天地竜王最終決戦 2


 二匹の竜と、中途で参戦した合気の使い手。三人掛かりでも漆黒の侍女と暗黒の竜は未だ倒せない。

「今代真銀竜はまだ成熟手前。些かばかり肝を冷やしましたが、その程度であれば彼へ痛手を与えることは叶いません」

「ええ、それを補うのが黄金竜わたしの役目です。貴女も、それで異論ありませんね?」

「はい別に。元々あのわがままお姫様のご要望に応える為に馳せたのが目的ですから」

 世間話をするように話す一方で、絶えず目にも止まらぬ速度での激突は続く。

 熟練した腕前で棒術さながらに錫杖を振り回すガーデン・ローズの動きは暗黒竜からのブーストを得て人外の域にある。距離を詰めて斬撃を封じても打ち合えば押される。


『むむぅ、ばかにしてー。わたしだってやればできるんだからー!』


 その暗黒竜の全身を迸る黒い瘴気を相殺させブレスで応戦しているエヴレナの威力不足は否めない。幼き銀竜では瞬間的に溜め込める威力の量と質が劣る。せめて何に阻まれることなく時間を掛けてチャージできれば暗黒竜に致命を与えることもできようが、それはガーデン・ローズも承知の上。

 暗黒竜を簡易的に動かし、また自身も隙を見て錫杖を振るうことで爆撃と斬撃が飛翔するエヴレナを拒んでいた。

 杖で槌の振るい落しを逸らし、踏んづけた上からロングスカートを翻し強烈な回し蹴りを放つ。強靭な鱗と肉体を持つヴェリテの防御をして後方十数メートルまで下げられる。防ぐ為に差し挟んだ片腕は強い痺れに襲われていた。

(なるほど、これは)

 即座に反転し竜舞式格闘術と数十手組み合い、末に小さい舌打ちと共に飛び退る奏。

(もう一押し、必要ですか)

 共に同じ結論へ行き着く。より一手、何か強い要素が。

 余力は残さない。掲げた戦槌に落ちる雷が全身を覆う。雷竜の全力態勢。

 深く息を吐き、腰をより低く。逆鱗乱舞は一対一、あるいは味方が自分以外いない場合にのみ使用を可とする最後の手だ。ヴェリテをも敵として見なしてしまう狂化はここでは使えない。

 五分おきに隕石の雨が降る。時間は掛けられない。回避も防御も彼女らには容易のことだが、そこで晒した隙を侍女に突かれるのは非常に痛い。

 出し惜しみなく行く。ここを最終決戦として、あとには何も残さない。

 決心し、飛び出す。

「へえ。それ、角か」

 完全に二人にのみ照準を絞っていたガーデン・ローズが思いがけず背後からの急襲に背を斬られる。寸前の反応でなんとか傷は浅く済んだが、問題はそこにない。

「私に、傷を?」

 暗黒竜の加護を受け、同族の竜の攻撃にも耐えうる肉体が傷ついた。

 それはただ一つの答えを示す。

 黒き三種の竜器の担い手。ローズや交戦中のライラックを除く最後の一振り。

「グットホープ…彼の『爪』!」

「笑えるよね。自分の爪で自分を傷つけてるんだからさ」

 冷ややかに笑み、少年は刀から鎌に形を変えた武器を担ぐ。

「というわけで、遅ればせながら助太刀だ」

「ドヤ顔のところ申し訳ないのですが、遅れすぎでは?」

「スカした態度取ってるわりには登場のタイミングを弁えていませんね」

「あっれーなんか風当たり強いなー?」

 女性二人からキツイ歓迎を受け、現れたリルヤは苦笑した。

「まあとにかく、僕と雷竜の攻撃はなんとか通る。そこのあなたはそれを叩き込む為の隙を用意してくれればいい。得意でしょそういうの、白兵戦一番強そうだしね」

「急に来て指揮されるのはあまり釈然としませんが、まあ良しとしましょうか」

「倒せれば、こちらとしても文句はありません」

 リルヤを中心に、ヴェリテと奏が左右に並ぶ。これで暗黒竜討伐の条件は揃ったかに思えた。

 だが違う。


「……そういえば貴方、どうやって地上から高高度のここに?」

「いやー投げ飛ばされてね。一回死んだよ」

「え…?」


 、が正しい。


(―――んむ。あれだけいれば戦力は十分。あとは詰めていくだけだ)

 着物の袖から手が伸びる。

 遥か高みにある黒き竜へ、退魔は地上から仕掛ける。




     -----

 根比べだった。

 腹部に重傷を負ったガーデン・ライラックがどこまで粘るか。どこまで持ち堪えられるか。いつまで死なずにいられるか。

 全力に全力で応じる斧と刀の応酬。ラストアッシュの灰を鎖の形に凝固させ、刀に縛り付けた夕陽の手は既に折れている。最早刀は握るというよりは縛着させ一体化させている形に近い。そうでなければ巨大な戦斧と打ち合えない。

 絶え間なく続く衝突音に呑まれ互いの叫びは耳に入らない。凄まじい気迫で追い縋る夕陽と、さらに動きの精度を上げていくライラックは互いに互いしか見ていない。

 尋常ならざる集中力で迫る攻撃の悉くを打ち落とす。威力に押され崩した体勢すら加速動作に転じて、血涙を流し続け人間の足掻きは止まらない。

 英霊はあらゆる能力が総じて高い。加えてライラックは歴戦の英雄である。

 どんな攻撃にも必ず兆候があることを知っていた。目線、呼吸、軸の動き。完全なるノーモーションというものは実は無い。それを確立させ実行できる者がいたとしてもほんの一握り。

 だから夕陽の操る灰や五行にも対応する。背後に出現した火球が爆裂する前に身を倒し、その間にも斧で斬りかかる。集う前に灰を蹴散らす。

 全ての手が読まれている中、それでも愚直に攻め手は変えない。夕陽には日和と違って戦い方が極めて限られている。それしか戦う方法を知らない。

 だから攻める、ただ攻め続ける。相手が屈するかこちらが力尽きるまで。

 それでも。

「……ッ」

 片膝が地につく。叱咤し続けてきた肉体がついに悲鳴を上げて頽れた。

 立ち上がる時間は与えない。分かり易い大振りの一撃。軌道もタイミングもわかりきっているのに避けられない。

 最大の窮地に歯噛みした瞬間、夕陽の脳天を叩き割るはずだった戦斧の一撃はあらぬ方向へと降り抜かれていた。

「あ?」

 ライラック自身ですら理解の追い付いていない現象。斧は空ぶることなく、確かに側頭部を狙って撃たれた水の弾丸を切り裂いていた。

 それによって自ら曝け出してしまった胸部へと、突きこまれた刃が背へ抜けて貫通する。

 瞳を見開き、それからゆっくりと細める。

「…………あぁ、チッ。あのゾンビ女か」

 普段のライラックなら防げなかった完全なる不意打ち。だが命のストックを無くし生前と同等クラスの性能を取り戻したライラックの戦士としての直感が命を脅かす攻撃を見逃さなかった。

 結果防げた、結果としてそれが敗北に繋がった。

「ハッ。おい日向夕陽」

「なん、だ」

 息荒く、ライラックの胸元に刀を沈み込ませたまま肩を上下させる夕陽が絶え絶えに応じる。

「最期にもっかい礼言わせろや。ありがとな」

「…殺したことをか?」

 いや、とライラックは首を振る。一度死を経験した者特有のものか、迫る命の終わりに際して戦士はあまりにも穏やかだった。

「殺し合ってくれたことにだ。お前、やろうと思えばあたしが死ぬまでただ逃げ回ることもできたろう」

 腹に裂傷を与えた段階で、処置を行わなければ死ぬのは明白だった。失血死するまで距離を置き続けるなり身を隠すなり、方法はあった。

「ざけんな…お前相手に逃げ切れるわけねえだろ…これしかないと思ったから、そうしただけだ」

「そうかい」

 くっくっと笑うライラックの姿が細かな粒子となって淡く光り始める。英霊としての消滅が近づいていた。

は餞別だ、しばらく貸してやる。好きに使いな」

「ああ。……おい、ライラック」

 もたれ掛かるように体を預ける格好の夕陽からはライラックの表情は見えない。

 だけどなんとなく、その予想は夕陽にはついていて。

「もう好き勝手人殺して回るのはやめろ。……闘うだけが目的なら、俺がいくらでも付き合ってやるから」

 最初に闘った時もそうだった。血のように赤い瞳に、狂気に歪んだ顔。

 けれど不意に見せた、戦という愉悦を純粋に楽しんでいた、あの顔こそがガーデン・ライラックを表す全てに思えた。

 結局、この女は狂っている。壊れている。命の取り合いの中でしか生きられない者。

「そうか。…英霊として二度目三度目の生を使役されるなんざロクなもんじゃねぇと考えていたが…」

 今ならわかる。きっとこの女は、あの時と同じ顔をして笑っている。

「吐いた唾は飲ませねえからな。またやるぞ日向夕陽。忘れんなよ、その言葉」

 ふっと笑ったのを返事代わりと受け取ったか、ライラックは同一人物とはおよそ思えないような綺麗な笑顔を浮かべ、光と共に消え去った。



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