終戦後(ヴィラン)1


「クックク、クカカカカッ!」


 廃ビルの残骸に腰掛け、一升瓶を煽る巨躯の漢は実に良い気分だった。久方ぶりの爽快な闘いであったと。

「やァっぱ人間だな。オレらと違って、上限ってモンがねェ。どこまでも上がる。だからオレ様もかつてやられた」

 自他共に最強と認めるかの大鬼・酒呑童子は愉し気に語り瓶を干す。

「そうは思わねェか?アルよ」

 最後の一滴を舌で掬い取りながら、酒呑は足音の方へと顔を向ける。

 そこでは褐色肌の青年が、ぶらりと下げた両手に刀を握って立っている。

「まあな。確かに面白ぇ野郎とやれた。…だが」

 右手の刃を持ち上げ、その切っ先を鬼の眉間へ定める。

「物足りないだろ?オラ、やろうぜクソ鬼。今度こそぶちのめす」

 その二刀は大鬼に対する特効を秘めたとある大業物、その模造。

 かつて丹波国大江山に住み付いた悪しき鬼の首を一太刀のもとに斬り落とした伝承を保有する刀。後の世において天下五剣の一つに数えられる、江戸時代の刀工安綱が鍛え上げた無二の名刀。

 〝悪鬼滅刀ドウジキリ〟。

「また本物は使わねェつもりか。どこまでも強情な奴だな」

「アレで勝っても嬉しかないからな」

 自身の力で勝ってこそ、愉しい。

 だから童子切安綱オリジナルは使わない。

 そんなアルの性根を鬼は善しとしていたのも確かだった。

「クカカッ。まァ、鬼を殺すのは人だが…テメェ如きでも、あるいは倒すくらいは叶うのかもしれねェからなァ」

「だーから言ってんだろ。ぶちのめす。今度こそだ」

 今のところは連敗。だが次。次こそ必ず。

「…あァ、そうだアル」

 構えるということを知らない大鬼は、手足を弛緩させたまま殺意滾らすアルへと呑気な調子で一言告げる。

「気が済んだら一献付き合えよ。やっぱ一人酒ってのはどうにもしっくりこねェんだ」

 鬼にとっては何気ない言葉だったのだろうが、これが大いにアルという戦闘狂の思考を掻き乱した。

「……その、勝敗が分かり切ってますみたいな態度が最高にイラつくってんだよ、なあ……ッ!!」

 ざわつく胸中を抑え込み、アルという魔性が並大抵の実力では見切ることすら不可能な高速の斬撃を振るい放つ。




     -----


 ―――ゴゴォン……ッ!!!


「…おいっ。またやってんのかあの馬鹿共!!」


 離れていても感じ取れる人外同士の激突。間違いなく戦闘狂達のぶつかり合いだと少年は断ずる。

「暇さえあればすぐこれだ!また父さんの結界張り直しになるじゃねえか」

「早く止めよう、守羽。これ以上旭さんの負担を増やすと過労で倒れかねないよ」

 少年と共に街中を歩いていた黒い長髪の少女も、事態の迅速な収束の為に動こうと一歩前に踏み込んだ。

「うぉーい!守羽!静音センパイっ!!」

 その時、歩道の向こう側から大声量で走り来る小喧しい友人が。

「あー!見つけたー!」

 そして背後からは幼い声色で二人を指差すニット帽の少女が現れる。

「由音か!ちょうどいいとこに来たなお前」

「シェリア。どうしたの?そんなに急いで」

 前方から来る東雲由音を守羽が、後方から跳び付いてきたシェリアシャルルを静音がそれぞれ対応する。

「なあなあ!聞いてくれよ俺異世界に転移したんだけどさ!!」

「意外だな、お前小説なんて読んで理解できる頭持ってたのか」

「ちっげぇよマジで異世界に行って来たんだって!」

 肩を掴んでガクガク揺さぶる由音の相手に難儀していたところ、シェリアが静音に抱き着いたまま、

「えーユイも?ほんと?」

「…も、ってことはシェリアも行って来たの?異世界」

「うんっ。そんでねシズ姉、すんごい強くてかっこいいおにーさんがいてねー?」

 この二人に限ってそんな突拍子もない嘘を吐くようなことはありえまいが、如何せん内容がアレ過ぎる。二人して偶然にも同じ夢を見たと考えた方がよっぽど納得できる程度には。

「やべえぞ異世界の連中!普通に戦っても勝てるか怪しいのばっかだった!」

「ほーそうかそいつはやばかったなー。とりあえずお前ら廃ビル群の方で暴れ回ってるあの二人食い止めてきてくれるか」

「またやってんのか!よっしゃシェリア行こうぜっ」

 雑な扱われ方にも文句ひとつ溢さず、すぐさま意識を切り替えて進路反転手を伸ばす。

「うん!いこ、ユイ!」

 そんな由音の手を握り、風纏うシェリアが由音ごと空を飛翔し目的の荒地へ一直線に飛び立った。

「そんな堂々と飛んでくな!一般人に見られたらどうすんだよ!」

「大丈夫、じゃないかな。たぶん風の精霊がうまく誤魔化してくれるよ」

 突風になびく髪を押さえ、静音が二人を見送りながら答えた。

「ほら、私達も急ごう?壊れた箇所は私が〝復元〟するから」

「…すみませんね。毎度毎度お手間をお掛けしまして」

「気にしないで。私達は皆で一蓮托生だって、そう話したでしょ?」

 そう言って柔らかく微笑んだ先輩の細く小さな手が、ゆるりと守羽の片手を掴んで離さなかった。




 ―――これはいつかの時代の、いつかの一幕。

 特殊な出自を持つとある少年が、『鬼殺し』と呼ばれ数多の戦乱に呑み込まれるどこかの物語。




     -----


「よう、らしくねえじゃねーの。負けたかファル爺」

「…は、面目次第もありませぬ」


 人の世ではありえない、広大な恵みの大地。花咲き乱れ木々生い茂る精霊妖精の楽園。

 人界に在らぬこの場は〝具現界域・妖精界〟。

 またの名を『神聖理想国土グリトニルハイム』。

 その唯一最大国王城、玉座の間で片膝を着くは全身真白の老妖精。ジャックフロストのファルスフィス。

「如何な罰則でも、お受け致す所存です」

「ねーよんなもん。ってかお前が勝手に行って勝手に負けただけの話だろ、別に俺が王権全開で命じたわけでもなし」

 玉座で足を組む筋骨隆々の漢は、およそ妖精と呼ぶに似合わない図体で鬱陶し気に豪奢なローブを身から剥がして背もたれに投げ掛けた。

「ただ?異世界ってなぁ興味があるな。もし次があるなら俺も連れてけよファル爺。無論お前とて負けっぱで終わる気はねーんだろ」

「いえそれは…王よ、貴方が此処を離れることは世界の維持に関わります故。どうかお考え直しを」

「ルルナテューリがいるだろ。構築維持だけならあの小娘一人で十分だ」

 歴代の中でも特別自由奔放勝手気儘に過ごし続ける妖精王イクスエキナは、そうやってまたも波乱の渦中に思いを馳せる。




 ―――これはとある世界の平穏な一時。

 閉鎖的な環境を好む内向的な妖精種の中において、一際外界へ興味を抱く妖精の王と、それを取り巻く苦労屋達のお話。




     -----

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る