束の間の休息。そして
「……ああ、久しぶりだな」
「…?おう」
入浴と手当てを終え、身体の調子を確かめようとホテルからビーチに出たディアンは、そこで素振りをしている日向夕陽とぱったり遭遇した。
見た瞬間に感じる。何かが大きく変わった。
言葉はまどろっこしい、問答で得るより明確な方法を選ぶ。
即座に抜刀、加減抜きの袈裟斬りを夕陽へと見舞う。
素振りに使っていた漆黒の鞘に納まる刀を抜く―――ことはせず、ただ半身をずらすことで紙一重の回避を実行する。
「なんだよいきなり!」
「
立て続けに連撃。その全てを身をほんの少しだけ動かす最低限の挙動のみで避け続ける。
「……なら」
フォンフォンと剣の腹に刻印が浮かび上がり連結し励起する。いくつかの強化を重ね、剣を持つ腕を大きく後ろへ引き絞る。それを見て、夕陽も構えた両腕から三つほどの刻印を光らせた。
「〝魔光剣・
「!」
最速の一撃。ようやく刀を抜いた夕陽がその刺突を見てから防ぐ。
ありえないことだ。少なくとも以前の夕陽では絶対にそんなこと不可能であったことは間違いない。
たった一日の修行で何を得たというのか、ディアンの刺突を真っ向から受け、その上で弾き上げた夕陽が刀をひたとディアンの首筋へ当てる。
一歩引き、両手を挙げた。
「…参った。どんなカラクリだよそりゃ」
「死ぬほど鍛え上げてもらった。これで少しはお前らに追いつけたかな」
ふっと微笑み、夕陽は抜いた刀を納める。よく見ればその背後には相棒たる幸の姿があった。つまり今の打ち合いに〝憑依〟は使っていないことになる。
素の異能力者としての日向夕陽の実力がそこに表れていた。
(化けたな。本気になったら俺でも……いや)
弱気になりそうな思考を棄てる。仲間であろうと競い合う精神は必要だ。
刻印術の先達としても、負けていられない。
「いいね。勝つぜ、俺達全員で」
「今更何言ってんだ、当たり前だろ」
互いに笑い合い、拳をコツンと合わせた。
ーーーーー
「おーひっさしぶりぃ!元気してた?」
「たかが一日で何を大袈裟に」
「しかし貴女、随分と強くなりましたね?それと、このホテルもだいぶ賑やかに」
「ちょっと!?だれが草をソテーにして出してくれなんていったの!?」
「うっぷ…」
あぐあぐむしゃむしゃと尋常ではない量を勢いよく食しているのはアンチマギア。
食堂の一角、大量に並べられた料理を食べている対面の席でこれまた人の胃袋では収まらないような食事の量を平然と食べているのは竜種。シュライティアとヴェリテ。
その隣で卓上に置かれた薬草のバターソテーを見て驚愕しているロマンティカのさらに隣では、付いてきたはいいものの未だ地下世界で食い倒れた余韻が残っているシャインフリートが着席して水を頼んでいる。
「まー色々あってな!めちゃ強くなったしめちゃ人も増えた。今ならドラゴンだって素手でぶっ倒せる!かも!!」
「ほう…」
「それはそれは」
「いやだからいーの、そのままでいーの!花粉が食べたくて薬草をたのんだのー!」
「うっぷ…」
アンチマギアの無遠慮な発言に瞳を鋭くする竜二名。ロマンティカはコックに直談判しに飛んでいき、水を少量ずつ胃に流し込むシャインフリートの表情は青いまま冴えない。
そんな彼らの様子を遠巻きに眺める新規加入した一団の姿もあった。
「…あれが例の、兵軍の遊撃部隊か?」
「デス、かね?」
「さっそくご挨拶に行くにゃん!親交を深めるために阿琵簾餅もお差し入れしちゃうにゃー!」
「あっ知ってますそれ!ニッポンの『これつまらないものですが』ってやつですよね!?私やりたいですそれ!」
「やめときなよ急に新参がしゃしゃったら悪目立ちするだけだって」
「その通りだ。今は歓談の最中、割り入るのも無粋であろう。挨拶は折を見て私の方からしておく」
傭兵団〈神託の破壊者〉(+α)の面々はそうして速やかに、それでいて和やかに食事を済ませていく。
ーーーーー
「おかえりー!」
「……おかえり」
「おかえりなさいませ、エヴレナちゃん」
「ただいま!」
ホテル中階層にある多目的空間を兼ねたフリースペース。一面ガラス張りで絶好のオーシャンビューが楽しめるその階でウィッシュは白埜と共にエレミアに絵本を読んでもらっていた。風呂で泥まみれだった身体を清め、身なりを整えたエヴレナがやってくると三人は安堵した様子で駆け寄ってくる。
ちなみに誰よりも白埜に会いたがっていたはずの妖魔は元帥閣下渾身の拳骨で鎮圧されたのち武具の鍛造を行っている工房へと連れていかれた。
幼い少女三人が再び集い和気藹々と会話しているのを、修道女らしく慈しむような笑みで眺めているエレミア。
世界が幾重もの危機に晒されている中での、貴重な休息の時だった。それぞれが思い思いに身体を休め、あるいは今後を見据えた準備を着々と進めていく。
まるでそれは皆の気が緩むこの時を狙い澄ませたかのようなタイミングであった。
「……あ」
それを、ウィッシュだけは見ていた。それは本当に偶然で、本当にたまたま彼女の視界にのみ映ったものだった。
桃色の風穴。そしてそこより出でる絶望の災禍。
それは、何を言うでもなくまず開いた手をこちらに向けていた。
一秒と経たず他の三人もその存在に気付くことだろう。だがそれではきっと全てが遅い。
それになにより、暗黒の矛先は誰よりも慕う修道女の背へと指向されている。
「おねえちゃんっ!!」
声が先か、それとも小さな腕を伸ばしたのが先だったか。そんなことはどうでもいい。
精一杯の力でエレミアを押し退けた直後、階層全域を吹き飛ばす破壊の衝撃がホテル全体を激しく揺らした。
『メモ(information)』
・『???』、襲来。
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