天地竜王最終決戦 3


『七分くらいはほしいかな!』


 顎を持ち上げ、白銀のエネルギーを収束させ始める。

 『暗黒竜を黙らせるのに必要なブレスをどれほどで溜められるか』とヴェリテに問われた際の返答だった。

 正直言って遅い。同じだけの出力をヴェリテは動きながらでも十五秒で溜められる。だが真銀竜の性質でなければ暗黒竜には通じない。

 ヴェリテ、奏、リルヤの三人での猛攻にもガーデン・ローズはまるで堪えない。

 やはり暗黒竜の防御性能が桁違いだった。

(負った傷が修復されている…これも暗黒竜からの加護、というものですか)

(やはり私と彼の武器で攻撃は通ったとしても、決定打にはまだ遠い)

(打開策は修復速度を超える猛攻か、あるいは加護そのものをどうにかするか、ってとこだけど…)

 空に留まりブレスを蓄えるエヴレナの一撃がうまく決まれば打開策の後者は遂げられるだろう。そしてその間に総員で叩きのめす。

 問題は残りの五分強を押さえ切れるかどうか。

「……鬱陶しいですね」

 エヴレナへの攻撃を露骨なまでに阻害してくる三者に僅かな苛立ちを覚えたガーデン・ローズの決断は早かった。

 錫杖を振り下ろし、黒い霧が四周を覆う。瘴気と影による捕縛に一瞬身動きを封じられた直後に広がる黒爆。ローズごと渦を巻きながら爆撃は三人をそれぞれ後方に吹き飛ばした。

 暗黒竜の加護ありきでの強硬策だったが、やはり技の大元に自らの力が絡んでいる関係上、ガーデン・ローズも無傷ではいられなかった。

 だが距離を離せれば問題無かった。強引に引き離された三人はすぐさまサンダーブレス、脚閃、変形させたブーメランでの攻撃に転じたが、それより錫杖アノータトンの切っ先が銀竜に向く方が数瞬速い。

 放たれた斬撃は三百二十。幼いとはいえ竜の体躯では回避は不可能。

 直撃を避けるならば溜め込んだブレスを吐き出す他ない。そうなれば暗黒竜打倒はまた遠のく。

 痛みにも、辛苦にも慣れていない、戦場に立つにはあまりにも経験に乏しいエヴレナでは選べる選択肢は限られている。

 だが。

(あんまりなめないでよね。我慢くらい、できるもん)

 我が身可愛さに使命を蔑ろにするほど甘やかされた覚えはない。たとえ三百を超える斬撃の餌食になろうとも、この白銀の咆哮だけは完遂してみせる。

 来たる激痛に備え両目をぎゅうと瞑ったその時、高空ではまず耳にすることのない水流のせせらぎを聞いた。

「いいじゃんドラ子。ちょっとヒロインっぽいぜ?」

 称賛に笑む友人の姿は、眼を開いた時には細切れにされていた。

 水の防壁と自身を盾に斬撃を受け切った屍神は、即死と同時に命を吹き返す。

「…すっげ、痛みすら追い付かなかった。あれが痛覚を感じる前に死ぬってやつか」

『お姉ちゃん!ナイス肉盾フォロー!!』

「おい今おかしなルビ振りしなかったかドラ子」

 復活と共にエヴレナの背に乗ったゾン子が銀竜の頭をぺしぺしと叩く様を、忌々し気に侍女は見上げた。

「また一人、新手ですか…」

「ざぁんねん。まだいるんだなー」

 ぺろりと舌を出して挑発するゾン子がガーデン・ローズを指差す。

 指し示すはその後方。反応する前に灰がローズの両手足を拘束し、振り翳す巨大な戦斧が華奢な背中を袈裟斬りにした。

「その、斧は…!」

「置き土産だ。テメェを倒す為のな」

「…。…裏切りましたねあのイカレ女バーサーカー…ッ」

 ブレッケツァーンの裂傷は浅い。ゾン子の余計な口出しが無ければあるいは再起不能な傷を与えることも出来たろうと考えると先程のライラック戦でのアシストはもう借りとは思わない。

(仕留める!!)

 雷竜と二振りの竜器。侍女を傷つける力を保有した戦力に加え格闘・白兵に長けた合気の使い手。銀竜への攻撃は全てあの屍神に遮られる。

(ま、ずいですね。これほど、集うなど)

 明らかなる想定の外。

 よもや数限られる対竜の戦力がここまで一つ所に集結することを一体誰が予想できようか。

 もはや加減も余力も考えられない。力を送り続けてくれている主から、さらなる助力を要請する。

 それは〝憑依〟と同系。一介の人間風情に扱える力など一部が精々。それ以上を求めるならば肉体の破壊は覚悟の上。

 もとよりこの身は彼のもの。身命を賭して尽くす我が主上の御身が全て。

(貴方の安寧を、ほんの一時でも、守る。その為ならば)

 侍女の体が闇に呑まれる。もとより黒一色だった衣服に染まるようにガーデン・ローズは暗黒に身を委ねる。

 暗黒竜との最終同化。もはや錫杖の挙動に関わらず黒き斬撃と爆裂は周囲の敵を斬り裂き爆ぜる。

「夕陽、斬撃には触れぬよう。防御に関わらず傷を与えるので」

「…勝ちの目は?」

 ラストアッシュの防壁で斬撃を掻い潜りながら、身の丈に余る戦斧をぶん回し迎撃する姿は戦槌を獲物とするヴェリテとの背中合わせによく映えた。

 雷撃で黒い霧と影と爆撃を撃ち払いつつ、空に留まる銀竜をちらと見上げ、

「二百十秒。白銀が暗黒を落とします」

「長いな。凌ぐぞヴェリテ、幸」

〝……っ!〟

 跳び出す。精神の深奥に座す幸の願いが身を昂らせ、言外に存在を頼ったはラストアッシュの出力をさらに引き上げてくれる。

「何故邪魔立てを。何故彼に静寂を許してくれないのですか。私達はただ心安らぐ一時を求めているだけだというのに」

 真正面から圧縮された霧の砲弾。身構える前に割り込んできたリルヤの円盾がこれを散らした。瞬時に盾を槍へと変え、息を合わせてローズを前後から挟撃する。

「は。竜が安らぎをなんて小洒落た冗談だ。暗黒竜きみたちの爪牙はこれほどに闘争を望んでいるのに?」

 本体の万分の一にしかならない爪と牙を用いたグットホープもブレッケツァーンも、常に使い手を戦火の只中へ誘う性質を宿している。それこそが竜種の本懐とでも言いたげに。

「お前らが破壊を常とするなら、止めなきゃなんねえだろ。…この世界には、まだ癒しきれていない魂が山とある」

 気が遠くなるほどの時を刻んで救いを与える少女がいることを夕陽は知っている。彼女との誓いを約束を、今度こそは違えるわけにはいかなかった。

 槍の達人、剣術の申し子、歴戦の武人。数々の英雄豪傑の魂を代わる代わるに行使しながら戦闘するリルヤの弱点はまだ補完しきれていない。呼吸の乱れを突く形で斬撃が右手足を斬り飛ばし爆撃で打ち上げられる。

 残す百七十秒が遠い。

 足りない手数を補う抜刀。右の逆手で神刀を握り、戦斧を左手一本で扱うという離れ業も今の夕陽になら可能。

 押し切られる寸前、静かに息を整え気配を断絶させた奏が迫る。

 竜舞奏に、暗黒竜にダメージを通す術はない。どこまで高みに行き着こうと人間は人間の上限の中でしか生きられない。その次元を超える竜の域には決して辿り着けない。

 ―――などと、誰が決めた?

 心乱れることなく、精神一到、波紋を生まない凪の境地。

 千日以て初心とし、万日以て是極みとする。武道の真髄此処に在り。

 砥いで澄ませた『竜牙』が唸る。

「破ッ!!」

 奏の生涯において間違いなくこれが最大の威力。極真心壊は本来の性能通りとはいかぬもローズの呼吸を一瞬不全にする程には内部へ撃力を浸透させた。

 一撃離脱。止まった息を再度吸い込む前には彼女を大量の水撃が襲う。

「まあそう熱くなんなって。なー雷竜サン?」

「ええ、まったく」

 暗黒ごと縛り上げる水檻に雷撃が奔る。水を介しその威力は数倍に引き上げられていた。


「…………まだ。まだです。まだ。私は…ァ」


『うー…う゛~……!!』

「急げドラ子、なんかやべーぞあの女!ほらほら速くしろってやれるよやれるって富士山も頑張ってんだからイケるぞおいドラ子ォ!!」

(こんだけやってまだかよ…!)

(なるほどね、これが原初の竜の力。気張るよグットホープ)

(…あと)

(二分)




     -----


 大仰な術式も儀礼も必要なかった。彼女を囲うのは陰陽道の大方陣。

 陰陽五行論は互いに互いを高めあるいは弱める盛衰の理。

 木は燃えて火になり、燃えたあとにはつちが残り、積もった土からは鉱物きんが産まれ、金はやがて腐り水に還る。そして水は木を生長させる。

 これを巡るだけで、理論上は無尽蔵にエネルギーを産出させ続けることが可能である。五行思想の『相生そうせい』。

 方陣はただそれだけを繰り返している循環機構。五方を巡り廻り森羅と万象より力を練り上げる。

 こんなものか。着物の袖を振って日和は右手を緩く握って開く。

 大地が震える。異常なほどの回転率で上がり続ける力に星が怯えているようにも思えた。

 並の術師であればとうに方陣は砕け肉体は力を留めること叶わず滅するほどの段階。理論上可能なのは、あくまで理論の上でしか実証できないから。

 機構の維持もエネルギーを貯蓄する器も、この世界には存在しないと誰しもが考えていたから。

 人知れず、その理論が机上の空論ではなかったことを彼女が証明する。

(条件さえ揃えば簡単だがな。普通はこんな、ちんたら力を溜める者を見逃す馬鹿がいるわけないから出来ない技だ)

 威力としてはこの辺りで良しとする。あとは性質を上乗せするだけ。

 〝模倣〟展開。知り得る事象を手の内に宿す。

 右手に集束する陰陽の力。そこに黄金の雷と白銀の息吹が彩られる。

 対竜、そして滅竜の〝模倣〟。さらに駄目押しの〝倍加千倍〟。

 星をも貫きかねない大威力の発現に、地面が勝手に割れて暴れ始めた。とっとと手放さないとコロニーそのものが崩落しかねない。

(名付けるなら、なんだろうか。『陽向』のお歴々と違って、私にはその手の感性に疎くていけない)

 だというのに呑気なことを考え、たっぷり三十秒置いてひとり頷いた日和が右手を空へ向ける。

「うん。〝屠竜・五行砲〟」




     -----


 突然のことだったが、誰がやったかはすぐに分かった。

 致命傷。暗黒竜の腹部にあたる部位を貫き風穴を空けた光柱。原初の竜を貫通する威力を出せる者など一人しか知らない。

 実際のところ傷はすぐに塞がった。暗黒竜の再生能力は覚醒したての状態でも万全に近く、即死でなければすぐに復活する。

 問題は再生に余力を割いたこと、それにより暗黒竜との同化とリンクが途絶したこと。

 そして何より、驚愕に意識を持っていかれたことだった。

 『爪』と『牙』による同時攻撃、鳴り渡る落雷、奔流を描く水撃。脚閃による衝撃波がガーデン・ローズの修復性能を超える速度で叩き込まれる。

 時は来た。

『みんな離れて!特大の、やっちゃうからー!!』

 土壇場で竜としての成長を見せたエヴレナのチャージは当初自身が想定していたものより四十秒も縮め、宿敵を打倒するだけの威力に到達。

 総員一切の躊躇もなく暗黒竜から跳び下り、空中へ脱する。


「ぁ……え、つぇる、さま……」


 暗黒竜のうなじに身を落としたローズが、愛おし気にその表皮に指を這わせた。

 笑みと落涙を両立させるその表情が、竜王の頭部ごと白銀の煌めきに覆われ。

 跡形も無く消え去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る