天地竜王最終決戦 1


 靡きはためく左腕の長羽織。元は腕の怪我に対する包帯代わりに巻かれていたそれは、今や日向日和の力を介する媒体として、また左手に握る神刀の真価をより発揮させる為の鍵としての機能を主としていた。

 布都御魂の神気は単純な斬撃以上に英霊に傷を与える。

 そして、その力を振るっても身体が壊れない領域にまで昇華した人間もまた、常軌を逸しつつある。


「―――


 人を超え、人ならざるものを超え。

 自覚無しに、現状その身は師の足元まで上り詰める。

「ヒ、ヒヒャは」

 巧みに斧を振り回すライラックの笑みは間隔を狭めていた。

 純粋にゲームを楽しみながらも、攻略の難しいボス戦を真顔で解き進めていく子供のように。

 ここへ来て、ようやくガーデン・ライラックは望んでいた勝負を叶える。

「フゥ!」

「しっ!」

 真っ当なスペックはまだライラックが上。その証拠に重量で勝る巨大な戦斧が軽身の神刀による高速斬撃に全て対応している。

 それを補う〝憑依モード灰被ル姫シンデレラ〟。身を包むラストアッシュは時に籠手、時に兜となって局所的な防護を施しつつも攻撃手段、また移動手段としても転用される。

 大雑把な強さを小細工で阻害する。そうして人と英霊の攻防はかろうじて平行線で成り立っていた。

 だが。

「ッつ…!」

 そのあまりにも凶悪に過ぎる斧と常識外の速度は直撃を避けても手足に痺れ以上の衝撃を通す。

「ぐぅっ」

「オイまだ倒れんなよなァ!!?」

 まるで鼓舞するように叫びライラックが曲芸のように斧と自身の体を重心移動させながら打撃と斬撃を織り交ぜた特殊な戦法を見せる。

 振り落とした斧の遠心力そのままに脚を振り回し、怪物じみた体幹で勢いを殺さず握り直した斧を薙ぐ。

 極限まで〝倍加〟で引き上げた眼球から血を流しながら戦っていても対応し切れない。動きは追えてもトリッキー過ぎて体が追い付かない。

(頼む、頼む頼む頼む!!まだ必要だ、これじゃ勝てない。まだやれるか!?)

 右腕に巻いた赤いスカーフが応えるようにさらなる魂魄を引き連れ霊力に還元する。幸が不安に晒されながらも主の求めるままにパイプ役として調整した力を夕陽の全身へ流し込んだ。

 この行為は血流操作に近い。上げれば上げるほど心臓、人の核への負担は増す。たとえ〝日和〟の真名効果で支えられているとしても限度はある。

 だからといって退ける状況でもない。

「舐ァぁめるなああああああああ!」

 終わった時代の残骸なぞに負けるものか。

「いいぞ!それでこそだ!」

 敵の動きに合わせるように夕陽も戦い方を変える。躱された刺突の直後に刀から手を放しライラックの後頭部を掴み膝蹴り、地に落ちるより早く取り直した布都御魂で胴を切り裂く。

 夕陽の経験則ではない。これは『そうするだろう』という、の理解者たる彼の予知予測。

 土壇場で再びの禁忌。〝降ろす至高の戦魄エインヘリヤル・ベゼッセンハイト〟は師匠の眼を以て英霊の動きの先を読む。

「!」

「っハハァ」

 次の瞬間に、夕陽は目を見開きライラックは笑みを深めた。

 斬り付けた胴の傷が塞がらない。血が止まらない。

 再生限界。魂魄の枯渇。

 

 残すはガーデン・ライラック本来の生命ただ唯一。

「日向、夕陽。だったな」

「だったらどうした」

 律儀に応じつつも刀刃の迸りは止めない。これが最後なら迷いはない。畳みかけるのみ。

 意気込んだ夕陽の体が地面に叩きつけられる。

「…、……ッ!?」

 理解が追い付かない。

「礼を言うぜ。お前には心底、感謝する」

 黒天を背に、倒れる夕陽を見下ろす戦士はこれまでに見たこともない澄んだ瞳をしていた。

「さあ。最後だ」

 逆手に握る斧が降る。

 焦りと怖気に押される形で夕陽は跳ね起き刀を出鱈目に振るった。

 右腕前腕、肩と頬、それに脇腹に裂傷が走る。

(馬鹿な。まだ速く)

 驚愕を心中で叫ぶ間も与えられず拳に殴りつけられ真後ろに吹き飛ぶ。

「最期の最後だ。この一時をとくと噛み締めて、なァ」

 だくだくと流れる鼻血を押さえながら起き上がり敵を視界に収める。

 ライラックは止血を施していない。腹部の斬り傷は決して浅くはない。放置していればいずれ死に至る怪我だ。

 だというのに女戦士は命を優先しない。

 ふっと笑う、何度目かに目にする笑みが、夕陽には今までで一番綺麗に映った。

「やっと互いに、だ。楽しもうぜ、この殺し合い」

 思い違いをしていた。英霊としての力を削げば弱体化するものだと。

 そうではない。生粋の武人にはむしろ無数の命など無用だった。

 生前と同様の条件に戻ったことで、狂戦士は唯一無二の命を輝かせる本来の実力を取り戻す。


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