放たれる最終指令、第一射


 領域ゾーン解放。

 飛竜の背に立ったまま、高高度の上空で強風に煽られながらも日向夕陽の体幹は一ミリもブレない。

 飛翔する先は巨人とは真逆。叶遥加の警告を受け、迅速にその脅威を捉え真っ先に倒すべき敵に背後を晒してまで夕陽はそこへ向かう。

 視界の先には瞼を焼かんばかりの熱量。太陽が如き巨大な火球。

 豪速で迫る火球に対し、夕陽の動きは酷く緩慢だった。ゆっくり、そっと、右手を左手で握る刀の柄へと伸ばす。

 構え無き構え。天壌無窮に等しい限りなくクリアな思考の中で、夕陽は恐怖や焦燥といった負念を静かに押さえ付け、柄を握る。

 この飛竜は竜種として非常に優秀だ。眼前を焼く破壊的な一撃を前にしてもまるで臆さない。速度を一切落とすことなく突き進む飛竜に心中で礼を告げ、柄を握ったまま深く腰を落とし。

 夕陽の姿は飛竜の背から消え失せた。

 挙動を見切れた者は少ない。最低限の〝倍加〟で最大限の強化を施し、縮地のような間合いの詰め方で火球へと至る。

 刀身を抜き切るまでの間に両腕の刻印が光り、効力を発揮する。躰を浸食する紋様は既に彼の首筋や胸部にまで這っていた。

 与えられた知識、技術、能力。その全てを総動員させて練り上げ繰り出す会心渾身の一斬。

 〝刻印奥義シールド朧鞘離アブストラクト〟。

 鞘を奔り、抜き放たれた切っ先の速度は如何なるものか。人の目には軌道も軌跡も追えぬ神速の抜刀。すなわちこれ居合の太刀。

 二尺八寸の抜き身をゆうに超える火球の正中線をなぞるように振るわれた居合抜きが、火焔の塊を縦に両断した。

「待ってろ、今行く」

 空中で追いついた飛竜の背に再び着地し、夕陽は偉業の余韻も放り捨て友のもとへと急ぐ。




     ーーーーー


「―――本当に」


 後方で起きる異常事態にも動じることなく、最初に巨人の頭部に到達したのは『桔梗』の飛竜を駆るディアン。身を乗り出し、片手に握る拳大の機械を投げ落とす。

 それこそは照準ビーコンと呼ばれるもの。神造巨人ヴァリスを討つべくダモクレスのレーザーを最大限集束させて放つ為のキーアイテム。

 吸着式のビーコンは頭部の表面に衝突するやそのままべったりと張り付き、赤色のランプを点滅させる。ここからは、彼女の出番だ。

「シャザラック!!」

 細い鎖で首から下げた水晶型通信端末で、この場にはいないアンドロイドの名を叫ぶ。それよりも前に、彼女はアクセスを開始していた。

『座標軸再算定、射線再照準。チャージ開始。四十秒ください』

「んなに稼げるわけっ…」

「稼ぐんだよ」

 空けた穴を埋め、無数の天使が迫り来る。巨人の頭に降り立ったディアンが片刃剣を構えるが、一体目を斬り付ける前に目の前の一団が雷電纏う金属の散弾に穿たれ消し飛ぶ。

「…よし、ヴェリテもう一発だ。撃ったらすぐ援護に出るぞ」

『竜遣いの荒い!』

 煙を上げ始めた砲身に乗ったまま、アルが三発目の砲弾を生成し装填する。文句を言いつつもヴェリテの充電は即座に始まった。

 〝電磁投射加速散弾砲レールショットガン〟は本来の性能よりも威力が大幅に落ちているが、その分の利点もある。

 通常のレールガンでは一発撃つだけで砲身が焼け付いて融解してしまうが、威力を押さえた為にこちらでは三発までは耐えられる構造となった。それに加え、電力の充電量も削減され再装填からの次弾発射速度も向上している。

三発の電磁砲弾によってあれだけいた天使の防衛網も随分と薄くなっている。どうせすぐまた巨人内部から湧いて出てくるだろうが、ひとまずは初撃を通す為に必要な秒数分だけ止められればそれでいい。


「まったく」


 この局面において事態を左右する大事が二つ。

 大天使は気付いていない。己の過信と慢心に。だから次の手が遅れる。

 そして彼女は気付いていた。己が愛し子の成長と進化に。だから普段ではありえない行動を取る。


「本当に、まったく。…強くなったね。涙が出るほど嬉しいよ」


 自らが創り出した式神竜に乗って巨人直上の天空から急降下してきた日向日和が、残り僅かとなる余力を用いて四周の下級天使を薙ぎ払い一掃した。

 

 力の残余を顧みないほどに、今の彼女は歓喜に震えていた。その勢いに巻き込まれた天使達は本当に不憫であったことだろう。これまでのどの攻撃よりも苛烈な一撃に見舞われた天使達は肉片のひとつすら残らなかった。

 次に湧く天使では間に合わない。四十秒は経過した。巨人に取り付いていた戦力は皆が示し合わせたように飛竜へ飛び移り離脱。


『はいはいセンサーに味方の熱源無し。ダモクレス、撃ちます』


 淡々とした報告の直後、音を置き去りにして純白の光柱が墜ち、巨人を覆い隠した。

 『最終指令ファイナルコード・ダモクレス』。

 巨大静止衛星から放たれた超集束狭域タキオンレーザーが巨人の外殻を破壊し、ヴァリスの進行及び侵攻を阻害する。


 ここまでは想定通り。あまりにも容易。

 星の生命体をどこまでも下に見た大天使の失態。

 だが、ここからは違う。

「…………」

 何か所かが崩壊し停止した巨人の内部から、明らかに他の天使とは気配の違う女性が現れる。能面のように張り付いた無表情で敵を眺め、そして片手を空へと向ける。

 晴天は嘘のように曇りはじめ、暗雲がミナレットスカイの空を覆う。

 破壊し分離した巨人の一部が浮き上がり、女性の周囲で止まる。瞬く間にそれらは形を変え様々な武器へと姿を変えた。

 一度にいくつもの脅威を見せつけるように展開しながら、現れた大天使ナタニエルは小さく告げる。

「どこまでも抗うか。創造主に。…創造物、風情が…ッ!!」


『ここからです。行きますよ!』

「そんなに意気込むなよ。ただの神殺しの前菜だろうが…!」

 使い物にならなくなった砲台からヴェリテに飛び移り、アルが両手に刀剣を掴んで鋭く眼光を光らせる。

 後続部隊も戦闘地域へ到達し、いよいよ飛竜団『桔梗』はその全てに人員を騎乗させた状態で展開する。

 飛翔可能な救世獣にも地上部隊が乗り込み、空中地上両面において不足は無くなった。

 これで互いに全戦力。睨み合う大天使と精鋭。無数の天使と有限の精兵達。

「ビビんじゃねェぞ!突撃だ!!」

 檄を込めた一声に呼応して部隊一丸となった鬨声が響き渡る。

 こうして、ダモクレスの二射目を通す為の衝突が始まった。





     『メモ(information)』


 ・『日向夕陽』、飛竜一騎を駆り『終演』へ急行。


 ・様子見に徹していた『日向日和』、『和御魂竜殻天将(タ号)』と共に戦場に突入。


 ・『神造巨人ヴァリス』、ダモクレスの砲撃を受け一部破損、停滞。


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