていなかったらしい。

「一矢、報いてやるよ小娘。全存在を賭した最大級のリロード受けて見ろ」

 半分以上力を失った状態からでは正体不明のリンドなる相手には絶対に勝てない。

 だが逃げ続けたところで崩壊からは逃れられない。リロードで引き伸ばした時間もいずれ限界が来る。

 今やるしかない。

「はあ。手間ですが、自らの蒔いた種であるのも事実。いいでしょう、この場で刈り取って差し上げます」

 リンドが掌を向ける。

 この闘いは勝敗を重視するものではない。

 必敗の先、


「行くぞおらぁ!精々ッ、俺様をッ!楽しませてみせろおおおおお!!!」


 魔女は死を恐れない。

 友を得たから。

 対等な関係を築けたから。

 名前を呼んで貰えたから。

 

 だから魔女はただ。

 砕け、散り。

 そして逝く。

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