炎祖を引き連れ破滅は出づる (前編)
「…う……」
何が起きたのか。粉砕された床や壁の残骸に半分埋もれるように仰向けになっていたエレミアは上体を起こして状況判断に努める。
いきなり飛び掛かって来たウィッシュに押し倒されたかと思えば、次にはもう視界は轟音と共に暗転していた。あれは一体何だったのか。その正体に思考を巡らせるより前に、エレミアは弾かれたように周囲へ目を配る。
同じ階に、すぐそばに、いたはずの少女達は。
探す三つの人影。ひとつはすぐに見つかった。他ならぬエレミアの腰に抱き着くような形で伏せている。
急転した事態の発端ともなる行動を起こしたウィッシュだ。
息があるのを確認し安堵しかけたのも束の間。目を見開いたエレミアが言葉を失う。
「…う…」
涙の代わりに光の粒を溢すウィッシュの、下半身が消失していた。
「ウィッシュちゃん!!」
動揺しつつもなんとか命を繋げなければと手を伸ばし掛けたエレミアより早く、大きな手が苦痛に呻くウィッシュの胸倉を掴んで持ち上げた。
「…………」
「…な……んで」
その姿を目の前にして、今度こそ絶句する。
いるはずがない。いていいわけがない。
姿形を直接見たわけではないエレミアでも、それが何かはすぐにわかった。
漆黒の軍服。紅い瞳。
圧し掛かる重圧に全身が悲鳴を上げる。
人間という種族の本能が全力で破壊の権化を拒絶していた。
「…なるほどな」
人型をした破滅は、目の高さまで持ち上げた少女を眺め、呟く。
「コレが、そうか」
その言葉の終わり際、閃く銀の斬撃が背後から急襲する。が、
「っ!」
「威勢がいいな。〝
白髪を揺らして現れた青年がエヴレナの小太刀を素手で弾き突き飛ばして距離を離す。
「ウィッシュを離して!黒竜王!」
「…前の代より礼節が足らんな、今代真銀」
前回の『天地竜王決戦』。ほぼ休眠状態だったことを考慮に入れれば、これが二つの竜種、混沌と秩序の初邂逅となる。
何かしらの方法でホテルに現れた竜王と、その傍らに立つもう一人の竜種。
あまりにも妙な事態だった。
そもそもこのホテルを含む周囲の施設全域には数多もの異世界より集った幾重もの防御機構、防護術式が張り巡らされていた。
それらを貫いての襲撃など、どんな存在であろうと不可能であるはず。
(竜王の持つ破壊の属性でだってそんなの無理。いや、でも……?)
エヴレナには違和感があった。破ること、壊すことに特化した黒竜の中に、何か得体の知れない力が渦巻いている。不可能を可能にしたのであれば、おそらくはその力によるもの。
そこまで思考を巡らせてから首を振るう。今はそんなことより、他にやるべきことと考えることがある。
破壊の力で下半身を喪って尚、苦しみにもがき呼吸をしているウィッシュの救出。
そして。
「そこまでじゃ」
壊れて歪んだ扉を強行突破して姿を見せる一団。統一された服装に統率された動き。元帥自らが率いる精鋭達と、一般人のようにバラバラな服装の者達。それぞれの世界で高い実力を持つ盟友。
一定の距離まで進むと、軍属の人間は一斉に横隊に並び武器や術式を構える。その中央に立つ米津玄公斎は自らの愛刀を杖のように立て両手を乗せた。
「よくもまあ、人の経営するホテルでここまで好き放題やってくれたものじゃ。相応の仕置き、覚悟はあるのじゃろうな」
「…………。『頭を垂れろ、劣等』」
一声で広がる圧力。ビリビリと物理的に空気が震える中、その言葉に従う者は一人もいなかった。
「効かぬぞ」
「加護か…」
「……」
竜王と老翁が対峙している最中、ひとりだけはその状況から離れた位置でしゃがみ込んでいた。
その腕には最愛の少女。破壊の余波を受けて頭部から流血したその娘を抱き、男は静かに静かに、憎悪を燃料として力を汲み上げていく。
「〝
「……アル。だいじょうぶ、だから。なんとも、ないから」
銀髪の少女は健気にも意識を保ちながら、紺の瞳で男を見上げる。まだ衝撃が抜けきっていないのか、伸ばす片手は覚束ない。
「〝
「だから、おねがい」
頬に触れる小さな手。褐色の肌がさらに黒ずみ、魔性の気配が噴き上がる。少女の瞳から流れる涙も、今この時だけは男を止めるものにはなり得ない。
「〝
「それは、もうつかわないで…!」
激動。そうとしか言えない展開がここからはあった。
「黒竜王」
鉄塊のような大剣を担ぎ、白髪の青年は竜王に向き直る。その姿が眩い光に呑み込まれた。
「少し、遊ばせてもらうぞ」
天に昇る雷。その直撃を受けてホテルの外へと飛ばされた青年は宙にあってどこまでも愉し気であった。
「好きにしろ。私も」
言い終える前に全ての力が照準される。精鋭達の術法。異界の者達による独創的な魔法、魔術、異能の数々。
吼え猛る妖魔が血走る瞳で生み上げんとする魔剣もコンマ数秒の内にその後を追うだろう。
竜王は攻撃も防御もなく、ただ、
「試運転を行うとしよう」
その手に、光すら喰らう黒色の匣を出現させた。
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