炎祖を引き連れ破滅は出づる (後編)
完全なる奇襲、に対する完全なる
上階で起きた異変にすぐさま気付き、駆け上がると共にひとつ下の階から真上へ向けて全力のブレスを放つ。もちろんホテルを崩壊させないよう、射線を外向きに調整した上で。
雷の咆哮は狙い通り敵の一人を捕捉し直撃を浴びせることに成功。屋外へ飛び出した影を追って仲間達と共に窓を破って追撃を掛ける。
「
燃える大剣を握ったまま落下する青年は微笑みの上から少しだけ、残念そうな感情を見せる。
そんなもの関係無しに
(この
(確実にこの場で)
(倒さないと!!)
竜種は同じ竜種を警戒するものであるが、それにしてもこの感覚は異常であった。存在していること自体が異質。近代において現存するはずのない異物感がどうしても拭えない。
雷撃の次には風を纏ったシュライティアの双剣が敵の胴を斜め十字に斬り捨てる。それを青年の竜はノーガードで受けた。
「ふむ。『
「…!?」
やや不服そうに呟く言葉を聞き取ったシュライティアの表情が驚きに変わる。
さらに光輝くシャインフリートの強化された脚撃が脳天を蹴り穿つと、またしても一言。
「『
「っ?」
(この、男……まさか!!)
まだ一撃も受けていないはずなのに全身を流れる汗が止まらない。なんとしても攻撃の手を止めてはならないと戦槌を振るい全力で叩き込む。
「…ほう。『
「せあァあ!!」
今度の声は少しだけ喜々としていた。無視して槌を振り抜きビーチ目掛けて飛んでいく敵を追跡する。
「悪くは無い、が…やはり私は」
三度の攻撃を受けてもけろりとした様子の青年は、ふと槌撃の勢いに押されたまま地上へ落ちる途中でそれを見る。
「む?」
「「…ふーっ」」
ヴェリテらと同様、異変を感じ取ったと同時に外へ飛び出た敵を見定めた瞬間から力を溜め込んでいた二人が砂浜でタイミングを計る。
鞘に納まる片刃剣と神刀がアイコンタクトと共に抜き放たれ、地面に墜落する暇すら与えず絶衝の斬撃、その重ねが大剣の男に見舞われ砂塵を巻き上げながら地面を抉り沈んだ。
「ヴェリテ!」
すぐさま一撃離脱で背後へ跳んで離隔距離を取った二人の内、夕陽が空から着地した竜を呼ぶ。あれで倒せたとは到底思えない。それほどの強者であることははっきりしている。
どこからどうやって現れたのかは後回しにする。この肌を削ぐような気配。おそらく竜王エッツェルもホテルに出現している。
ビーチにいた民間人・非戦闘員の避難誘導は
ならばこちらのやることはひとつだ。
「敵でいいんだよな、あれ」
片刃剣の峰を肩に置いて、ディアンが砂塵の奥から立ち上がる影を見据える。
「ええ。間違いなく竜王が蘇らせた厄竜でしょう。…でなければ、道理が合わない」
いつになく険しい顔つきでヴェリテが返す。その理由は、この場においてシュライティアしか知らなかった。
あの名を聞いて不思議そうな顔をしていたシャインフリートも、まだ幼き竜であるが故に知らないのだろう。
ファルケノーム、イシスロード。そしてゼナフォース。
いずれもここにいる竜種達の祖先。古に生きた『有翼の怪物』の名だ。
その系譜、あるいは分派された一族ということを一目で見抜いたあの男。緋焔の瞳を持つあの竜もまた、太古に居たはずの始祖。
「『
「……冗談きついぜ」
「…エッツェルの野郎…なんてもんを」
絶対に冗談を言わないヴェリテという竜の口から出た信じ難い内容に、二人は絶句する。
「そんな弱腰ではこちらが困るな、ゼナフォースの末輩」
一薙ぎした大剣が砂塵を空高く舞い上げ、羽織る緋色の長羽織を肩から脱ぎ捨てた竜が超重量の剣を砂浜に突き立てる。
「名乗る機会を奪われてしまったか。まあいい、そこな二人」
ちょいと指で示されて夕陽とディアンが身構える。
「二足で歩き、言葉を解す生物。今の星を支配する生命体。…人間だな?」
「あ?だからどうし」
言い終えるより前にディアンの姿が消え去り、立っていた位置には素手のブレイズノアが拳を振り切っていた。
「よし、死合おう」
「―――!!」
何を言うにも遅く、答えるだけの余裕は残せない。
双方共に獲物が届くだけの近距離で夕陽は〝憑依〟の深度を最高度まで落とし、三体の竜も攻勢に出た。
フロンティア世界でも比較的穏やかで安全な地帯だったはずのエリア1・アクエリアスが、今この時に限り最大の危険度を有す戦場と化す。
ーーーーー
死。
その場の誰もがそれを理解した。
理屈、理論。そんなものは解らないし、おそらく意味がない。
ただ、匣が死をもたらす。漆黒の正方形が全てに終わりを突きつける。
決定的に、壊滅的に、一方的に。
破壊の王が絶望の匣を手に乗せた瞬間から敗北は確定された。ホテル全域、エリア全土の生命に問答無用の絶命を強制させる終極の一手。
―――その、はずだった。
「…………」
本能的に理解させられた終わりが、いつまで経っても来ないことに部屋の者達は疑問を抱いた。
やがて、その中央に立っていた竜王が掌に乗るその匣を軽く握る。
匣は開かない。絶望が放出されない。
その理由を竜王は理解していた。
「貴様。…『ἐλπίς』か」
向ける顔の先。先の突撃で完全に破壊された扉のすぐ近くに、黒外套を頭まで被った人影が立っている。
「ご明察。というよりは、…お前が気付いたのだろう、『πίθος』」
応じる黒外套は竜王と、その手に乗る匣を同時に視界に入れたまま部屋中に聞こえるように声を張る。
「頼む、万夫不当の英傑剛勇。天下無双の強者達よ。立ってくれ、戦ってくれ。絶望は我が権能を以て押さえ込む。だからこの場で、奴を」
ウィッシュを掴み上げる右腕。匣を持つ左手。今度は手を向けることも無くノーモーションで破壊の力を黒外套へ向け集束させる。希望の具現に戦闘能力は皆無だ。ここで殺されることがあれば絶望は今度こそ十全に災禍を撒き散らす。
誰もが立ち上がり盾にならねばと四肢に力を入れる。誰かが割り込んでその勇猛さを散らすことになる。その前に。
「…ふん」
竜王の足元と、その周囲を覆うように幾重もの光芒と幾何学模様の投影が浮かび上がる。一見して煌びやかにも思えるそれは、実態を知る者からすれば銃火器で包囲されることよりも脅威的な術式であると震えるだろう。
「逃げ惑い、隠れ回り、何をしているかと思えば」
一瞬の通過が全壊した窓際に長い影を落とし、そこから飛び降りた何者かが小さな靴音をフロアに響かせる。
背後十数メートルの位置に降りた者へ、竜王は顔も向けない。
「ここで来るか、退魔師」
「ここ以外に無いだろう竜王。我が子の危機だぞ」
無感情に言い切り、日向日和が式神と共にエリア1へと現着する。
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